16-3 ユニバレス建国
翌日…
旧宇都宮近郊には、ある動画がライブ配信された。
『…宇都宮近郊の皆様、ご覧いただけますでしょうか!?』
女性のナレーションの中、画面にはテーブルに向かい合って座る2人の男性が映されており、2人は書類にサインをして交換している。
『…「ユニヴァース村」と「パレス村」は、これまでの争いと蟠りを乗り越え、宮部村長を国王とする、1つの国として再出発を迎えました。』
昨夜、『ジョシュア王国』の駐屯地を脱走したアユム達と宮部村長は、『ユニヴァース村』にたどり着くと、皆でこれからの事を話し合い、そして、侵攻してきた『ジョシュア王国』に対抗するために、自分達も国の体を取る事になったのだ。
今、配信されているのは、『ユニヴァース村』に仮設された国王官邸で行われている、『ユニヴァース村』と『パレス村』、双方の代表による建国に関する文書の調印だ。
(カオリさん、もう少し流暢に喋れないんですか!?)
(うるさいわね!!大勢の人が観てる配信で喋るなんてしたこと無いわよ!!)
因みに撮影しているのはアユム(機材は自身のスマートフォン)、拙いナレーションはカオリのものだ。
(インターハイとかに出たんでしょう!?)
(試合とアナウンスは違うわよ!!それよりあんた!!あたしの顔を映したら承知しないわよ!!)
彼女の額には大きな絆創膏が貼られている。傷痕は残らなそうだが、あれからカオリは、妙に気が立ってる様だ。
画面の中で文書の交換が行われ、今、握手が交わされる。
※ ※ ※
当然、この動画は『ジョシュア王国』自警団の駐屯地でも受信されていた。
「…こんな事に、意味があるのか!?」
北条王は憮然とし、舞鶴アカネを始めとする自警団員達も無表情で動画を見ていた。
動画の中で宮部氏が、
『本来ならここで私の就任演説となるのですが、その前に行わねばならぬ事があります。』
続いて女性アナウンサーの声が、
『会場移動のため、5分間配信を休止致します。』
※ ※ ※
5分後、再開された動画に映されていたのは、官邸の別室に設けられた祭壇に、花を手向ける宮部氏の姿。
建国後初の行事は、宇田川村長の国葬。
晩節を汚した、問題のある人物だったが、SWD後の混乱の中、皆を導いた貢献者に変わりは無い。宇田川氏の棺の左右には、2つの棺が並べられていた。あのステルスホワイトドワーフに撃墜された自警団員の遺体だ。彼等も建国の士という事にされた。
『皆様、どうかご起立の上、1分間の黙祷をお願い致します。』
カオリのアナウンスがそう告げた。
※ ※ ※
同時刻、『ジョシュア王国』駐屯地…
「…とんだ茶番だ…」
北条王はあくまで辛辣だったが、
「全員ーー起立!!」
アカネの号令とともに、自警団員全員がその場に起立した。
『黙祷』
動画内のカオリの声に続いて、アカネも、
「黙祷!!」
ジョシュアの兵達は、祈りを捧げた。敵であるはずの男の死に対して…
※ ※ ※
『黙祷』
カオリのその声に合わせて、『ユニヴァース村』『パレス村』双方の村民が、目を閉じ、頭を下げた。
1分間の静寂の後、画面に映ったのは宮部氏だった。
「今、ここに、『ユニヴァースおよびパレス連合王国』の建国を宣言します。」
…長い…
「…略称は、『ユニバレス連合』とします。」
…そっちの方が浸透しそう。
「領土は、旧栃木県全土とします。ここは、何人にも冒されざる、私達の大地です。」
※ ※ ※
同時刻、『ジョシュア王国』駐屯地…
「だから我々は出て行けと!?ふざけるな!!昨日今日出来た国なんか、認められるか!!
