16-2 侵略者の野心
「我が国に、臣従したまえ。」
突然現れた上州の国王を自称する北条ヒデヨシなる人物にそう言われ、『パレス村』の宮部村長は、
「何でそんな事言われにゃならんのですか!?」
と、声を張り上げた。北条王はずい、と顔を近づけ、
「私にゃあんた等が断る理由が分からんのだがなぁ…前々から調べてたんだよ。2つの村に分かれて不毛な戦争を続け、自分等を守ってくれてると信じてた自警団にずっと裏切られてて、今度『ホワイトドワーフ』や『六本腕の天使』が来たら、民を守りきれるのかねぇ!?しかも、一方の村の指導者はおっ死んじまった…自治が出来て無いじゃないか!!」
「…き、極めて遺憾に思う…」
「その間に我々は、いくつもの村々を統合して、私を王とする国を作った。閣僚も自警団も作って、日本の物にほぼ準じた憲法や諸法も制定して、近々貨幣も発行しようとしている。」
「…それはうらやましい限りです、はい…」
「…我々の支配下におさまったら、君らもその恩恵にあずかれるのだぞ。『ユニヴァース村』も『パレス村』も平等に統治してやろう。『ホワイトドワーフ』も怪しげなロボットも、我が精鋭部隊が常駐して撃退してやろうと言ってるんだ!!」
「それとこれとは話が…」
「私は民の声に耳を傾ける王だぞ。此度の親征も、『国防に注力すべき』という、そこの舞鶴君の進言から、私が各方面と調整して実現したのだ。実は先の『我が国は東西南北を様々な土地に面して云々』も、舞鶴君の受け売りだ。」
「ひどい!じゃあオバサンがここを攻めようって言ったの!?」
ハジメが叫んだが、舞鶴アカネは無表情で受け流した。
「ちょっと、ハジメ君!」
思わずアユムが止めに入る。それを見て北条王がまたもやニヤリと笑い
「君が『スーパーノヴァ』の渡会アユム君だね!?動画見たよ、すごいねぇ。北海道からずっと旅してるんだって!?しかも修理屋をして、各地のバグダッド電池や、インターネット回線を直してたんだって!?まさに『みちのくのジョニー・アップルシード』だね。」
「誰!?ジョニーアップル何とかって!?」
「西部開拓期のアメリカ各地にリンゴの種を植えて回った人です。僕、本当に色んな呼び名が付けられてるなぁ…」
「どうかね!?君の冒険譚を聞かせてくれないか!?」
嫌な、予感がした。
「ぼ…僕は人に話をするのが苦手で…」
「それでもいいから…」
「僕の話なんてつまんないですよ…」
「構わないから、北海道や東北がどうなってるか教えて欲しいな…」
やっぱり…
「…僕が知ってるのは点と線ですよ!?何日かずつ過ごしただけで、全て知ってる訳じゃ…」
「いいからしゃべれと言ってるんだ!!」
「白河以北をあなたの好きにさせないと言ってるんです!!」
やっぱり…この人、北関東の次は東北へ侵攻する気だ!!
2人して激高した後、宮部村長が静かに言った。
「話にならないな…失礼させてもらおう。」
テントを出て行こうとする宮部村長だったが、入口に待機していた男達に銃を突き付けられる。北条王が再びニヤリと笑う。
「私は気が長いんだ…気が変わって臣従する気になるまで、好きなだけここにいていいんだよ。」
※ ※ ※
アユム達4人は、駐留地付近の廃屋に閉じ込められた。窓一つなく、唯一の出口には『ジョシュア王国』自警団員が番をしている。外はいつの間にか、夜になっていた。
「ロボット兵器が手に入ったら攻めて来るなんて…この県とあの県って、そんなに仲悪かったんですか!?」
「そんな訳無いだろう!!お隣同士だから意識し合う事はあるが、マスコミが面白おかしく煽ってただけだ!!」
「…そのマスコミの煽りを真に受ける様な人が、王様になっちゃったのね…」
アユム、宮部村長、カオリは頭を抱えた。
※ ※ ※
連行されて行ったアユム達を見送ったヒデヨシは、
「懐柔可能なら味方に、だめなら排除…あのガキは、『排除』だったな…」
アカネはアユムから取り上げたブリスターバックを手に、
「私はあの技の解析に入ります。」
※ ※ ※
同時刻、囚われてた4人は…
「思い出した。『北条ヒデヨシ』!!群馬のどこかの市議会議員の、万年泡沫候補にそんなのがいた!!」
因みに『北条ヒデヨシ』は、立候補の際の通名で、本名は別にある。小田原城の城主の姓と、攻め込んだ側の名前を組み合わせる辺り、既にまともな人物では無さそうだ。
「…そんな人が、何で王様になったんですか…!?」
「…ああいう人ぐらいしか残ってなかったんだろうな…」
「SWDによる人的損害って、思った以上に甚大なのね…」
「それにしても…大の大人が国を作ったなんて…子供じゃあるまいし…」
「確かに物笑いの種だろう。1年前なら、ね。だが現に、日本全体を統治する政府は、とうに無くなっているのだ。私達の2つの村も、どちらかに統合されたら、行き着く先は国の設立だろうなと、漠然と考えていたよ。」
