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16ー5 教官初日め

カオリの前には、横一列に並んだ3機のアレッツ。右端がハジメの青い機体だ。


「まず、ゆっくり歩いてもらいます。右足の大きなペダルを少しだけ前へ踏んで。」


拡声器を持ったカオリが教える、新兵組の基本動作訓練だ。


「は~い、教官殿に質問がありま~す。」


左端の機体のパイロットから軽薄な声があがる。


「何ですか!?」


「教官殿と渡会教官とはどういう関係ですかぁ!?」


「…訓練中に関係無い発言はしない!!」

大体そんなの、あたしが聞きたい。


「へ~い…」

返事しながらパイロットのチャラそうな男は、右向こうに立つ青い機体を睨み

(けっ…ロボットに乗れるって言うから入ってみたのに、アレッツ乗りでもない女が教官で…あんな汚ぇガキが同僚かよ…!!)


「では歩いて。ペダルを少しだけ、優しく…始め!!」


ガシャン!!中央と右の機体がゆっくりと歩き出す中、


ドンゲンドンゲン…「わわっ!!」


左の機体がいきなり走り出した!!さっきのチャラい男だ。


「踏み込みすぎ!!ゆっくりペダルを戻して!!」

カオリが拡声器で叫ぶ。が、パイロットはパニックになって、更にペダルを踏み込む。キ ィ ィ ィ ィ!!「わ~~~っ!!」機体は更に加速してホバリングに移り、しかも踏み込みが左に傾いていたため、グルグルグルグル…その場で反時計回りに高速回転し始める。「うぉっ!!」反射的に右レバーを思いっきり倒したら、アレッツは右腕を大きく横に伸ばし、遠心力でアレッツは右に傾いて、横転。「うわわわわっ!!」ガッシャーーーン!!倒れる際、アレッツは自動で右腕で受け身を取り、大きな損傷は免れた。


「浮わついた気持ちでやってるとそうなるわよ。左右のレバーは腕の操作だから、自力で起き上がって!」

カオリの叱責が飛ぶ。倒れた機体はしばらく両腕をジタバタさせていたが、起き上がれず今度はうつ伏せに倒れ混んでしまった。


「た、助け…」


不意に、アレッツの左手をぐいと引き上げられる。見上げると手を取っていたのは、青いアレッツ…ハジメだ。


「大丈夫!?」


幼さ故に適性が問題視されたハジメだったが、思いの外優秀だった。幼さ故の高い学習能力で、砂地に撒いた水の様に教えた事を吸収していった。SWDチルドレンだったと言うが、ハジメは頭が良いからずっと廃墟でも生きて来れたのかもしれない。『アレッツ乗りは、子供の、力で成人に劣るというハンデが無い。』アユムのその屁理屈が、この様な効果をもたらすとは思ってもいなかった…


一方の助け起こされた男のアレッツは顔を背け、

「……チっ!!」


「よし!小鳥遊はそのまま待機場所へアレッツで歩いて行け。お前(チャラ男)はスタートに戻れ。自分で起き上がれないなら、アレッツをブリスターバッグに戻して自分の足で走って、な。」


シュン!! 言われた通り男はアレッツを降りてブリスターバッグに戻し、

「へいへーい…(額に絆創膏着けて凄むんじゃねぇっつーの!!)」

のろのろと歩きながらカオリの側を通り過ぎ…

カオリの張りの良い尻に右手を伸ばし…

もうちょっとで触れるところで動かせなくなる!


「痛てててててっ!!」

カオリの左手が男の右手首を掴み、万力のように締め付けていた。


そのまま男の右手を背中にねじ曲げ、

「痛い痛い痛い!!」


ドン!右手で背中を押して男をその場に倒し、右足で背中を踏みつける!!

「ぐぇぇぇぇぇぇっ!!」


パチパチパチパチ… 一部始終をアレッツのモニター越しに見ていた女性隊員達が、一斉に拍手する。

「すごいや!カオリさん!!」

ハジメも興奮気味だ。


「言っとくけどね…あんた達がこれから立ち向かわなきゃならない『ジョシュア王国』の女将軍(舞鶴アカネ)は、あたしよりずっと強いんだよ…尻を触ろうとしたら冗談抜きで腕をもがれるかも…」


そして男の首根っこを掴んで釣り上げ、


「…安心して…あたしはあんたを除隊させない。脱落は誰一人として許さないから…」


…この光景を見て、若い女に教わる事にかすかに不満を感じていた男性隊員達も、この女教官に逆らってはいけない、と思った…


     ※     ※     ※


一方、アユムの教えるベテラン組は…


「これが、武器…!?」


福田団長はアユムからレシピを教えられ、作ったそれを見つめた。


「『アンブレラ・ウェポン』。皆さんの機体は積載量や出力の制限が大きいですから、そういう銃にも剣にもなる武器が丁度良いでしょう。」


アユムが旅を始めた頃に使っていた物と同じ『アンブレラ・ウェポン』。ただし各部の冗長な設計を見直し、三角の銃身兼刀身は細長い四辺形で、グリップも丸ではなく直角に近い角度で曲がった、傘よりも武器に寄せたデザインだ。