大体なんだあの国名は!?『宇宙の宮』で『ユニヴァースパレス』だと!?」
口角泡を飛ばす北条王。
「…我々も『上州』で『ジョシュア』ですが…」
画面の中では宮部国王の演説が続いている。『…国民は、国土に住まう全ての人、主権者は全国民、国王である私は、国民の代表という位置付けです…』
「舞鶴君、今すぐあいつらの馬鹿騒ぎを止めて来い!!」
しかしアカネは首を横に振り、
「ここは様子を見ましょう。」
「…国王である私の命令が聞けんと言うのか!?」
北条王は声を荒げるが、アカネは更に大きな声で、
「なら陛下御自らが、自警団の精鋭達にご命令されるがよろしかろう。皆喜んで、あなたの命令に従うでしょうな。
自警団新兵教練プログラムに、半日で音を上げたあなた様のご命令を!!」
「ぐ………っ!!」
北条王は何も言えなくなり、アカネは「失礼します」と言い残してその場を去って行く。北条王はアカネの背中に、「忘れるなよ!!貴様が昨夜取り逃がしたから、こんな事になったんだぞ!!」と罵声を浴びせた。同時に動画の中の就任演説も終わった様だ。
※ ※ ※
「これはこれは舞鶴自警団団長殿。また陛下のご機嫌を損ねたのですかぁ!?」
駐屯地を歩くアカネに、ねちっこそうな男が話しかけてきた。野盗あがりの自警団中隊長だ。
「やはり女の身空で一軍の長は荷が重いのでは!?さっさと辞任なさって家庭に入られた方がよろしいのでは…!?」
「…行き過ぎたポリコレもいかがなものかと思うが、このご時世に貴公の様な輩がよくまだ生きてたな…」
無表情のアカネも、さすがに苦々しげに言った。
「そういえば団長殿は、今回の遠征には反対でいらしたな…いけませんなぁ、組織人たるもの、組織の方針には従わないと…」
「…前にも申したが、国王陛下に妙な事を吹き込まんで頂きたい…」
「私は何も間違った事を言っておりませぇん!!
SWDで旧体制は崩壊したんだ。『民に秩序と安定を』とは、いつもあなたが仰ってた事でしたなぁ。隣県の民にもくれてやりましょうよ。我々の秩序と安定を!!」
どこまで大きく出来るか楽しみだぁ…ほくそ笑む中隊長に、アカネは「つき合っておれん」と、その場を立ち去った。
※ ※ ※
『ユニヴァース村』、国王官邸…
動画配信が終了し、つい先程就任演説を終え、『ユニヴァース村』を併合して『ユニバレス連合王国』初代国王に就任した宮部国王は、「はぁ〜〜〜〜〜…」と、深いため息をつき、
「併合、なんて、したくなかったぁぁぁ〜〜〜…」
「「「えええ〜〜〜っ!?」」」
…非公式にではあるが、辞意を表明した…
「私ゃね、本音を言うと、宇田川さんとこに併合されてもいいと思ってたんだ…実際村の人口も規模も2:3で向こうの方が大きかったし、自警団の維持も馬鹿にならなかったし…あの人達が攻めてきたから、仕方なく村を守るために抵抗してただけで…村の経営を宇田川さんに任せて、私は女房子供を養って行けるだけの土地を耕せれば…はぁー…今更私が『ユニヴァース村』の村民の前に、『私が皆さんの王様でござい』と言って出ていった所で、みんな私の言う事なんか聞いてくれないに決まってる…」
「は…はぁ…」「おまけに、隣県が侵攻して来てますしね…」
呆然となるアユムとカオリ…宮部国王は、
「宇田川さーーーん!!あんたなんで死んじまったんだよーーーーー!!」
と、叫んだ。
※ ※ ※
同時刻、国王官邸前…
「なんで死んじまったんだよーーー!! よーーー!! よーーー!!」
宮部国王の叫びを、前を通りかかった多くの村民達が聞いた。
「おお…宮部さんが俺たちの村長の死を悼んでおられる…」
「きっと慈しみ深い、良い王様なのね…」
※ ※ ※
同時刻、国王官邸内…
肩を落とし、再びはぁーーー…と、ため息をついた宮部国王は、
「じゃ、行ってくる…」
執務室を後にしようとする。
「どこへ行かれるんですか!?」
「…みんなの前で、『あなた達の王様でござい』と言って、彼らの話を聞いてくる…だから君達は、自警団の方を頼む…」
バタン…ドアが閉まり、宮部国王、退出…
「自警団、か…」
アユムは天井を仰ぐ。
2つの村の自警団はそれぞれ半数ずつの人員が除隊した。その中には旧『ユニヴァース村』自警団団長さえ含まれている。彼らは今、畑仕事や村の雑用を、周囲から白い目を向けられながらこなしている。戦いから逃げた上に、長い間村民を騙して甘い汁を吸ってたのだ。今の立場も針のむしろだが、軽蔑の視線は命まで取らないから、ロボットのコクピットよりはましだと言うから大概だ…
