17ー3 あたしはこの子の何だ!?
アユムの教官就任3日目、朝…
『ユニバレス連合』自警団、詰め所…
「ふんっ! はっ!!」
登る朝日の中、左右の正拳突きの素振りをするカオリ。
(お前はその子の、何だ!?)
舞鶴アカネの声が脳裏にこだました。
(人を好きになるって言うのはね…他の何を差し置いてでも、その人のことを第一に考えるって言う事よ!!)
そして、かつて自分がアユムに言った言葉も…
(保護者か!?守ってやってるつもりか!?だが放っておいても、男は女より大きく、強くなるぞ!!)
(例えそのせいで世界が滅ぶとしても、好きな人の事を最優先に考えるの。それが、人を好きになるって事よ!!)
かつての自身の台詞と、アカネの言葉と、もう記憶の彼方に去ってしまった男性の顔を思い浮かべながら、突き、蹴り、投げ、受け身…一通りの形をこなして行った。
「あたしは…こういう人間だったはずだ…」
何か呟こうとしたその時、アユムがやってきた。
「稽古ですか…カオリさん!?」
「あ!?…あ、アユム!?」
「おはようございます、カオリさん。朝からせいが出ますね…」
彼女の心の乱れを知ってか知らずか、無邪気に挨拶するアユム。
「あ…ああ。記憶喪失とかもあってサボってたからね…」
「本当はすごく強かったみたいですしね、カオリさん。インターハイ総なめとか…」
「あ、アハハ…若気の至りよ…」
「変なの…カオリさん、今だって十分若いじゃないですか!?」
「…子供がナマ言ってんじゃないの!」
おどけて怒ってみせるカオリ。この子は無防備にドキッとする事を言う…
「…あのさ、アユム…」
不意に、カオリが言った。
「何ですか、カオリさん!?」
「SWD直前に、あたしが北海道にいた理由だけど…傷心旅行だったの…」
傷心旅行…つまり、カオリさんは失恋したという事だ…
「あたし自身意外だったわ…自分を自立した女だと思ってたけど、あんな女々しい一面があったなんて…
高校まで女子校育ちの部活漬けだったガキが、高校卒業を機に見た目だけ垢抜けて、出来たカレシに夢中になって、フツーのオンナのセーシュンとやらをやってやろうと柄にも無い事して、でもあたしを押し倒そうとしたあいつを巴投げして全部ブチ壊して…
星降る夜の恐怖と一緒に振られた記憶まで放りだしちゃったのよ…」
「………………カオリさんも大変だったんですね…」
かなりの間を置いて、アユムはそう返事した。
「…何、その素っ気ない反応…」
「…その男の人は、元々カオリさんには似合ってなかったんじゃないですか!?」
「あのねぇ…こっちは結構恥ずかしい告白だったのよ!
このあたしが、男に逃げられたショックで記憶喪失なんて!!」
「うーん…そんな事言われても…僕にとってのカオリさんは、『女の人』ですよ!?
これだけ綺麗なら彼氏の一人もいたでしょうし、振られて傷つく脆さがあるのも知ってますし…戦ったら強い所も全部ひっくるめてカオリさんでしょ…う…」
言ってて段々とんでも無い事を口走ったのに気づくアユム。カオリの顔が一瞬で真っ赤になり、叫ぶ。
「が…ガキのくせに生意気言ってんじゃないわよ!!そう…そう言う事は、ルリさんに言ってあげなさい!!」
スタスタと大股でその場を後にするカオリ。心臓がまだバクバク言って、顔がお湯を沸かせそうなくらい火照ってる。これは多分、朝稽古のせいだ、うん…
一方、一人取り残されたアユムは、胸を右手でぎゅっと掴んだ。
(カオリさんに…彼氏が………)
何だ、このチクっとする痛みは…!?
その一部始終を、物陰から見ている者がいた。
たまたま早起きした、ハジメだった。
(アユムお兄ちゃん…カオリさん………)
※ ※ ※
同日、午前…
自警団詰め所の片隅にアユムは廃墟から拾ってきたジャンクを並べていた。手に持った図面と見比べて、足りない物が無いかチェックしている。
「アユムお兄ちゃん…」
そこへ、ハジメがやって来た。
「それ…仙台のお友達の…!?」
「ああ…車椅子を作るなんて、僕も初めてだからね…」
図面を片付け、ジャンクを『ブリスター・バッグ』に仕舞うアユム。
「帰りたい…よね!?」
ハジメがおずおずと訊ねると、アユムは、
「宇都宮を放って行ったりはしないよ。一段落するまでここにいるよ。」
言ってる間もアユムは手を止めない。
「そういえば、さ、ハジメちゃん…」
不意にアユムがそう切り出す。
「な…何…!?」
「ちゃんと聞いてなかったね…ハジメちゃん、どうして自警団に志願したの!?」
ハジメは目をそらして、
「…ボクにも出来る事があるかもしれないって思って…」
「そう…」
確かに…あのまま廃墟で暮らしてるより、村でハジメにも出来る仕事を探して生きて行った方が良いに決まってる。
「じゃ…アユムお兄ちゃん…ボク、これから待機だから…」
「ああ…」
ハジメは、去って行った。
しばらく作業した後、ふとアユムは呟いた。
「あれ…僕、ハジメちゃんにカナコの事、話したかな!?」
※ ※ ※
時は2日ほど遡る。『ユニバレス連合』建国前夜、アユム達が『ジョシュア王国』自警団駐屯地から逃げて来た後…
ハジメは宵闇の中を、アユムとカオリの宿へと歩いていた。
(これからこの村は大きく変わっていくんだろうけど…やっぱりボクは廃墟に戻ろう。ここがどう変わろうと、ボクの居場所なんか無さそうだし…)
その前に一言、アユムお兄ちゃんに挨拶して行こう…
「…明日から僕はこの国の自警団の臨時軍事顧問です。」
宿の中からアユムお兄ちゃんの声がした。
(アユムお兄ちゃん…!?誰と話してるの…!?)
思わずドアの隙間から覗き込むハジメ。
「みんなをちゃんと戦える様に教えないと…」
(テレビ会議って奴…!?一体何を…!?)
「まあ、首都圏へ行くのも告白相手捜しも、だいぶ遅れるでしょうけどね…」
「………っ!!」ハジメは息を呑んだ。
「冬が近づくまでに問題が解決しなければ、宇都宮で越冬、いや、仙台の友人に車椅子を作って届けたいから、一旦仙台に引き返さなければならないでしょうね…」
すると、画面の中の人物…最上エイジが言った。
『…アユム君、その話だが…私達が、手助け出来るかもしれない。3日だけ、持ちこたえられないか!?』
ガタン!!外で物音がした。
「誰…!?」
アユムが慌ててドアから外に飛び出す。だが誰もいない。
『どうした…アユム君!?』
画面の中のエイジが聞いたが、アユムは、
「いえ…気のせいです。」
ドアから離れた建物の影には、身を潜めるハジメ。
「ハァ…ハァ………」
いきなりドアからここまで走ってきたので息が荒い。
「ハァ……ハァ………」
ハジメの脳裏にはさっきのアユムの言葉がこだましている。
(3日…あと3日で…アユムお兄ちゃんが…どこかへ行っちゃう…!?)
ハジメは荒い息をつきながら、その場にへたり込んだ…
翌朝、ハジメは『ユニバレス連合』自警団に志願した。




