2ー4 じいちゃんが教えてくれたこと
夢を、見ていた…
北海道のとある街、僕が産まれ育った街、僕に優しくなかった街…
「…お!?」
目の前の老人がこっちを振り向いた。どんなに強く洗ってももう落ちない油汚れが、あちこちに着いているツナギを着た、白髪のしわだらけの老人…
「どうしたアユム…また同級生にいじめられたか…」
小学生の僕はひく、ひく…と泣きじゃくっていた…
目の前のツナギ姿の男性は、ゴツゴツしたしわだらけタコだらけの手で、僕の頭をなでてくれた。
僕のじいちゃん…
ここはじいちゃんが一人でやってる町工場。周りには使い方もわからない機器が所狭しと並んでいる。
「…僕がロボットアニメの話をしたら…『ガキっぽい』『あんなの好きなの分からない』って………」ひく、ひく…
「ふむ…歴史は繰り返す、か…」
じいちゃんは顎に手を当てて言った。ワシがこの子と同じくらいの頃、世界で最初のリアルロボットアニメが放映され、ワシもロボットものでありながら小難しい事を言っとるのが斬新で虜となったが…ロボットものの子供っぽさと、ストーリーの難解さから、あの頃も同年代の子供からは、大人びた子供と、子供っぽい子供の両方からそっぽを向かれとった。アユムをバカにする子等の心情も同じ様な物なんじゃろう。ワシも、当時はまだ『アニメは子供が見る物』という風潮じゃった事もあり、あの頃からずっと、変わり者と小馬鹿にされて来た…
「じい…ちゃん…」
アユムは腰一つ曲がっていないじいちゃんを見上げながら言った。
「じいちゃん…ああいうロボット作ってよ…じいちゃんは頭が良くて何でも作れるんでしょ…それで、あいつらに見せてやるんだ………」
(ワシが好きなものをアユムも好きになってくれて嬉しいが…ワシと同じ業も背負わせてしもうたかのぉ…)
じいちゃんはふぅ、と、ため息をついた。そして、
「アユムや…お前の同級生はロボットをただバカにしとる様じゃが…なんで人型ロボット兵器が出来んか、そいつらは多分、説明出来んじゃろうなぁ…」
「ロボットは…じいちゃんでも作れないの…!?」
「ああ。ロボットにある程度のリアリティを考慮した、リアルロボットであっても、それが実用化される時代は千年経っても来んじゃろうな…」
「どう…して…!?」
ふむ…ここから先は小学生にはちと難しくなるが、どうした事か…
「まずは前方投影面積の広さ…つまり、兵器は的になりにくい様に前から見て小さくなる様にせんといかんのじゃが、二本足で立っとる人型ロボットは、一番大きい面積を前にさらけ出しとる、的にして下さいと言っとる様な物なんじゃ。
実際、人間の兵士でも、『匍匐前進』ちゅうて、的にならない様に這って歩いとるんじゃ。そういうロボット、お前見たいか!?」
僕はふるふると首を振った。
「おまけに2脚歩行も手持ち武器も、無限軌道や固定武器でもっと簡単に出来る事を、敢えて技術的に難しい事をしようとしとる。無駄なんじゃよ。」
大好きなじいちゃんに否定されて、僕の目がまたうるうると涙ぐんできた…
「…あー泣くでない…問題があって出来ないんじゃったら、その問題をどうにかすれば出来ると考えるんじゃ!」
「問題があったら…その問題をどうにか…」
「例えば、前方投影面積の問題じゃが、戦車は戦車同士の場合、前から見て一番面積の狭い面を見せ合っちょる。じゃが、身長20mくらいの人型ロボットにとっては、戦車は上面…一番面積の広い面をさらけ出しちょる事になる。おまけに奴らの砲は、多分ロボットに当たる角度まで上げれん。そこで、ロボットが戦車の無防備な上面を狙い撃ち、じゃ。」
「…そうか…『ぜんぽうとうえいめんせきを狭く』って言われてもピンと来なかったのは、ロボットから見た戦車は、一番広い面を見せてたから…」
「…ま、戦車がそこまでロボットを近づけさせてくれるとは思えんがの。」
「ありゃ!?」
「それから、前から見た面積の広さは、一度に敵に向けられる兵器の多さにもなる。全身に銃火器やらミサイルやら砲台やらをたくさん着けて、一斉にドドドドドっ!と…」
「おおー!」じいちゃんと一緒に見たアニメにも、そういうの出てた。
「その分、弾切れも早い上、反動でのけ反ると思うがの…」
「がくっ!!」