「…で、あなたは残ったんですね…」
アユムはさっきの建国調印に、『ユニヴァース村』代表として出席していた人物…『ユニヴァース村』自警団元副長に言った。
「まあね…こういう状況だ。経験者は1人でもいた方がいいでしょう…」
相変わらず飄々として心中の分からない人だ…ちなみに副長は『福田』という、取ってつけたような苗字があるらしい…
『ジョシュア王国』によってアユム達と宮部氏が連行された後、2つの村の自警団の残党をまとめ上げ、アレッツのパーティクルキャノンを作り直して『ジョシュア王国』自警団の侵攻を現在の駐屯地近辺までで食い止めたのが副長だ。その功績もあって、村長がいなくなった『ユニヴァース村』の人々も、彼を調印の際の村の代表と認めた。
「私だってね、『変なことしてるなぁ』と思ってたのよ。まぁ、言い出す勇気が無かったのは事実だけど…」
副長…今や『ユニバレス連合』自警団団長となった福田氏は言った。
「今の団員は私を含めても総員20名…そのうち『ユニヴァース村』の自警団時代からの同僚は1/4。残りは民間からの志願兵と、『パレス村』の人達だ…彼らは私の部下であると同時に、監視者だ…今後彼らが私達に国を守る資格がないと判断したら、私達は今度こそアレッツのコクピットから引きずり降ろされるだろうね…」
ほぼ唯一ありがたかったのは、この難局に元団員の半分が自警団として残ってくれた事と、民間から新たに志願してくれた人が10人近くいた事だ。志願兵の出現は、自警団の真の姿を知り、国を自分達で守らなければという思いが芽生えたためでもあった。福田氏もそんな中に団長に就任したからには、それなりの覚悟があると言うことか…
「君達の方こそ良かったの!?」
福田隊長に尋ねられ、アユムとカオリも、
「え!?ええ…」「まあ、行きがかり上ですけど…」
アユムとカオリは、『ユニバレス連合』自警団の、臨時軍事顧問となった。この国の自警団は、半分が完全な素人、残る半分も長らく模擬戦しかして来なかったため、機体のマテリアルも本人の実戦経験も枯渇している。一刻も早く新兵を一人前にし、ベテランのマテリアルを稼がなければならなかったが、戦闘経験の豊富な人材が、流れ者の2人しかいなかった。彼等が旅の途中なのもあり、『ジョシュア王国』の問題が解決するまでの臨時という事になった。
アユムとしても、万一『ジョシュア王国』が『ユニバレス連合』を落としたら、次に狙われるのはレオ達がいる郡山、その先はユウタ達のいる仙台である。だからこの国には、何としてでも踏みとどまってもらわねばならない。それに、ついこの間まで2つに分かれて争っていたこの国なら、戦力を付けても東北に野心を抱く余裕は無いだろう。
ともあれ、アユムとカオリは、先程顔合わせした19人…団長も合わせて20人の素人集団を、一刻も早くパイロットに鍛えなければならなくなった。敵に攻め込まれている今となっては完全に泥縄だが、今からでもやるしか無いのだ。
「あとは…」
アユムは眉をひそめ、
「ハジメちゃんね…」
カオリも声を潜めた。福田隊長も、
「あればっかりは私も、どうするのが一番いいのか分からないよ…」
小鳥遊ハジメ…SWDチルドレン問題は、『何もやらない事』が最悪とすれば、この解決策は『最悪ではない』に過ぎない。児童福祉システムが崩壊し、誰もが孤児の面倒を見る余裕なんか無い状況なのだ。そしてハジメ自身が選んだこれが、最も現実的な解決策である事も間違い無い…
「じゃ、私達も行きますか…」
「はい…」
福田隊長と、アユム、カオリは、国王官邸を出る。
自警団の詰め所は、これまでと組織が一新され、人員も増えた事もあり、村外れの大きめの建物に移動した。そこには、自警団の制服とされたそろいのジャケットを着た、19人の男女が整列していた。アユム達がそこに入ると、全員が一斉に起立する。
「一同ーーー、敬礼!!」
福田隊長の掛け声とともに、団員達が一斉に敬礼する。その先頭には、
制服のジャケットを着て敬礼する、小鳥遊ハジメの幼い顔があった。
第16話 ロワゾーブルー
分かっていた事だった。
親に先立たれた、誰からも愛されない小隹が、土に還らずに済むには、鷹になるしか無い。