アンブレラ・ウェポン(ユニバレス仕様)


「取り敢えずの武装はそれで良しとして、皆さんにはマテリアルを稼いで機体をアップグレードしていただきます。」


その時、アユムのスマートフォンが振動する。カオリからの通話だ。


『もしもしアユム、ベテラン組への編入者が出たわよ。』


「えっ…!?もうですか!?」


『今、カワイイ(・・・・)子をそっちに寄越したから、ちゃんと教えてあげなさい。』


カワイイ子…!?新兵組にも女性隊員はいたけど、みんな成人ばかりだったと思うが…


ィィィィィ…!!向こうからホバリングでこっちに近づいてくる機体がある。青い機体だ。アユムの前で止まり、


『小鳥遊ハジメ、現時刻を持って本隊に編入されました。よろしくお願いします!!』


ハジメ機が敬礼する。


「………」

数刻沈黙したアユムは、まだ繋がっていたスマートフォンに、小声で


「カオリさん…言っときますけど、僕はノーマルですよ…」


『ええ、よーく知ってる、わ!』


プツッ!通話は乱暴に切られた。


「…!?」


挙動不審のアユムに、ハジメ機はカクンと首を傾げた。


     ※     ※     ※


さて…


民間から新たに自警団に入ったのは、パイロットだけではない。


事務員や団員への食事の提供、施設の清掃等、戦闘以外の仕事に携わる者も加わった。アユムも採用者名簿を見せてもらったが、競争倍率はそれなりに高かったらしい。これにはもう二度と自警団にあの様な不正を起こさせない監視の意味もあるが、『国民』が新たな自警団に期待しているためでもあるのだろう。


午前の訓練を終えた自警団員達が、詰所に戻って来ると、


「お昼ごはんでーーーす。2列に並んで下さーーーい。」


湯気を立てる大鍋が用意されていた。


トレイに深皿を乗せたアユムが先頭に並ぶと、そこに汁物が盛られる。お玉を持つ女性に見覚えがあった。


「あなたも…ここに入ったんですか!?」

旧『ユニヴァース村』の、池田さんだった。

「…私も何か出来る事は無いかと思って…お給料も出るみたいだし…」


「私達は少しでいいよ…」福田団長を始めとする、旧自警団の団員達は遠慮がちに言ったが、団長の皿にどちゃっ、と、大量の野菜が盛られる。

「あんたらに倒れられる訳にゃいかんのよ!!いいからたんとお食べ!!」

『パレス村』で会った太っちょの佐藤さんだった。

「すまないねぇ…」福田団長達は山盛りの皿を載せたトレイを持って一礼すると、詰め所の隅に下がっていった。


「それにしても…またスイちゃんと一緒にやれて私ゃ嬉しいわ!!」

佐藤さんが隣に立ってる池田さんに言った。2人は知り合いなんだろうか!?

「やめてよ、『スイちゃん』なんて女学生の頃じゃあるまいし…」

「いいじゃない。お互い結婚してややこしい事になったんだし…」

募る話もあるらしい。ところで…


「ところでハジメ君、いつまで僕の後ろに隠れてるつもりなのかな!?」


ハジメはアユムの後ろから、もじもじと顔だけ出している。SWDチルドレンでこれまで村の人達から邪険に扱われ続けてきたので、アユム以外の大人の人がまだ怖いのだろう。


「ほら!行った行った!!」身体をどけてハジメの尻をポンと叩くと、ハジメは「ひゃっ!!」とかわいい悲鳴をあげる。何故か怒ったカオリが、ハジメを叩いたアユムの手をつねる。「痛たたた!!」


池田さんと佐藤さんの前に出されたハジメは、おずおずとトレイに乗せた皿を差し出す。『汚い子』『あっち行け』と言われる事に怯えていたハジメだったが…皿の上に野菜が山と盛られる。


「………あ。」


「たんとお食べ。」


「ごめんなさいねぇ…今まで何もしてあげれなくて…これからは、困ったことがあったら、周りの人に相談してね…」


「ありがとうございます!!」

お皿をこぼさない様に気をつけながら深々とお辞儀するハジメ。


「よかったな、ハジメ君…」

アユムは言ったが、何故かハジメはぷいとそっぽを向いて向こうへ歩いていった。


「…何だありゃ…!?」

首を傾げるアユムを、ジト目でにらむカオリだった。


     ※     ※     ※


午後も訓練は続けられた。


駅周辺に建てられていたタワーマンションの廃墟に、並んで立つ新兵組のアレッツ。


ピっ!「登って!!」 カオリがホイッスルを吹いて号令を出すと、


並んだアレッツ達が一斉に左手を上げ、はるか上めがけてワイヤーガンを射出、壁に打ち込んだらワイヤーの巻き取りと脚で蹴りながら外壁を登っていく。


マテリアル稼ぎを兼ねた基本動作訓練である。


一方、ハジメが合流したベテラン組は…


「ハジメ君…お願いだから言う事聞いて…」

福田団長が優しく言ったが、


「嫌だ!ボクこれがいい!!」

ハジメ機の武器をビルドしようとしていたのだが、ハジメのブリスターバッグの画面に映っているのは、ユニバレス仕様の一般的なアンブレラ・ウェポンではなく、ガトリング型。おまけに画面にはマテリアル不足、出力不足、腕部懸架重量超過等、様々なワーニングが出ていて、ビルド出来ずにいた。なのにハジメは頑としてガトリングガンにこだわっている。