「さっきも言うた様に、前方投影面積が広いのが問題なんじゃ。最初から匍匐前進しとる、獣型のロボットとか、人型でも身長の小さい、4〜5mとか、6〜7mとかじゃったら何とか実用化出来るじゃろう。あ…」
話の途中でじいちゃんは何か思い出した様に話し出す。
「そう言えば…ワシが中学じゃったか高校じゃったかの頃に放送されたリアルロボットアニメなんぢゃが…その世界は大昔にものすごく科学技術が発達した時代があって、その次代に人型ロボット兵器が大量生産されとって、その世界では大昔の遺跡からロボットが発掘されて兵器として使われとるっちゅう設定じゃった。」
「あれだよね…おじいちゃんと一緒にダイジェスト版を見た…」
「うむ…あれはあれで面白かったが、それより、ロボットが兵器になっとる理由付けとして、上手い事考えとると思うたのぉ。」
「…どういう事!?」
「さっきも言うた通り、この地球人類の技術や文明がどれだけ発達しても、リアルロボットが実用化される時代は来ん。考え方を変えれば、現代の地球とは別に、完璧なリアルロボットが実用化されている世界がどこかにあって、そこからロボットがシステムごと流れて来れば、リアルロボットは実用化されるという事ぢゃ。」
僕はがっかりして、
「じゃあ結局、僕はロボットには乗れないんだね…」
「アユムや、よくお聞き…」
じいちゃんは再び、僕の頭に手を置いて言った。
「ワシのじいさん…お前のひいひいじいちゃんは戦争で死んだ。」
自分が無粋な事を言っているのを、じいちゃんは理解していた。だが、『戦争ものの物語が好き』な人間にとって、これは避けられない話だ、誰かが必ず教えておく必要がある。
「ワシもお前のお父さんも、ワシのじいさんを写真でしか知らん。だがその写真のじいさんは、いつの頃からかワシよりもずっと若くなっていた事に気づいた。
ワシのじいさんが戦争で死んだのは二十歳前後だったらしい。二十歳前後と言えば、お前にとっては大人に見えるかも知れんが、ワシやお前のお父さんは、まだ大学院に入っとったり、就職したての社会人で、どっちもひよっこの若造じゃった。
そのまだまだ若い時期に、ワシのじいさんは戦争に行って、産まれたばかりの自分の息子の顔を見る事も無く、死なねばならんかった。
毎年、盆と正月に親戚の家に墓参りに行くじゃろう。あの墓に、じいさんの遺骨は入っとらん。帰って来れんかったんじゃ…」
いつの間にか、太陽は西の空で夕日になっていた。
「ワシのばあちゃんは女手一つでワシのオヤジを育て、オヤジは父親を知らずに育った。そのせいか、『自分に父親がいたらして欲しかった事』を全部ワシにしてくれて、実際オヤジは、ワシにとって良い父親じゃったよ。
ワシ自身は生涯戦争に行く事も、知り合いが戦争に取られる事も無くこの歳まで生きて来れたが、ワシが生きてる間も世界中のあちこちで戦争は起き続けとった。世界中に輸出された日本のリアルロボットアニメを見て育った若者が、銃を取ってリアルの戦争で死んどったんじゃ。
人型ロボット兵器に乗れん事は、リアルロボットアニメがリアルにならん事は…本当はとっても幸せな事なんだぞ…」
僕はその時、じいちゃんの言葉の意味が、良く分からなかった。
「ああ、そうじゃ……人型兵器に現実味が無いと言ったが…兵器が人型である事への唯一の必然性がある。それは…」
※ ※ ※
(………夢!?)
物音にアユムは現実に引き戻される。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。陽はまだ高いというのに…
それにしても、何の音だ…!?
廃屋の窓から恐る恐る外を見ると…そこにあったのは、全長7mくらいの、巨大な人影…
「アレッツ…!!」
おまけ
じいちゃん「ワシには幼馴染の女の子がおってのぉ、じゃが、ロボットアニメに傾倒して行くワシを『子供っぽい』って言って、疎遠になって行ったんじゃ…
じゃが、お互い社会人になった時、美少年が主人公のリアルロボットアニメの新シリーズが放映されて、女オタクになっとった奴は、『ねぇ、あなた、プラモ作るの得意でしょ!?○○クンの乗ってるロボットのプラモ作ってよ。』と、ぬけぬけと言いおった。
それが元でワシらはまた親しい仲になり…それが、何年か前に死んだ連れ…お前のばあちゃんじゃ。」
アユム「ばあちゃんもばあちゃんだけど、じいちゃんもじいちゃんだね…」