アユムは何も言えなかった。彼がこれまで旅して見てきた無秩序、無政府は北海道や東北だからで、関東まで南下すれば、政府の秩序が残っているものだと思っていた。いや、そう思いたかった。
既得権益が滅び、どこが誰の物か分からなくなったこの世界に、とりあえず『ここは俺の物だ』と宣言出来る人間が必要だったと言うことか…まあ、あの男に王たる資格があるのかはともかく…
「アユムお兄ちゃん…」
それまで辺りをキョロキョロ見回してたハジメが、他の3人に何やら言う。その時…
「…お前は向こうで待機してろ…」
表から声がして、入って来たのは舞鶴アカネとか言う女自警団長だ。
「…釈放ですか!?」
アユムは言ったが、アカネはアユムのブリスターバックを乱暴に差し出し、
「こいつのロックを解除しろ!!起動すら出来ん!!」
アユムはアカネの目を見据え、
「知りませんよ…」
「貴様ぁ!!」
アカネがアユムの胸ぐらを掴む。
「ぐっ…あ、あなたすごい人なんでしょう!?あんな大軍団を率いて、アレッツも強くて、『六本腕の天使』を撃退して…そんな人がなんで、あんな人の言いなりになってるんですか!?」
アカネは表情を変えずにアユムの胸ぐらを掴む右手の力を強め、
「…お前、選挙の日に投票所に行った事は!?」
「くっ…まだ選挙権無いですよ…」
「…まあいい。お前も1年前のSWDとその後の混乱は体験しただろう!?あんな思いはたくさんだよな!?我々には秩序と安定が…依って立つ誰かが必要なのだ!!」
「それが…あんな人ですか!?」
「…選ばねばならんのだ、大人は!!」
「ちょっとオバサン…いい加減アユムから手を離しなさいよ…」
いつの間にか2人の横にまわっていたカオリが、アカネの右手を掴む。アカネはカオリをギロリと睨み、
「仙台八女の相川カオリか…インターハイの格闘系部門を総なめした、伝説の助っ人…」
「…あたしの事、知ってるの!?」
「昔の仕事柄、注目してた、よ!!」ガンっ!!アカネはアユムを掴んでいた手を離すと、カオリ目掛けて頭突き!!
「ぐわあぁぁっ!!」「カオリさん!!」
思わずたじろぐカオリ。アカネが背を向けている唯一の入り口から入る外灯りで見たカオリは、額から血を流していた。
「立てよ、ひよっこ!!」
アカネがへたりこむカオリに迫る。アユムが間に割って入り、
「カオリさんに手出しするな!!」
「アユム!どきなさい!!」
額を押さえたまま叫ぶカオリ。
「相川カオリ…お前はその子の、何だ!?」
アカネが言った。
「保護者か!?守ってやってるつもりか!?だが放っておいても、男は女より大きく、強くなるぞ!!もう一度聞く。お前はそいつの何だ!?まあ、その頼り無いナイトには似合いか…」
その時…
暗がりから小さな影が飛び出すと、アカネの左手…ブリスターバッグを持ってた手に、がぶり!と、噛みつく。
「ぐわぁっ!!」
噛みついたのはハジメだった。思わずブリスターバッグを落とすアカネ。すかさずハジメが拾い、
「アユムお兄ちゃん!!」アユムに投げ渡す。
「このガキぁ!!」
ハジメに殴りかかろうとするアカネだったが、
「今です!カオリさん!!」
アユムが叫ぶと、
「うぉぉぉぉぉっ!!」ガ ン!!
額から血を流したままのカオリが奥の壁を殴り、
壁はガラガラと音を立てて崩れ、大きな穴が開く。
「何っ!?」
アカネは何が起きたか分からなかった。その隙にアカネから逃れるハジメ。
ここはハジメが以前使ってた寝ぐらの一つ。奥の壁が崩れていて、見た目でそれと分からないくらいにハジメがきれいに組み直したもの。それがさっき、ハジメがアユムに伝えた事だった。
「ブリスターバッグ、オープン!!」
崩れた壁から外に逃れたアユムが、アレッツを呼び出し、カオリとともにコクピットに入る。両腕でハジメと、宮部村長を両側に抱え、「宮部さんはなるべく空を見ないように」と注意すると、
腰の飛行ユニットを展開させて、アユム機は空へと逃れた。
「舞鶴団長!!」「くそっ!!捕虜が逃げたぞ!!」
朱色のアレッツがアユム機にパーティクルキャノンを向けるが、
「よせ!!村長に当たる!!」
ハジメに噛まれた左手を押さえたアカネが制した。
※ ※ ※
旧宇都宮市街地廃墟の上空を飛ぶ瑠璃色のアレッツのコクピットで、アユムは思った。
(『ジョシュア王国』自警団、その団長の舞鶴アカネ…あの人達、夜中でも平気で外を歩いてた…あの人達もスターゲイザーなのか…)
一方、リアシートのカオリは、
『お前はその子の何だ!?放っておいても、男は女より強くなるぞ!!』
並の男より強そうなアカネから放たれたその言葉が、今だ胸中にこだましていた。




