17ー5 花と槍
時は少し遡る。『マロニエ村』の村長達を護衛して第1中隊が出て行き、自警団詰め所の戦力はアユムだけになった後…
「カオリさん…今のうちに支度しますよ…」
「ええ…それとアユム…」
カオリはアユムに、『ある事』を告げる。
「ええっ!?で、でも…」
アユムは戸惑ったが、カオリの決意は固かった。
「アユム言ってくれたよね。『強いあたしも女のあたしも、両方あたしだ』って…でも、今、この世界を生き抜くために必要なのは、『無銘の剣豪』の強いあたしだよね…!?だから…」
「……カオリさんの気持ちは嬉しいです。でも…」
「安全策はいっぱい取ってるんだろう!?」
長い旬重の末、アユムはようやく、
「………分かりました。カオリさん、力を貸して下さい…」
その後、事態は自警団詰め所の外で目まぐるしく推移していった。まず、茨城との県境付近に出撃していた第3中隊から、次いで北の『エッグプラント村』へ出撃していた第2中隊から、それぞれ野盗出現の報は何者かによるデマであったことが告げられ、その後『マロニエ村』の恭順も『ジョシュア王国』による罠で、福田団長やハジメ達第1中隊が釣り出された事、伏兵として襲ってきた『ジョシュア王国』の一団もあっさり無力化された事が報された。そして…
『…こちらアルファワン、たった今、第1中隊は『ジョシュア王国』舞鶴アカネと接敵した…』
ゴク…アユムは生唾を飲み込む…ついに…来た。この時が…あの人と、対決するその時が…
「分かりました。今、そっちへ向かいます。」「行くわよ、アユム!!」
「ええ…でもカオリさん…」
アユムは声をひそめ、
「…今が、『チャンス』だと思うんです。」
カオリはその意味を解し、
「そう…ね。昨日から『ユニバレス』のあちこちに野盗が出没したけど、あたし達は何だかんだ理由を付けて、出してもらえなかった…」
「…やはり、当初の予定通りに行きましょう。」
しばらくして、アユムとカオリは外へ出てくる。
「ブリスターバッグ、オープン!!」
深い青色の機体、左右色違いのカメラアイに、三日月の前立てのアレッツが姿を現し、南へ向けて飛び立って行った。後には、空になった2人の宿が残された…
※ ※ ※
同時刻、宇都宮よりはるか南、戦場…
「…こちらアルファワン、たった今、第1中隊は『ジョシュア王国』舞鶴アカネと接敵した…」
『分かりました。今、そっちへ向かいます。行きますよ、カオリさん!!』『ええ!!』
アユムの返事を受けて福田団長は通信を切った。
(さて…軍事顧問殿と、何とか合流しないと…)
現状、自分達は川の東岸に4機、敵のアカネ機と中隊長機がいる西岸に4機…分断されたのはこっちの方だ。
「アルファツーからアルファファイブ、すぐこっちに戻れ!!アルファエイト、援護して!!」
「了解!!」ド ガ ガ ガ ガ ガっ!! ハジメ機がガトリングガンを連射する!
「お前ら覚悟しろぉ…」ドン!「ぐぉっ!?」
アカネの登場で急に威勢の良くなった中隊長が攻撃に転じようとしたが、ハジメ機に右肩と両太腿を撃ち抜かれ、その場に崩れ落ちる。本当こいつ何しに出てきた!?その隙にアルファフォーとファイブが川を渡ろうとするが、アルファツーとスリーは、対岸に残ってアカネ機にブレードで斬りかかっていた。
「何をしてる!?お前らも戻るんだよ!!」
しかし、旧自警団上がりのアルファツーとスリーは、
「団長は今のうちにひよっこ共を連れて逃げて下さい…」
「ここで逃げたら俺達今度こそ無用呼ばわりされちまう…」
ドガガガガガっ!!ハジメ機が対岸から援護射撃する。
「そいつはボクの機体と相性悪いはずだから、今のうちに!!」
タタタ…!! タタタタタ…!! 川を半ばまで渡っていたアルファフォーとファイブが、パーティクルキャノンでアカネ機を撃つ。
「確かに…こいつの武器なら」「射撃の距離には届かないはずだ!!」
「団長!!」「行こうぜ!!」アルファシックスとセブンが促す。
「お前ら…」
分かっていた。このままアカネ機を引き連れて逃げて、万に一つも村を戦禍にさらす訳には行かない。彼らは、アユム機が来るまで、ここで足止めするしか無い!!
「団長、みんな…」
ハジメ機が隊員たちにある事を提案する。
「無茶な…」「危険だ…でも…」「それしか無さそうだな…」
「よし、分かった。アルファエイト、お前が最後の攻撃をやれ。」
「りょ…了解…。」
不意に、向こう岸のアルファツーとスリーが、川へと後退する。
「逃げるかぁ!!」
アカネが吼え、後を追う。川の中に立つアルファフォーとファイブが左右に分かれ、アルファシックス、セブンと団長機アルファワンが川を渡り始めた。
「む…」
気がつけばアカネ機は、周囲を7機のアレッツに取り囲まれていた。
「みんな…ぶっつけ本番だけど、これまでの訓練を思い出して…行くぞ!!」
7機のアレッツは一斉にアカネ機に襲いかかる。
「それが…どうしたぁ!!」
アカネ機は鞭型パーティクルブレードを振りかざし、アカネ機の周りで大きな円を描くワイヤーで繋がったブレードの各パーツは、7機を同時に斬ろうとする。
「「「今だ!!」」」次の瞬間、7機は同時にバックステップ!
