17ー9 枕崎ナゴミの手紙
某県某所…
宇都宮を離れた『生きたおもちゃ』は、またもや復讐を成し遂げた。
復興村は既に火の海で、ターゲットである元同級生一人だけが生き残っていた。
そいつは地べたにへたり込んで、『六本腕の天使』を見上げている。
「さぁて…それじゃあ、疎かにした時間の報いを受けてもらおうかぁ…」
光る空間の中で『生きたおもちゃ』はニタァと笑ったが、ターゲットの元同級生は、
「た…頼む…見逃してくれ…」
見苦しくも命乞いしていた。
「お…俺はいじめなんかしたくなかった…で、でも…そうしないと今度は俺がみんなからいじめられるから…そ、そうだ。俺は仕方なく、嫌々やってたんだ。だから…許してくれ…」
『生きたおもちゃ』は眉をしかめ、
「…そうか…実は俺も、復讐なんて嫌で嫌でしょうが無いんだ…」
「ゆ…許してくれるんだな!?」
「…でもお前一人だけ許したら、これまで殺して来た他のクラスメートに申し訳無いから、嫌で嫌でしょうが無いけど、仕方なくお前を殺すね。だから、許してくれるよねぇ!?」
ボ っ! 『天使』の腕から光弾が射出され、ターゲットは消し炭になった。
※ ※ ※
『生きたおもちゃ』の復讐の旅は単調である。ターゲットと、必要ならその周辺への復讐、殺害と、次のターゲットの居場所への移動。その間の手慰みと言えば、情報収集だけである。
『天使』のコクピット、光る空間の中で、今日も『生きたおもちゃ』は、気まぐれに情報を漁る。この機体…『六本腕の天使』は、パイロットが望む様々な情報を検索、表示出来る、『全知』の機能を有していた。そのおかげで『生きたおもちゃ』は、復讐相手の現住所…SWD直前の住所であるが…を、正確に知る事が出来たのだ。
「…そう言えば…『ラフカディオ・コーポレーション』…あれ、どうなったかなぁ…」
いじめや引きこもり等、この世に居場所の無い人々のやり直しの場の提供をうたい、電脳異世界『閉鎖世界』を運営していたNPO。『生きたおもちゃ』にも両親から勧められたが、断った。彼のやりたい事は異世界ではなく現実世界にこそあったから…
「あれ、いつの間にかサイトが無くなってたんだよなぁ…どうなったんだろ…」
試しに『全知』の機能を使って検索してみる…色々出てきた。閉鎖された勧誘サイト、『クローズワールド・オンライン不具合事件』の報道、続く『ウラシマ・オトヒメ』事件の報道…その果てに、1つのデータにたどり着いた。非常に巨大なデータが添付された、テキストデータ。
「何だこれは…!?」
試しにテキストデータを読んでみる。
『小瓶に手紙を入れて、海に放った事があるだろうか。
今なら私も、そんな人の気持ちが分かる気がする。』
「…何だこりゃ!?そんな事したら不法投棄で罪に問われると思うが…」
世が世なら自身が大量殺人犯なのを棚に上げてつぶやく『生きたおもちゃ』。これ、読んだらものすごい時間の無駄になりそうな気がしてきた。テキストデータを最後までスクロールしてみて…最後の署名に目が止まった。
『Nagomi “Pillow” Makurazaki』
「枕崎…ナゴミ!?『ラフカディオ・コーポレーション』の副社長の名前!?」
これはとんでもない掘り出し物かもしれない。テキストを再びスクロールバックして、さっきの場所から読み直す。
『オンラインゲームで知り合った古い友人と共に「ラフカディオ・コーポレーション」を立ち上げた私は、運営する電脳異世界をニート、引きこもり等の人達の人生のやり直しの場として提供した。
かく言う私も、私が私でいられる場所が欲しかっただけ。
この世は私が私であることを許さない。
電脳異世界…「閉鎖世界」はようやく見つけた、私が私でいられる…枕崎和美では無く、枕崎和美でいられる世界。
そこに様々な理由から、この世に居場所の無い様々な人達が集まり、私は「閉鎖世界」の神となった。
「閉鎖世界」は100万もの民が住まい、私は大きな仕事を成し遂げた事に満足した。
だが、ある日ある時、ふと思ってしまったのだ。
これでよかったのだろうか、と…
