12ー3 負うた子に教えられ 浅瀬を渡る
翌日、おやっさんの工場…
「馬鹿っ!!」バンっ!!
おやっさんの手がテーブルに広げられたアユムの設計図を叩く。
「何度言ったら分かるんだ!!これじゃ強度が足りん!!」
昨夜遅くまで描き直していたアユムの設計図は、秒で没になった。
「ここと、ここと、ここ…もういっぺん直して来い!!」
アユムはおやっさんが指摘した箇所に印をつけ、「ありがとうございました。」と一礼すると、設計図を片付けて工場を去ろうとする。これから修理屋の仕事だ。ようやく1件、例の寺子屋のおじいさん先生がくれた…
「おい待て!俺も行くから待ってろ。」
後ろからおやっさんの声がかかった。
「え…!?」
「俺の技を教える代わりに、お、俺にもバグダッド電池の扱いを教えてくれるんだろう!?」
おやっさんは少し顔が赤くなっていた。
※ ※ ※
数十分後、寺子屋…
「違います。そうじゃありません!!」
「そ、そんな事言ったって…もう少しゆっくり教えてくれよ…こちとら昭和の産まれのロートルなんだ…」
「僕の祖父も、昭和の産まれでしたよ。」
アユムの技術は全部、じいちゃんから教わった物だ。それだけではない。バグダッド電池がらみの公式や定数には、「ワタライ」の名が付くものが多々ある。全部、アユムのじいちゃんが作った物だ。
「渡会のじいさんは頭が若すぎるんだ!!俺が弟子入りしてた時からそうだった!!」
工場も職員も失って飲んだくれてたおやっさんと、ふらりと村にやって来た修理屋の少年。まるで祖父と孫が自由研究の工作をしてるかの様な光景に、側を通りすがる村人たちが温かい目で見つめて行った。もっとも、教えているのは『孫』の方で、教えている内容は、当代最先端のオーバーテクノロジーだが…
「………で、何で、この式に円周率が関係してんだ…!?」
タブレットのバグダッド電池の設定操作アプリを覗き込みながら、おやっさんが訊ねた。
「地球は丸いですからね…緯度と日時から、太陽の位置や高度を計算してるんです。」
「待て!据え付け型の住宅用ならそれでもいいが、バグダッド電池ってのは、車やバイクにも積んでんだろう!?」
「車両用はGPSで緯度経度の情報が来ますが…宇宙人が人工衛星も落としていってしまいましたからね…」
「お、お前はスクーターで南下してきたんだろう!?」
「スクーターは元々街乗りで狭い範囲でしか乗らない前提ですから、そんな機能無いですからね。その都度大まかな緯度を入力し直してましたから、1日に短距離しか移動できませんでした。」
「ふーん…で、この拡張生成項ってのは!?」
「エネルギー保存の式の生成項の拡張です。」
「それじゃあ、無から有を生み出してるみたいじゃねぇか!!」
「バグダッド電池の太陽電池と風車は、バグダッド電池自体を動かすエネルギーを産み出すためのものです。」
アユムの発言は、おやっさんの言葉を暗に肯定するものだった。
「俺らは…なんて怪しげな物を使ってたんだ…!?」
そこへ…
「やあ、渡会君、おやっさんも、やってるみたいだね。」
氷山村長がやって来た。
「こんにちは、村長さん…」
手を止めたアユムが挨拶する。
「こ、これは、俺がこいつに教えてやる報酬代わりだからな!!」
おやっさんがまた赤くなる。
「さっきから私にも問い合わせが来ているよ。やっぱり君にやってもらいたいって…全く…私には農場も村長の仕事もあるのに…」
それから村長は、既に来ている仕事の依頼元をアユムに伝え、去って行った。
「明日から順に回ろう。俺がお前から教わる機会には困りそうにないな…」おやっさんは言った。しかし、アユムは別の事を考えていた。今、去って行った男の後ろ姿。
氷山村長。宇宙人の砲撃で全てを失った人たちを率い、村を作り、農場を作り、皆を導いた人…
アレッツ乗りの野盗団、『パンサーズ』のヘッド、兵藤レオ…もとい、氷山レオの、父親。
このままアユムが『パンサーズ』のアレッツをただ倒し続けて行ったら、あの人が、不幸になる…
※ ※ ※
昨夜、夕食時…
「…あんたに何もかも背負いこめる事じゃないわよ………」
カオリさんはそう言った後に、
「…だいたい、『パンサーズ』の連中が、ダイダみたいなどうしようもない悪党だったら!?アレッツを失った後、どんなひどい目にあっても自業自得じゃない!?」
「そ…れは…」野菜炒めをかき込むアユムの箸が止まり、カオリは構わず自分が作った蒸しジャガイモにムシャムシャとかぶりついた。
※ ※ ※
(………パンサーズと、この村の…兵藤レオと、村長さんの関係を知らないと、今後どうするか決めれない…)
誰か、事情を知っている人に聞かなきゃ…それには、やっぱり、このおやっさんが最適だろう…何より、レオが村長の息子である事は、この人が言い出した事だ…
夕方、おやっさんの工場…
「それじゃあ、今日はここまでにするか。おつかれ。」
そう言ってあっちを向こうとするおやっさんに、意を決したアユムは、
「あ、あの、おやっさん…」
「あん!?何だ!?」
「こないだ言ってた、村長さんとレオの関係ですけど…」
「………何の事だ!?」
おやっさんの声が不機嫌になった。
「だっておやっさんこの間…」
「あん!?あれは酔っ払いが酒に酔っての独り言だって言ったろう!?」
あの話はもうしないって言うの!?
