17ー8 ボクに出来る事
アカネ機の左手首を掴んでいたアユム機が、消えた…
「ぐ…っ!?」
次の瞬間、アカネ機の左手首が唐突に斬れ、ポロリと落ちる。
「く…くそっ!!」
アカネ機は右手で鞭型ブレードを持ち、直剣状にし…自機の左肘を、斬った!!
「「ぐわぁぁぁぁぁっ!!」」
アカネ機の左腕が飛び、悲鳴とともにアユム機は再び現れ、アカネ機のブレードをアンブレラウェポンの二刀流で防いでいた。
「わ…私の機体に傷をつけたのは、貴様が初めてだぞ…だが…貴様の技なんぞ、とっくに見切ったわ!!貴様は私に勝てん!!」
だがアユムは、
「いえ…僕たちの、勝ちですよ…」
その時、アカネ機の通信機が反応する。同時に北条王のスマートフォンにも着信がある。
『国王陛下!!舞鶴団長!!た、大変です!!』
「…どうした!?」
『「ジョシュア王国」北部、沼田盆地が、西から侵攻を受けました!!』
「な、なぁぁにぃぃぃぃ〜〜〜!?」
北条王は、悲鳴を上げ、アカネは冷静に訊ねた。
「どこの勢力だ!?…『ヴェーダ公国』!?…『軽井沢暫定政府』か!?」
それを聞いたアユムが呟いた。
「最上さん…やってくれたんだ!!」
※ ※ ※
同時刻、旧群馬県、沼田盆地…
突如、西の谷伝いに現れたアレッツ部隊に、『ジョシュア王国』自警団は襲撃を受けた。王都である旧前橋、高崎に程近い沼田が落とされたら、王国自体が危うくなる。自警団は奮戦したが、主力を宇都宮への親征に注ぎ込んだため沼田に残っていた機体だけでは抵抗する術が無かった。そして…西から現れた『ヴェーダ公国』自警団は四角くくり貫かれた黒丸が6つ並んだ旗を掲げており、その中には、グリーン迷彩塗装のアレッツと、全身黄色の女性型アレッツの姿があった。
「アレッツ忍法、行くでござる!!」
黄色の女性型アレッツに乗っていたのは、久野シノブだった。全身細身で太腿が太く、ここにジェネレータを搭載しているのだろう。そして…胸は見事な釣鐘型の球体が2つ、重力の影響に抗って前に張り出していた。いや、あんたそこまで大きくないでしょ!?
2機の朱色のアレッツ…『ジョシュア王国』自警団機がシノブ機に襲いかかるが…
「ていっ!!」
シノブ機はジャンプして、空中で3回転!!次の瞬間、
「ドロン!!」
シノブ機は、空中で消えた。いや、よく見るとぼんやりと人型に空間が歪んでいるが、初見のジョシュア王国機は多いに戸惑った。再びシノブ機が姿を現した時、シノブ機の両手からクナイ型のパーティクルブレードが放たれ、2機のジョシュア王国機は胸を貫かれた沈黙した。
可能な限り軽量化を図り、敏捷性に特化した機体、それがシノブ機だった。ジェネレータもコンバータも低出力軽量の物を選び、ブースターもホバーも無し。軽量化により脚力だけで飛行に準ずるジャンプ能力を有し、加えてステルス機能で短時間だが姿を消せる。そのせいでステルス非稼働時は全身黄色という非常に目立つくノ一になった。またコンバータが低出力のため武器は2本のクナイだけ。これの後部にワイヤーガンのワイヤーを着け、腕力で投げ、空中で向きを変えたり、標的に刺さった後回収したり出来る。
シノブ機 スフィア女性体型敏捷性特化型SR
「シノブ君!まだアレッツ戦に慣れてないんだから、前に出過ぎない様に!!」
パーティクルサブマシンガンを乱射しながらエイジが言った。
エイジ機 キューブ汎用SSR
3日前の夜、アユムから相談を受けたエイジは、アユムと戦ったステルス機のビルドレシピの譲渡を交換条件に、軽井沢暫定政府を3日がかりで何とか説得、軽井沢暫定政府を保護している『ヴェーダ公国』自警団を動かし、彼らの拠点である上田盆地から谷伝いに東へ侵攻し、沼田盆地を強襲させた。
軽井沢暫定政府に従うエイジ達にとって、政府を蔑ろにして勝手に『ジョシュア王国』を名乗った者達を討つ事は彼らの理念にも合っていたし、シノブ機にステルス機能を手に入れさせるという目的もあった。
南へ撤退していく朱色のアレッツ部隊をモニターで眺めながら、エイジは思った。
(アユム君…約束は守ったぞ。君の旅の成就を祈るよ…)
※ ※ ※
同時刻、宇都宮より南方の川べり…
アレッツのコクピットの中で、アユムとカオリは言った。
「そうか…群馬は北を新潟、南を埼玉、東を栃木、西を長野に接してるという事は、そのいずれからも攻め入られる危険性があるって事か…」
「あの王様、これから大変ね…」
舞鶴アカネもその事を理解した上で、国防…即ち北の沼田盆地の防衛に注力すべきと進言したのだが、それを北条王が各方面と調整した結果、東の宇都宮への侵攻という、何の意味もない方針に変わってしまったのだ。
一方、件の北条王は…
『いかがいたしますか!?駐屯地ももうひっくり返ったような大騒ぎです!!ご指示を!!』
スマートフォンからそう急かされ、
「あわわ…ど、どうすれば…」
選挙カーの上であたふたしていた。
その時、左腕の無いアカネ機が、ツカツカと選挙カーに近づくと、アカネがその天井に降り、
慌てふためいている北条王の胸ぐらを掴み、
バ キ っ!! 左頬をぶん殴った!!
