18ー3 青い小鳥は籠の中
旧栃木県宇都宮市、現『ユニバレス連合』、自警団詰所…
アユムとカオリが去った後、虚偽報告の罪で3日間の謹慎処分を受けた小鳥遊ハジメは…
「…抵抗150Ω、電力1.5Wです。」
「正解よ、ハジメちゃん…」
…池田さんから勉強を教わっていた。
謹慎処分と言っても廃墟で暮らしていたハジメである。アユムとカオリが宿に使っていた自警団詰所の一室に、ハジメは閉じ込められる事になった。
清潔な衣服に清潔な住居、清潔な寝床、十分な食事に夜には風呂にまで入れて、ハジメの生活環境は、これまでとは比べ物になら無いくらいに改善された。
加えて、『ジョシュア王国』が撤退したとは言え、作りたての『ユニバレス連合』はまだまだ不安定。おまけに自警団は第1中隊がハジメ機を除いて中破した上、当初の約束通り『サンライト村』から出向した4名を帰してしまい、自警団の戦力は一時期より半減してしまったのだ。加えてハジメは共同でとは言え、舞鶴アカネを撃破したエース。人手不足の折、何もさせない訳にはいかなかった。
ハジメは謹慎中もアレッツでパトロールや野盗討伐の通常任務をこなし、空き時間も池田さんの申し出で、本来学ぶはずだった小6と中1の勉強をさせてもらえていたのだ。
さらにさらに、ハジメはSWDチルドレンの3人が来て以降、同じ身の上であり、見知らぬ土地へ来させられて不安な彼等と度々話をして面倒を見ており、彼女が謹慎を受けたと聞いた時、SWDチルドレン達は『ハジメお姉ちゃんを許してあげて!!』と泣き出したのだ。
仕方ないのでハジメ自身が出て来て『ボクは悪い事をしたから罰を受けなきゃいけないんだよ』と説明し、以降は彼等の精神安定のため、日に1時間のハジメとの面会時間が設けられた。最早謹慎とは一体と言う状況である。
「今日はここまでにしましょう。」
「はい…ありがとうございます。」
教科書を持った池田さんは部屋を出る際、入口に立っていた女性団員に一礼する。廊下を歩く池田さんの後ろで、部屋の鍵が外からかけられる音がした。
※ ※ ※
5分後、団長室…
「…今日の勉強は終わりました。」
池田さんが報告すると、福田団長が、
「ご苦労さま。悪いねぇ…こんな事まで頼んじゃって…」
「あの娘は頭がいいですね。まだ中1なので断言出来ませんが、どちらかと言うと理系の傾向があります。」
「廃墟で一人でずっと生きて来れたのもそのおかげかも知れないねぇ…」
「本当に…SWDが無かったら、どんな女性に育ったか…」
「ま、アレッツで戦ってる小鳥遊を、村の人達も仲間と認めざるを得ないだろうし、小鳥遊も今更廃墟に帰るなんて言い出さないだろう。それに、あんたにも心の紛れが必要だろうしさ…」
福田団長の言葉に、池田さんは寂しそうに微笑み、
「お優しいんですね…」
福田団長は手を振って、
「よせやぁい!俺はチャランポランな男だぜぇ…」
「そういう事にしときます。では、失礼します…」
一礼して池田さんは退室した。
「まいったねぇ…」
頬をかきながら天井を仰ぐ福田団長。その時、
福田団長のスマートフォンに着信があった。
元臨時軍事顧問、渡会アユムからの、ビデオ会議招待メールだった。
※ ※ ※
一方、謹慎中のハジメは、部屋の窓から四角い空を見上げていた。
ここ2〜3日、これまでとは比べ物にならないくらいの平穏な日々だった…
アレッツでパトロールしたり、『ジョシュア王国』の中隊長に取り残された残党を狩ったり、ついさっきも、外で『ウォッチャーぁぁぁぁぁ〜〜〜!!』という謎の雄叫びが上がって自警団が出動したらしいけど、平穏で、餓死の危険の無い日々。アユムお兄ちゃんがくれた、満ち足りた日々…
