3ー1 エクソダス フロム ホームタウン
プラモ盗難焼却事件の直後、
アユムの両親は、ダイダの親に抗議しに行った。
だが、ダイダ本人は生憎留守で、いつ帰るかも分からないとの事で、玄関口で対応したダイダの母親は、
まず、「たかが玩具じゃないですか…」と言い、
次に、「弁償すれば良いんですか、いくらですか!?」と言い、
最後に「もう警察でも少年院でも、どこでもあの子を連れてって下さい!!」と、金切り声を上げた。
自分たちと同年代だと聞いていたダイダの母親は、自分たちよりもかなり老けて、やつれて見えた。
その直後に起きたのが、グラスウール事件である。
もうあの母親が当てにならないのは分かっている。アユムの両親は学校へ抗議に行った。が…
※ ※ ※
「ホームルームで注意って…たったそれだけですか!?」
アユムの父親は声を上げた。
「いじめに関わったと言っても軽微ですから…」
アユムの担任だった女教師は、おっとりした口調でそう言った。
クラス全員が加担したいじめ。だからこそ、クラスメート1人1人の役割があまりにも軽かった。役割分担自体も即興で、計画性のある物では無いというのも理由だった。
道具を用いた悪質さはあったが、痛みはともかく、傷一つ跡が残らないというのも、彼らへの処分が軽い理由だった。
加担者を全員処罰したらクラスが空になる、というのも理由の1つだった。
主犯格のダイダには厳重注意と自宅謹慎処分が下ったが…蛙の面に水だろう。
「いじめを行うのは非行少年では無く、普通の少年なんです。そこがいじめの最も難しい所なんです…」
女教師の言葉は正論だった。だからこそ軽い。
「そんな事聞きたいんじゃ無いんです!!」
アユムの母親も叫んだ。彼らは普通の少年。そんな事最初から分かっている。
「ではどうしろと仰るんですか!?クラスメート全員に重い処罰を与えろと!?彼らもこれから受験ですし…内申の事も考えていただかないと…」
「うちのアユムにだってこれからの人生があります!!」
「そこはもう我慢を覚えてもらうしか…これからの人生、もっと嫌な事はたくさんあるでしょうし…」
「あなた自分が何言ってるか分かってるんですか!?」
何でこの女はこんな酷い事をこんなにも穏やかに…
「渡会君は大人しくて我慢強い子です。彼ならきっと卒業まで耐えきってくれます。」
「あなたさっきから…」
「渡会君へのいじめが止んでも、今度は別の誰かが標的になるだけですよ。あなたその子に『地獄へ落ちなさい』と言えるんですか!?」
「いや、ちょっと待って…!!」
「…申し訳ございません、教育の敗北です。私も教師生活は長いですが、あれ程話の通じない生徒は初めてです。もう本当にこうするしか無いんです。誰か1人を生け贄に捧げて、残りの生徒達を救うしか…」
穏やかな様で情のこもっていない口調で喋り続けていた女教師だったが、その一言だけ憂いの様な物を帯びていた。
「そんな………」
「あのー…お父さんお母さん…」
それから女教師は、にこやかな笑みを浮かべて、
「渡会君が標的になったという事は…渡会君自身にも、何か落ち度があったんじゃないでしょうか。」
ヒートアップする両親をなだめるための笑み…だが…この状況では火に油を注ぐ様な物だった。
「アユムに落ち度があったとすれば、ダイダやあなた達と同じ時間、同じ場所に産まれた事だけだ!!」
アユムの父親はバン!と、机を叩いた。
席を蹴ってツカツカと進路指導室を出て行く父親と、その後に連いて行く母親を、女教師は、最後まで笑みを浮かべたまま見送った。
※ ※ ※
固く閉ざされたアユムの部屋の扉。その前に、アユムの両親はいた。
「アユム…話があるんだ…」
アユムの父親がコンコンとドアをノックしながら言った。
「実は父さん、内地の支社への異動の辞令が出てたんだ…」
返事は無かったが、聞いてくれているという確信はあった。
「父さん最初は、単身赴任のつもりだったんだ。でも…家族みんなで内地へ…仙台へ引っ越さないか!?」
しばらくして…ガチャリ、と、内側からドアが開き、泣きはらした顔のアユムが出て来た。
「お父さん…!?」
「高校から向こうの学校に通おう。あそこでなら、友達もきっと出来るさ。」
「じいちゃんは…どうなるの!?」
「お前のおじいちゃんも、最期までお前の事を気にしていた。」
「………っ!!」
「おじいちゃんは最期に、こう言い残したんだ。『ワシが死んだ後、機会があったら、構わないからこの街を出ろ、内地に行けるなら行け。』と…」
「でも…それじゃあおじいちゃんが…」
「おじいちゃんはこうも言った。『死んだ人間は、その人を覚えている人の心の中にいるんだ。たまに墓参りに帰ってくれればそれでいい。』って…だから、アユム…これは、おじいちゃんが望んだ事でもあるんだよ…」
「お父さん…」
「だからアユム…これは、私達、家族3人の、新しい旅立ちだ。胸を張って、この街を出ていこう。」
「お父さぁん…」もう枯れたと思ってた涙が、また溢れて来るアユム。
「うっ…うううっ!!」
それまで一言も喋らなかったお母さんが、突然泣き出した。
「お前…何で泣いてるんだ…これはアユムのため…そう決めた事じゃないか…」
「違うんです!!
この子はもしかしたら、一生、友達も、彼女も出来ないかもしれない!
なのに、アユムをいじめた子たちは、すぐにその事を忘れて、普通に進学して、普通に就職して、普通に結婚して、普通に生きてくんでしょうね…
そう考えたら、悔しくて、悔しくて………」
お父さんは、号泣するお母さんと、アユムをぎゅっと抱きしめた。
※ ※ ※
時は流れ、2052年 8月14日、夜…
お父さんとお母さんが、死んだ。
『スペースウォーズ・デイ』の宇宙船の砲撃で、街が燃えた。
たまたま屋外へ星を見に行っていたアユムは、辛くも生き延びたが…ずっと彼を庇護してきた両親を失った。
「お父さん…お母…さん」
燃え盛る街を目の前にがっくりと膝から崩れ落ち、アユムはオレンジ色の炎を呆然と眺めた。
助けに行けない事を非難する自分と、あの炎の中に入れば楽になれると囁く自分が、彼の中にぐるぐると渦巻いた。
「………っ!」
ふと、ポケットを見ると、スマートフォンに1通のメール。差出人はお父さんと…恐らくはお母さんもだ。どんな状況で打ったのか…想像に難くない。
Title:歩へ
お前は目の前の困難を確実に排除して、
一歩一歩前へと進んで行けて、
最後にはきっと、自分の足で金に成れる子だと信じています。
「お父さん…お母さん…」
アユムは両親の最後の命の炎を前に、スマートフォンをずっと握りしめていた…