「あ……」「いいの…!?あれ…」「王様…殴っちゃった…」
アユムとカオリとハジメも流石に呆然とする。
そしてアカネは北条王をギン!と睨みつけ、
「国王陛下、直ちにご判断を。」
北条王はアカネの眼力から目をそらし、
「しかし…私には北関東に覇を…」
アカネは胸ぐらを掴む拳に力を込め、
「ようくお考え下さい。陛下は国民によって選ばれ、王となられました。国民を蔑ろにする事をなさったら、陛下は彼らによって直ちにその玉座から引き下ろされます。
ご判断を!このままでは王都が侵略者の手に落ちます。」
「…あの国、国王と舞鶴さんと、どっちが偉いの…!?」
「まぁ、あの女がいる限り、あの国は安泰でしょうね…」
目を泳がせてた北条王だったが、ようやく小さな声で、
「う、宇都宮にある戦力の半分を残して、撤退…」
「半分ですか!?」アカネが怒鳴る。
「ぜ…全軍撤退!!『ジョシュア王国』自警団は、宇都宮の地から撤退する!!」
「…聞いての通りだ。急いで撤退の準備をしろ。」
『了解!!』
駐屯地との通信はそれで切れた。
「待って下さい!!それじゃあ、私達への支持はどうなるんです!?」
『マロニエ村』の村長が叫んだ。あんたもまだいたの!?
「栃木の事にはもう関与せん!!今それどころじゃ無いんだ!!独立したかったら勝手にしろ!!」
北条王はそう叫んで選挙カーで去って行った。
「そんなぁ…こんな不安定な状態で独立なんてしたって…」
『マロニエ共和国』国王陛下は、がっくりと崩れ落ちた。あの人もこれから大変だなぁ…
「…舞鶴アカネさん…」
アユムが問うた。
「…何だ!?」
「本当にあなた程のすごい人が、どうしてそんな人に従ってるんですか!?」
「群馬に秩序と安定を。それには依って立つ誰かが必要だ。まぁ、ぶん殴れば言う事を聞く程度の男の方がちょうどいい。」
「「「………」」」アユム達3人は、呆然となった。
「さらばだ。渡会アユム、相川カオリ。それからそこのケンタウロスのパイロット、君の名前も聞いておこう。」
急に話を振られてハジメは戸惑ったが、
「え!?た、小鳥遊ハジメです。」
「小鳥遊ハジメか…では、縁があったらまた会おう!!」
そう言い残して、アカネ機は、遥か北西へ去って行った。
後には、アユムとカオリと、ハジメだけが残された。
そして、ハジメ機はすっ、と、南を指差す。
「行って!!アユムお兄ちゃん!!カオリさん!!」
アユムとカオリは分かっていた。宇都宮を脱出する、今がその時だと。
『ジョシュア王国』は撤退し、当面の危機は脱した。色々な理由を付けられてユニバレスに留め置かれるだろうから、最後はどさくさに紛れて逃げるつもりだった。そして、ここにはハジメ以外誰もいない。逃げるなら今だ。分かっていたから、今回の出撃に際して、『ユニバレス』の宿の私物は全部ブリスターバッグに詰めて出てきた。
「ボク達は大丈夫だから。ボク達の事は、ボク達で何とか出来るから。だから行って!!アユムお兄ちゃん!!」
ハジメには分かっていた。
アユムお兄ちゃんには来てくれるのを待ってる女性がいる。
帰って来るのを待ってる女性がいる。
ずっと側で支えてくれた女性がいる。
ボクは…その、どれにもなれない。
だから…ボクは、自警団に志願した。
いつか時が来たら、多少強引な手を使ってでも、アユムお兄ちゃんを南へ逃がすために…
「ハジメちゃん…」「でも…」
アユムとカオリも分かっていた。今が宇都宮を脱するその時だと。
だが…