「あんた…」おかみさんが台所からやって来て、おやっさんにコップを渡す。おやっさんがそれを受け取ると、おかみさんがそこにお酒を注ぎ、おやっさんが何の迷いもなくそれを飲み干すと…
「………ひっく!」
おやっさんの顔が真っ赤になり、目の焦点が合わなくなった。
「早っ!!」
おかみさんはニコニコ微笑んで、
「それであんた、氷山村長とレオ君がどうしたの!?」
「コタロウはあいつが小さい頃から知ってたんだぁ〜〜〜ひっく!!」
呂律が回らない口調でおやっさんが言った。コタロウというのは、氷山村長の事だろうか。おやっさんの方が村長より一回り年上っぽいが…
「俺なんかとは違ってぇ、いい大学に入ってぇ、そこで知り合った仲間とぉ、会社を作って副社長になったんだぁ!!」
ごゆっくり。一礼しておかみさんが奥へ引っ込んでいった。あのお酒には自白剤か何かが!?
「嫁を取ってぇ、子供も産まれてぇ、あいつの人生は順調だったんだぁ!!」
それにしても、会社を作ったって、SWDの前も後も、すごい人だったんだな…
「………奥さんが、難しい病気にかかって…」
え!?
「高額の入院治療費がかかって、それを捻出するために、あいつは仕事に没頭した…何日も何日も家に帰らない日が続いて、まだ小さかったレオに寂しい思いをさせて、奥さんの病状が段々悪化しても、死に際にも立ち会わずに仕事を優先して、そしたらレオがグレて家に寄り付かなくなって…」
おやっさんの声が段々泣き声になってきた。
「うちは子供がいないから、コタロウの事もレオの事も、俺の子供や孫みたいに思ってたんだよぉ〜〜〜!!どうにかしてくれよぉぉぉ〜〜〜!!」
ついにわんわん泣き出したおやっさん。おかみさんが台所から戻ってきて、おやっさんの前にまわり、拳を握って「えい!」と、おやっさんの鳩尾に正拳を叩き込む。おやっさんは「うっ!」とうなり、
「はっ………俺は一体何を…!?」…素面に戻った。
「おほほ…では、私は失礼します…」おかみさん、あなた一体何者…!?
「ちっ………聞いちまったか…」バツが悪そうなおやっさん。
「まぁ………そう言う事なんだよ………どうにかならないか!?」
※ ※ ※
アユムとカオリの宿…
「………だ、そうなんだよ…」
アユムはおやっさんに聞いた事を、自白剤入り疑惑のお酒の話を抜きにしてカオリに話した。
「ふうん…」
カオリは最後までアユムの話を聞いれくれた。
「ずっと疑問に思ってたんですよ。ただのグレた不良息子なら、何で母方の姓を名乗るのか…あくまでおやっさんの主観なんですが、少なくともレオにも情状酌量の余地はありますし、氷山村長にも至らない点はあったみたいですね…」
「あたしも、料理の手伝いをするついでに、村の人に聞いたんだけど…パンサーズの評判って、悪いわよ。長い間世話して作った食料を盗られてるんだから…」
でしょうね…
「でも…一部、気にかけてる人はいたわよ。家族とか親戚とかが、パンサーズのメンバーになってる人もいて…そういう人達が言ってたのよ。『自分たちも何かのボタンの掛け間違えで、あっち側に落ちてたかもしれない』って…」
「やっぱり、何とかした方がいいのかな…出来れば、村で何らかの面倒見てもらう方向で…」
「なら、ずっと聞きたかったんだけど…あんた、いじめられっ子だったんでしょ!?野盗って、他人に平気で暴力を振るう、あんたにとってはいじめっ子と同類なんじゃないの!?」
「………」
「村の人たちに、パンサーズを赦しましょうって言う前に、あんたに、そういう奴らを赦せるの!?」
少し、考えた上で、アユムは、
「あいつ…『生きたおもちゃ』を名乗ってた、あいつみたいに、自分をいじめた者たちへの恨みをいつまでも持ち続け、歴代のクラスメート全員を探し出して殺して回るのは、間違ってるし、やりすぎだと思う。それと、ダイダ…あれは、弱者虐待の快楽に捕らわれた、規格外の化け物だ。パンサーズもそういう奴らだと考えるのは早計だと思う。だから…
パンサーズについても、どういう人たちか、もっと知らないと…」




