12ー2 無からん無からん 故人無からん
翌日…
数体いた獣型アレッツの一体が、左後ろ脚を撃ち抜かれ、倒れる瞬間、キャン、と悲鳴を上げた様な気がした。
遥か上空には、腰から生やした翼を広げた、蒼いアレッツ。アユム機こと、『ノー・クラウド・クレセント』。最早傘というより、閉じたビーチパラソルの様な細長いアンブレラウェポンを、地上へ向けて構えている。『アンブレラウェポン(スナイパー)』。上空からの狙撃のための、スナイパーライフルである。一応、スピアとしての使い方も出来るが、そんな事したら、衝撃で照準が狂うだろうから最後の手段だが…
グルル… 地上の獣型アレッツが、威嚇するように上半身を低くし、突き出した尻から生えた尻尾の先のパーティクルキャノンを、一斉に上空へ撃ってきた。
「わわわっ!!」「か、回避っ!!」
それを交わしてアユム機が右に左に飛び回る。完全な飛行特化型でないアユム機は、一般的なパーティクルキャノンの射程外の高さまで上がれない。
「あ、アユムっ!足にだけは当てないでね!!」
「分かってます!!う、うぉぉぉぉ!!!」
左手に通常型のアンブレラウェポンをブレードモードで構え、上空からの狙撃と急降下からの斬撃を繰り返し、その日、村を襲った野盗『パンサーズ』のアレッツは全滅、乗っていた野盗たちは、ほうほうの体で村から逃げていった。
第12話 パンサーズ
※ ※ ※
物陰に隠れてアレッツを降り、ブリスターバッグにしまうと、こっそり郡山復興村へ帰り、二人にあてがわれた宿へ入ったアユムとカオリ。
「楽勝だったわね。」
「ええ…」
「すぐにご飯作るね。」
そう言うとカオリはキッチンに立つ。
「えーっと、あんた魚は…」
「構いませんよ。一昨日は本当にすみませんでしたね。」
また残したものを次の食事に出されたくない。
「あたしも昼間、村の食堂の手伝いをしたんだけど…この村、これまで訪れたどこよりも料理の盛りが多いみたいなのよね…」
「北海道や北東北より、温暖な南東北や関東の方が、農業には向いてるでしょうからね。それに、これから収穫期です。修理屋の払いも良くなるはずですよ。」
「え…!?」
「修理屋の仕事をしながら南下しましょう。この旅が終わったら、仙台に帰るにせよ、関東に残るにせよ、一冬越せるだけの食料備蓄が必要ですし。」
「あんた、そこまでちゃんと考えてたの…!?」
「まぁ、色々あってバタバタしてましたけど…」
今はまだ空元気だろうけど、アユムも何とか元気になった様だ。
何とか、2人にとっての日常が戻って来た。南へ向かって旅をして、バグダッド電池を修理して、アレッツで野盗と戦って、また南へと旅立って行く。ただ…
一昨日出てきた、黄金色のライオン型アレッツのパイロット、この村を度々襲っている野盗の頭、
「『パンサーズ』のヘッド、兵藤レオは、この村の村長の息子、か…」
「何もかも背負い込む事無いわよ、アユム。」
カオリさんがキッチンから声をかけてくれた。アユムは本来ならまだ高校生で、ただの流しの修理屋。倒した野盗の後始末まで出来るはずがない。
「…」
ピッ、ピッ…アユムはスマートフォンを操作する。
「ちょっとアユム、何かするならご飯食べてからにしてよね…」
向こうからカオリさんが抗議する。招待メール、送信…
「あ、もうインして来た。」
「何、テレビ会議!?ユウタ君とか!?」
しかし、スマートフォンから聞こえてきたのは成人男性の声。
「やあ、アユム君。」
「お久しぶりです、って言う程時間経って無いですね、最上さん。」
「やっほー!!」
向こうからシノブの声もした。
「そんな!?どうやってネットに繋げたの!?」
カオリの冷静なツッコミに構わず、二人は話し続ける。
「そちら今どこてすか!?」
エイジ隊は、アユム復活後、郡山を後にしていた。
「猪苗代湖の側を抜け、魚沼と沼田を抜けて、軽井沢に入った。」
台詞だけ聞いてたら、避暑に行った様に聞こえる。
「ところでどうかしたのかね、アユム君!?」
「最上さん、その…僕達か倒した野盗って、その後どうなるんてすか!?」
しばしの間があった後、エイジは言った。
「安心したまえ、アユム君。青森も弘前も盛岡でも、幸い現地の住民達が、更正まで面倒を見ると言ってくれた。」
