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16ー6 いい女になるぞ

宇宙人が攻めて来て、世の中がめちゃくちゃになって、パパとママが死んだ時、おじいちゃんがハジメに言った。『男の子の振りをしなさい、決してバレない様に。もし、悪い人に本当の事が知られたら、お前は殺されるよりも酷い目に遭わされるだろう』と…


そんなおじいちゃんの言葉の意味が分からない程、ハジメも子供ではない。そして、アユムお兄ちゃんは、男の人だ。なのに…


アユムお兄ちゃんに、女の子として見て欲しいと思っている…


「何だろう…こんなの初めて…」

浴槽の中で体育座りして、ハジメは呟いた。それに…

「バレちゃった…みんなに、本当の事…」


どうなるんだろう、これから…


ガラッ! 浴室の扉が開きタオルで前を隠し、髪をアップにしたカオリが入って来る。ハジメの目の前でしゃがみ、かけ湯をかける。同じ女のハジメの目から見てもきれいな身体…


(この女性(ひと)、アユムお兄ちゃんの何なんだろう…)


「隣、入るわね…」返事も聞かずカオリは入って来る。 じゃぶ… 「ん……!!」 伸びをした拍子にぷるんと揺れてお湯に浮く。ハジメは何年経ってもこの女性みたいな身体にはなれない気がした。


「…男って本っ当に無神経で鈍いわよね〜〜!!」

不意にカオリが言った。

「国がどうの、自警団がこうの、宇宙人がどうの、ロボットがこうの…無駄にデカい物、手も届かないくらい遠くの物の事ばっかいつも考えてて、すぐ側にいる人の事を、ちっとも見向きもしない!自分の事一つ、なんにも出来ないくせして!!」


「で…でも、アユムお兄ちゃんは、こんな滅茶苦茶になった世の中を、北海道からずっとここまで旅して来たんだよね!?」


「ええ…ついでに失ったあたしの記憶まで取り戻して、ね。」


「え…!?」


「あたしは旅行先の北海道でSWDに被災して、そのショックで記憶を…あたしがどこから来たのかを忘れてしまったのよ…アユムはそれを、あたしのわずかな記憶から、どこから来たのか突き止めてくれたの…」


「…やっぱり、アユムお兄ちゃんって、すごいんですね…」

そしてこの人も…ロボットに乗って戦うアユムお兄ちゃんの旅を、ずっと共にしてきた。今なら分かる。あの蒼いアレッツのリアシートは、この人のためのものだって…


「アユムは目的地について、あたしも住んでた街をみつけて、旅はお終い、のはずだったのに、あいつは東京まで足を伸ばすって言い出して…」


普通ならそこでバイバイ、気をつけてね、という事になるだろう。


「でも、カオリさんは…」


「そ。…付いて来ちゃった。」


その苦笑は何故か誇らしげだった。


「………かなわないな…」

ハジメは呟いた。


「…ま、そうやってデカい物、手の届かない遠くの物を追いかけていくうち、あいつは成長して行ったんだから、あたしもとやかく言えないけど…それに…」

カオリは声のトーンを落とし、

「…今、あいつが見つめる先にあるのは…舞鶴アカネ…あの『ジョシュア王国』自警団の女将軍だ…」


北条王に呼び出された時、一緒にいた、いかつくて怖そうなオバサン…強そうなアレッツ部隊を指揮し、あの人自身も強い。アレッツ戦でも、生身でも…


「…ボク達、あの人をどうにかしなきゃいけないんだよね…」


「そして、あたしも…」


カオリさんは昼間のチャラ男との一件からすると結構強いみたいなのに、あの女将軍には全く歯が立たなかった。そしてハジメは、相手にさえしてもらえなかった。最後に手首に噛みついたのが精一杯だ。


「あたし達…あの舞鶴って人に負けてるね…戦士としても、女としても…」

「そんな…カオリさんが負けてるなら、ボクはどうなるの…」


「あーもう!!」ジャバン!!カオリは水面を叩き、叫んだ。


「いい女になるぞーーーー!!」


「…か、カオリさん…!?」


「ハジメちゃんも叫んで!!」


…分かっていた。そうならなければ、ハジメはこれから生きていけない。


すぅ…ハジメは目一杯息を吸って、叫んだ。



「い、いい女になるぞーーーーー!!」



     ※     ※     ※


脱衣所に上がった2人。ハジメの長い髪をブラシで梳く。


「男に必要以上に媚を売る事は無いし、妙な男が言い寄ってきても困るけど、女として最低限の、自分のためのおしゃれはしないとね。」

ガ ー … ドライヤーをあてるカオリ。

「ごめんねあなた達…2人きりにさせてもらって…」

「いえ…」「元々狭くて何人も入れないし…」

ハジメと2人で話しをするために、他の女性隊員達に入らない様にしてもらってたのだ。

「今回の罰として、アユムに女湯だけ広いの作らせようか!?」

不穏な事を言い出すカオリ。

「カオリちゃん、これでいい!?」

池田さんが何かを持って来る。

「すみません、こんな事頼んじゃって…」

「こんなおばさんの趣味で悪いけど…」

池田さんが持ってきたのは、髪をまとめて留めるシュシュ。

「! これ、手作りじゃないですか!?」

廃墟のどこかから拾って来るものだとばかり思ってた…

「娘の服を手直ししたの。あなたに使ってもらったら、あの子も喜ぶと思うわ。」


ハジメはシュシュを胸の前で両手でぎゅっと握りしめる。


「ありがとうございます…大事にします……!!」


     ※     ※     ※


数分後…


「ハジメ君…いや、ちゃん!?」

風呂から上がってきたハジメを見てドギマギするアユム。

「お…おい…」「マジだったのかよ…」

他の男性団員も驚いていた。


アユムの前に立ったのは、ハジメ。ただし、後ろでひっ括ってた髪をサイドポニーテールにして、池田さんがくれたシュシュで留めている。どこから見ても女の子だ…


「小鳥遊ハジメ!よろしくお願いします!!アユムお兄ちゃん!!!」


ハジメは最後にニカっと笑った。

おまけ


数十分前…


風呂場に逃げ込んだハジメに続いて、カオリが脱衣所に消えていってはや数分、中で何が起きているのか心配でありながら、覗き込む訳にもいかず困り果てていたその時、


「いい女になるぞーーーー!!」


カオリの叫び声にビクッと震えるアユム。続いて、


「い、いい女になるぞーーーーー!!」


ハジメの叫び声まで聞こえた。


「あわわわわ…ほ、本当に一体何が…!?」


オタオタするアユムの肩を、福田団長がポンと叩いた。


「…ま、覚悟しといた方がいいんじゃない!?」

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