確かに「閉鎖世界」の100万の民達には、人生のやり直しの場を与える事が出来た。しかし、手っ取り早い80点の正解があるせいで、現実世界に行き場の無い人達へのより良い対策を考え、講じる機会とモチベーションを、世界から奪ったのでは無いか、と…
私は「閉鎖世界」を閉じる事にした。
現代の行き場の無い人達は私が救おう。未来の行き場のない人達を救う手段は、未来に生きる人々に考えてもらわなければならない。彼らだからたどり着ける、100点満点の正解を…
以降の私は、電脳異世界の研究に没頭した。よりリアリティを高める研究を…
見聞きする者が幻想と思わないくらい完璧な幻想は、現実と同意である。
そして、この世界の外には恐らく、カオス状態の物体とエネルギーで満ちており、それらを原材料に、世界の完璧な設計図に従って再構築する。
その両面のアプローチから、完璧な人工異世界の創造の研究を進めた。現実世界の25倍の速さで時が流れる、『閉鎖世界』の悠久の時間を利用して…
私がこの手紙をネットワークの海に投じた理由は3つ。
1つめは、私の同僚が、ついに世界初の完璧な人工異世界の創造に成功したからだ。
そこには地球に近い環境と生態系、そして地球人そっくりの人類も配置したと言う。
彼は「プロキシマケンタウリよりも近い、もう一つの世界」という意味を込めて、"Proxyma"を逆さに読んでこう名付けた。
"Amyxorp"
願わくばそこに住まう民が遠い未来、地球人と接触したなら、良き友人とならん事を…
2つめは、私達は今、現実世界との接触を絶ち、活動の全てを『閉鎖世界』で行っている。最早現実世界に未練は無い。だがそれでも、私達が生きた証を残したいのだ。
私の人工異世界創造の全ノウハウを、これを拾ったあなたに委ねます。
願わくばこれを、良き事のために役立てん事を…』
このテキストデータには、巨大なデータが添付されていた。これが、手紙で述べられている『人工異世界創造のノウハウ』なのだろう。壮大な独白を読んだ末に、『生きたおもちゃ』は、
「ま…まぁ、SWDで人工の大部分が死んじまって、富や名声を独占してた勝ち組がみんないなくなっちまった。この世に居場所が無かった負け組にも、『居場所』『出来る事』が出来たはずだから、あんたの懸念の半分は、解消されたんじゃないの!?」
何で俺、こんな事、気にしなきゃならねぇんだろう…そう思いながら、『生きたおもちゃ』は手紙の続きを読む。
『3つ目は、誰にも知られてはならぬ私の秘めたる想い…
オンラインゲームの世界で出会い、長らく行動を共にした、勇敢にして理知的なるクランマスター。
私の想いを知られたくない一心から、色々理由を付けて離れて行ってしまったが、『不具合』事件とその後の会社立ち上げで、私達の道は再び交わってしまった。
この気持ちは彼に知られてはならない。だから小瓶の手紙に永遠に封じます。…』
手紙にはこの後、もう1行、何か記されており、最後に"Nagomi 'Pillow' Makurazaki"の署名があった。『生きたおもちゃ』は、署名前の1行を読まない様に添付データだけを切り取り、
「あばよ、枕崎ナゴミ。たとえ電脳異世界の神でも、あんたはただの逃亡者だ。
自分が造った天国で、せいぜい穏やかに暮らしな。」
そう言うと、テキストデータを削除した。
さあ、また、復讐の旅を続けよう。
『生きたおもちゃ』の故郷の街には、かつて大企業の工場があり、クラスメートにもその工場の従業員の子供が大勢いた。
彼が引きこもってた間に、その工場が閉鎖され、従業員とその家族は、統合された新しい工場へと引っ越して行ったのだ。
次に向かう場所が、その新しい工場のあった場所、残った復讐のターゲットが皆住まう場所。そして、彼の復讐の終焉の地でもある。
「電脳異世界に転生して、幸せに生きるのはいい。でも、俺が捨てて逃げなきゃならなかった現世で、俺をいじめた奴等は、えへらえへらと生きてく…それだけは、許せない…」
異世界転生なんかに興味は無い。俺は現世に報い、報われてやる。