「それはよかったです。では、一般論ではどうなるんですか!?アレッツ乗りの野盗が、アレッツを壊されて住民に捕まったら!?」
「ふむ…SWD以前だったら、例えば強盗殺人を犯した者はどうなっていたかな!?」
「警察に捕まって、裁判にかけられて、刑務所に入れられて…」
「だがそれらが全て機能しなくなってしまった。」
「はい…」
「六ケ所村って分かるか!?下北半島の中程の…私達はそこから八戸、十和田、青森とぐるっと回ってから弘前で君らと出会ったので、私が知っているのは、あくまでその間に私達が見聞きした事だけなのだが…どこも苦心していたよ。」
テレビ会議越しのエイジの声が一段低くなった。
「…野盗を追い出した村があったらしい。だが盗み以外で食ってく術がない奴らだから、流れ着いた先でまた盗みを犯していた。
強制労働させていた村もあった。だが元野盗は村人から白い目で見られ、いたたまれなくなって村を脱走し、また野盗に戻ったらしい。
野盗を私刑で殺した者たちもいた。だが彼らは、1年前まで普通に暮らしていた者たちだったのだ。いかに相手が悪党とは言え、殺めた罪悪感は彼らに重くのしかかり、ついに………分かるね!?」
「………っ!!」アユムもうめいた。
「今の世の中には、法も秩序も無い。誰も野盗を罰せられない、裁けない。だがそれは、言い換えれば、『誰も野盗を赦せない』という意味なんだ。」
キッチンでカオリが火を使っているはずなのに、部屋は少し冷えた気がした。
「………これで、いいかね!?」エイジが訊ねたので、
「はい…お話をして下さって、ありがとうございました。」アユムがそう答えた。
「では、失礼するよ。」
「おやすみなさい…」
ピっ!テレビ会議、終了…
これで、分かった。出会ったばかりの頃、エイジ達が、アユムがアレッツに乗るのを頑なに否定していた理由が…
「………ご飯にするわよ…」
カオリがそれだけ言って、キッチンから野菜炒めと蒸したジャガイモを持って来た。
「いただきます…」
モソモソと食べ始める二人…
「………僕がアレッツを倒す以外何もしなければ、氷山村長とレオも、そうなるのかな…」
アユムがボソっとそう言ったが、カオリは、
「…あんたに何もかも背負いこめる事じゃないわよ………」
「………」
※ ※ ※
同時刻、『エイジ隊』天幕内…
通信を切ったエイジは天を仰ぎ、
「アユム君…思い詰めていなければいいが…」
「タイチョー、お願いします…」
シノブが2台のブリスターバッグを持って来た。殉職した米沢と、寒河江の唯一の遺品だ。
「シノブ君…本当に、いいんだね!?」
「前も言ったっショー!?今時女性パイロットなんてフツーっスよ!!」
「…分かった。正直戦力が増えるのは助かる。」
エイジ機のブリスターバッグと、米沢機、寒河江機のバッグをケーブルで接続する。まずは米沢機。
ピっ… ピっ…
>Rebuild OK? vYES/ No
”YES"を選択するシノブ。アレッツは一部のマテリアルを残してUCまでビルドが巻き戻される。
次に寒河江機のバッグを操作する。
>Initialize OK? vYES/ No
「イエス…」寒河江機はプロトアレッツに戻った。次はエイジ機のバッグだ。
>Transfer surplus materials? B->A vYes/ no(寒河江機から米沢機へ余剰マテリアルを譲渡しますか?)
「…イエス。」ピっ…
アレッツのマテリアルは、限られたリソースを、マシンを有効活用する者に優先して割り当てる宇宙人のシステムなのだろう。だから普通、アレッツを初期化すると所有マテリアル0のプロトアレッツに戻る。だが…今回使った、リーダー権限によるチームメンバー機のマテリアル譲渡という裏技もあるらしい。
「…私の機体からも、マテリアルを少し譲渡しておいた。」
「あざっス。」
これで元米沢機だったアレッツは、一気にRまでグレードアップ出来る。あとは時間をみて、アレッツ改造サイトを参考にビルドして行こう。
「しかし…寒河江の機体をそのまま使い続けるのではだめだったのかね!?わざわざ軽量型の米沢機を、マテリアル還元譲渡までして…」
エイジは怪訝そうな声で言ったが、シノブは牛乳瓶メガネをくいと上げ、ニっ、と笑って、
「いいんスよ…こっちの方が、アーシが思ってるのに近いっスから…」