他生の縁が生じた、まだ不安定な宇都宮の人達を…自警団の人達を、このまま放りだしていいのだろうか。
小鳥遊ハジメという、身寄りのない幼子を放りだしていいのだろうか…
分かっていた。自分達がハジメを養う事など出来ない事を。それでも…
「おーいみんなー、大丈夫かぁー!?」
そこへ福田団長が、増援を連れて近づいて来た。
「全く…優しすぎるんだよ、2人とも…」
ハジメは呟き、アユムお兄ちゃんに作ってもらったアンブレラウェポン(ガトリング)を、他ならぬアユム機に向け、
ド ガ ガ ガ ガ ガっ!! 乱射した。
「ハジメちゃん…!?」「小鳥遊…」「な、何を…」
アユム達も団長も驚いたが、ハジメは叫ぶ。
「団長!!渡会アユム、相川カオリの2人は、『ジョシュア王国』のスパイです!!」
「な…」「何を言うの!?あたし達は…」
だがハジメは2人の言葉を遮る様に、
「ボク見ました!!2人が誰かとテレビ会議で話してるのを!!2人が『ジョシュア王国』に、攻めて来る手引をしたに違いありません!!」
ドガガガガっ!! ハジメ機はガトリングガンを乱射する。その何発かが、アユム機を掠めた。
「わわわっ!!」
アユム機はそれらを避け、ホバリングを加速して走り出す。南へ…
「わぁぁぁぁぁっ!!」 叫びながらハジメはアユム機へ向け、ギリギリ当たらない方へガトリングを乱射する。
「わぁぁぁぁぁっ!!」 叫びながらアユム機は南へ逃げる。ハジメ機が、宇都宮の廃墟が、背面サブウィンドウの中、段々小さくなって行く…
叫びながらハジメは撃ち、アユムは逃げた。
「「うわぁぁぁぁぁっ!!!」」
もう、コンバータのエネルギーは空になっており、ハジメ機のレーダーもアユム機はロストしてしまっていた。それでもハジメは、空回りするガトリングガンのトリガーを引き続けていた。
コクピットの中でうなだれるハジメに、福田団長から通信が入った。
「小鳥遊…渡会、相川臨時軍事顧問がスパイだって言うのは事実か!?」
「ごめんなさい…全部、ボクの勘違いです…」
ハジメの目から涙がこぼれる…
「…小鳥遊…お前さんを虚偽報告の罪で、3日間の謹慎処分とする。」
得難い人材だったが、逃げてしまったものはしょうがない。そして、ハジメには休息が必要だ。
オープンチャネルでのやり取りの一部始終をアレッツの通信機で傍受していたアカネは、それらのやり取りが終わると、フッ、と、哀しそうに笑った。
こうして、北から来た放浪者と、西から来た侵略者は、来た時と同じ唐突さで、宇都宮の地から去って行った。
一人の少女の胸にかすかな痛みと、飛び立つ空を与えて…
※ ※ ※
宇都宮から南へ遠く離れた某所…
もうすっかり日は暮れ、空には満天の星が輝いていた。
人口の大部分が消失したのだ。街明かりも弱くなり、首都圏に程近いここでも星は見えた。
南の空には秋の夜空唯一の一等星、みなみのうお座の『フォーマルハウト』。
この時刻にあれが見えると言うことは、秋も深まってきた証拠だ。
道理で寒い訳だ…
アユムは1つ折りになっていたツナギの袖と裾を伸ばす。旅を始めたばかりの頃は、3つ折りにしないと手首足首が出なかったのに…
ツナギの折り目をのばしても寒さは晴れなかった。このすきま風はきっと、胸の奥に吹いてるから…
しばらくはあのフォーマルハウトを見る度に、この切なさがこみ上げるんだろな…
アユムは行く。この世でただ一人、彼の事を好きだと言ってくれた少女の下へ。
彼の事が好きな、もう一人の少女に背を向けて…
第17話 飛び立つ空
第四部 北関東編 完