廃墟でこれを持っていたアユム機に助けられた事もあり、ガトリングガンに強い憧れがあるのだろう。だが…


「今の機体のレアリティじゃ無理だよ、ハジメ君…」

アユムもなだめる様に言ったが、ハジメはぷくーっと頬を膨らませた。さっきから何で機嫌が悪いんだろう…!?これまでが優等生だった事もあり、今の態度は異質だ…


「おぢさんをあんまり困らせないでおくれよぉ…」

福田団長の言葉に、アユムが、

「待てよ…」と言った後、しばらく虚空を見つめて黙り込み、


「…出来るかもしれないぞ…」


「「え…!?」」

ハジメと福田団長は声を揃えた。


「面制圧型の後方支援機にして、移動力、機動力を犠牲にして、ジェネレータの出力を抑えてコンバータをアップグレード、腕部の懸架重量も上げて…低レアリティでもガトリングガンをギリギリ運用出来る機体…出来ると思う。」


「本当!?アユムお兄ちゃん!!」

ハジメの顔がぱぁっと明るくなった。


「ちょっと見てもらえるかな!?後方支援ビルドの第1段階だ。」


アユムはタブレットを操作し、データをハジメと団長に送る。


「…なんか、ダサい…」

「いやいや、これは機能美でしょ…」

捉え方は人それぞれらしい。


「そして…第2段階は、これ…」


アユムから再び送られたデータを見たハジメは、


「………かっこいい…」

どうやら気に入ってくれた様である。


結局、後方支援機はハジメ機を含めて3機作る事になり、銃身数を8本から4本に減らし、連射性も弾数も減らしたアンブレラ・ウェポン(ガトリング・ライト)をビルドし、装備させた。


     ※     ※     ※


夕方、パイロット達が訓練を終え、詰め所に帰って来た…


「結局、今日のうちにほぼ全員が基本動作を習得したか…」

「…ま、アレッツは感覚的な操作が多いからね…あのダイダも乗りこなしてたし…」


幸いにして今日一日、『ジョシュア王国』自警団は偵察用ドローンを飛ばしただけで、何もしてこなかった。とはいえ、このまま大人しく帰ってくれるとも思えない。エイジは『3日持ちこたえろ』と言ってたが、何をするつもりなのか…それはともかく、


「皆さん、今日は1日お疲れ様でした。お風呂が沸いてますので、女の方たちからお先にどうぞ。」


そう。自警団の詰め所には、アユムが修理したバグダッド電池によって、井戸水をポンプで組み上げて沸かす浴室が作られていた。ただし1つしか無いため、男女交代の上、数人ずつしか入れないが…


「じゃ、お先に失礼するわね。」


カオリを始めとする数人の女性パイロットが、脱衣場へ行こうとし、その後をハジメが着いて行く。


「おっとハジメ君、きみはこっちだ。」

アユムがハジメの肩を掴む。


「………!?」


何故かハジメと、女性陣に冷たい空気が走る。アユムは構わず、


「ハジメ君今年から中学生だって言ったろう!?だったらもう、女風呂に入るのはまずいだろう…」

「さっき助けてくれた礼に、一緒に背中の流しっこしようぜぇ〜」

例のチャラい新兵がケケケと笑う。アユムに肩を掴まれたハジメの身体がプルプルと震えている。


「ハジメ君!?聞いてるの!?」


アユムがハジメの肩をぐいと引き寄せるが…違和感を感じて思わず手を引っ込める。ハジメは涙目になっていて、



「バカ〜〜〜〜〜っ!!」



叫びながら、脱衣場へと走って行った。


「あ〜あ…」「最低ぇ…」「これだから男は…」


他の女性団員からも何故か軽蔑の声が上がる。



「…やっぱり気づいて無かったのね…アユム!!あたしがちゃんと取りなしとくから、後で謝んなさいよ!!」


カオリがそう叫んで、女性陣は脱衣場に入って行った。後に取り残されたのは、訳が分からないという風の男性陣。アユムがさっきハジメに感じた違和感…


「…ハジメ君の…制服のジャケットの、前の合わせ目……右胸側(・・・)が上になってた…」


その意味を理解するのに数刻を要し、


「「「え………え〜〜〜っ!?」」」


今度は男どもの叫びがこだました。


     ※     ※     ※


脱衣場の中…


左手でジャケットのジッパーを降ろすハジメ。ジャケットは右胸側が上になっている。


ジャケットを脱衣籠に入れ、シャツを脱ぐと、下から現れたのは、わずかな膨らみに押し上げられたスポーツブラ。


「………ばか…」


小鳥遊初芽(はじめ)は呟いた。

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