だが、衣食足りたハジメの心にかかるは、礼節を欠いた別れをなしたアユムの事。
(アユムお兄ちゃんを撃っちゃった…スパイの濡れ衣まで着せて…)
怒ってるよね…二度と、ボクと会いたくないって思ってるよね…
窓から見える空を横切る鳥を見上げて、ハジメは決意する。
(いつか、アユムお兄ちゃんに会えたら…ちゃんと謝ろう。ぶたれても無視されても、許してくれなくても…アユムお兄ちゃん…こんな形でさよならなんて、嫌だよ…)
カチャっ… 部屋の表のドアの鍵が開き、女性団員が入ってくる。
「小鳥遊、時間だ。謹慎はこれで終わりだ。」
「はい…」
それから女性団員は自分が開けた鍵をハジメに渡し、
「ここは引き続き好きに使っていいそうだ。もう二度とあんな馬鹿な真似はするな。何かあったらみんなに相談しろ。」
「はい……」
そこへ、別の団員が走ってきて、
「小鳥遊…謹慎明けで悪いが、団長がお呼びだ。」
「え…!?何があったんですか!?」
「さあ…俺はお前を呼んでくる様に言われただけだ。」
「分かりました、行って来ます。」
そう言ってハジメは団長室へ向かう。途中の廊下の窓から見える、木の枝にとまって寄り添う2羽の鳥を見つめ、
(アユムお兄ちゃん…きっと、また会えるよね…!?)
団長室のドアをノックして、
「小鳥遊です。入ります。」「おう、どうぞー。」
入ってみるとデスクの前に座った団長が、タブレットの画面をこちらに向ける。
「渡会元軍事顧問殿が、俺達とビデオ会議をしたいそうだ。」
タブレットの画面の中には、アユムとカオリの顔。
『こんにちは、ハジメちゃん。』『元気だった!?ハジメちゃん。』
「……………」
ハジメの頭の中が一瞬、真っ白になった。
さっきまでの悲痛な決意が、台無しだった…
※ ※ ※
…どのくらい、無言だっただろうか。ハジメは我に返り、
(そ、そうだ。ちゃんと謝らないと…)
そして、
「アユムお兄ちゃん、ごめんなさい!!」
『ハジメちゃん、ごめん!!』
「………あんた達、何を同時に謝ってるの!?」
福田団長が呆れて言った。
「お兄ちゃん…スパイ呼ばわりして撃ってごめん!!」
『あれはしょうがないよ。僕の方こそハジメちゃんにあんな事させてごめん…いてっ!!』
アユムを押しのけてカオリが画面に現れる。
『ハジメちゃん…ちゃんとご飯食べてる!?みんなとちゃんとやってる!?』
『カオリさん、今大事な話ししてたんですよ!!』
アユムがカオリを押し戻す。
『ちょ…どこ触ってんのよ!!』
カオリがアユムを押し返す。それを画面で見ていたハジメが、
「………ぷっ!!」
ようやく笑ってくれた。
「…あー、ちょっといいかな渡会、相川元臨時軍事顧問…」
こほんと咳払いしながら福田団長が口を挟む。
「お前さん達は『ジョシュア王国』撤退と同時に解任されている。この国の事はこの国の者達でやってくし、たった3日の滞在じゃ、ろくな機密にも知り得なかっただろうから、お前さん等は自由の身だ。
…事が済んだら北に帰るんだろう!?その時是非寄ってくれ。」
互いに押し合いへし合いする姿勢のまま、アユムとカオリは、
『『はい………』』
一件落着…そう思ったその時、
ドタドタドタ…「アユムク〜〜〜ン!!」向こうの方から大きな足音と声がし、ガチャっ!!団長室のドアが乱暴に開けられ、入ってきたのは大男。
「アユムクン…ビデオ会議なのネ。まぁいいワ。オネガイ!ワタシは怪しい者ジャナイって、コノ人達に言ってチョウダイ!!」
…ソラさん、何でそんな所にいるの!?