(アユムお兄ちゃんが言ってた。赤いアレッツの鞭みたいな剣は、マルチロックオンで敵を追撃してるんだろうって…なら…)
7機のアレッツを斬ろうとロックオンしていた鞭型ブレードの各パーツは、飛び退いた各機を自動で追ってあらぬ方向へ飛び、鞭型ブレードは完全に伸びきった!!
「今だ!!」アルファエイト、ハジメ機が、完全に無防備になったアカネ機に狙いを定め…
ド ガ ガ ガ ガッ!!
アンブレラウェポン(ガトリング)の直撃を受けるアカネ機。
「やっ…た………」
だが…鞭型ブレードの一番先端の1パーツが、ハジメ機の方を向いてパーティクルシールドを展開し、ハジメ機のガトリングの弾を全て防ぎきっていた。かたや避けたはずの第1中隊機は、鞭型ブレードに掠られてこちらの方が大きなダメージを負っていた。
「そん…な…」
呆然とするハジメにアカネは涼しい顔で、
「いやはや、今までこの様な手を使う輩はいなかったぞ…褒めてやろう。」
「く…」「くそっ!!」アカネ機の背後からアルファツーとスリーが斬りかかるが、
「ムンっ!!」アカネ機の鞭型ブレードに一閃されてしまった!そのまま周囲に転がっている民間出身のアルファフォー、ファイブと、『サンライト村』から出向しているアルファシックスも斬りつける!!
「み…みんな…」
「ハァっ!!」アカネ機は返す刀で鞭型ブレードで突きを繰り出し、ワイヤーをいっぱいに伸ばして向こう岸のハジメ機を貫こうとするが…ザクっ…!! ハジメ機を庇うように間に入ったアルファセブンがそれを止めた。
「へへ…ちっとは大人にカッコいい事させろよ…」
アルファセブンは訓練初日にアレッツを暴走させたチャラい男だった…
「に…逃げろっ!!」
地に横たわりながら右手を振って団長機とハジメ機に逃げる様に促す。団長機アルファワンも右腕をやられてまともに戦えそうにない。
ヒュン! ホバリングで瞬時に川を渡ったアカネ機が、剣状に縮めたブレードをハジメ機に突きつける。
「貴様…誰の機体が貴様と相性が悪いって…!?」
絶望の顔でサブモニターを眺めたハジメだったが…
「おばさん!!ボクに一度噛みつかれた事あるじゃない!!」
「あぁ!?」
次の瞬間、アカネ機のモニターに通信用サブウィンドウが上がり、そこに中学生くらいのサイドポニーテールの女児の顔が上がる。
「この顔に見覚え無い!?もっとも、おばさんはボクの事なんか眼中に無かったみたいだけど…」
宇都宮に侵攻した日、駐屯地に拉致したのは4人、宮部氏と、アユムと、カオリと、もう一人…
「そうか…あの時のガキ…やっぱり女だったか…『ユニバレス』は子供を兵士として戦わせるのか!?」
嘲る様なアカネ。
「ボクは…パパもママもおじいちゃんも死んだ…だから…」
「そうか…それは大変だったな…」別れた夫に引き取られたアカネの娘も、今頃このくらいの年齢だろうか…
「だから、ボクは今…自分の意思で戦場にいる!!」
だがアカネ機はブレードの切っ先を更にハジメ機に近づける。
「だとしても…おいたが過ぎた、な!!」
ブレードを振り上げ、ハジメ機に振り下ろそうとしたその時、
切っ先の1パーツがあらぬ方向を向き、シールドを展開すると…天空から穿たれた光弾を防ぐ!!
「む…っ!?」アカネ機が光弾の飛来した方向を向く。
「間に合った…」ハジメが安堵の声を上げた。コクピットのサブウィンドウ、レーダーに感あり、遙か上空…
そこには………飛行ユニットを展開し、アンブレラウェポン(スナイパー)を構え、下界を狙撃するアユム機がいた!!
そのまま急降下しながらスナイパーライフルを撃ち続けるアユム機だったが、弾は全て、変幻自在に動く鞭型ブレードの展開するシールドに防がれてしまった。ある程度の自律防御行動が出来るのか…!?やがてアユム機は着地する。
「アユムお兄ちゃん!!カオリさん!!」
ハジメが声を上げる。
「来たか…『スーパーノヴァ』…」
アカネ機がアユム機に向き直る。
コクピットのアユムが叫ぶ。
「舞鶴アカネさん…あなたに勝ってみせる!!」
リアシートのカオリが叫ぶ。
「舞鶴アカネさん…あなたを越えてみせる!!」
「ほう…」
アカネがニヤリと笑った。
(相川カオリ…今日はあのボーヤの後ろに座ってるのか…でもなら…今回あの必殺技は…)
「『インビジブル・コラージ』!!」
アユム機は、消えた。
「な…っ!?」
狼狽するアカネだったが…咄嗟に後ろに大きく後退する。次の瞬間、アユム機は再び現れた。アカネ機がさっきまで立ってた場所に、アンブレラ・ウェポン(ガトリング)を前に突き出して、パーティクルが円錐状の光を、まるでドリルの様に形成して…
「………」
アユム機はゆっくりと、アンブレラウェポン(ガトリング)の光のドリルを止める。
「渡会アユム…貴様…気でも触れてるのか!?」
『インビジブル・コラージ』は使い様によっては必殺である一方でパイロットを多大な危険に晒す技。カオリが乗っている時は使わない。そのはずだった。
「あたしがやれって言ったんだ!!」
アユム機のコクピットの、リアシートでカオリが叫んだ。そして、額に貼られた絆創膏に右手をかけ、
「舞鶴アカネ…あんたあたしに言ったよね…『お前はその子の何だ』って………
これが………その答えだっ!!」
ピっ…!! 勢い良く、剥がした!
あいつに付けられた傷痕は、もう、残っていない…




