1ー9 潮もかなひぬ 今は漕ぎ出でな
アユムが今、目の前に呼び出した『アレッツ』は、ダイダ達が乗るプロトアレッツとは、何から何までが違っていた。
まずは大きさ。アユムのアレッツは立て膝を着いた姿勢をしているが、頭の高さが既にプロトアレッツのそれに近かった。立ち上がったら一回り高くなるだろう。
そして、胴体。背面のコクピットが無く、腹部が4本のパイプで支えられているのに変わりはないが、そのパイプの間の空間に、丸みを帯びた立方体とも、角張った球とも取れるパーツが入っていた。
そして、全体のデザイン。鎧を着込んだ武者を思わせる。これと比べるとダイダ達のプロトアレッツはのっぺりとした印象がある。
カラーリングも、深い青を基調に、全体に色合いの異なる青を使い分け、所々に、白、そしてリベットともボルトとも思われる箇所にアクセントで金色が散りばめられている。まるで、そう、アユムが首から下げているお守り袋の中に入っていた、あの青い石の様に。そして…左右のカメラアイの色が違っていた。左目はグリーン、右目は、ゴールド。
「渡会ぃ…手前ぇもアレッツ乗りだったのかぁぁ…しかも俺達の後に、あの欠陥品を持って行っただとぉ…!?」
ダイダがそう漏らす中、アユムは自身のアレッツの腹部、立方体とも球とも取れるパーツに手を当てると、アユムとカオリの身体は消えて行った。
次の瞬間、2人はコクピット…そうとしか見えない所にいた。アユムはパイロットシートに座り、カオリはその後ろの空間に膝を抱えて入っていた。アユムの左右には操縦桿、足元にはペダル、その他、多数の用途すら分からないスイッチにパネル。そしてアユムの前方と上方、左右を囲む様にスクリーンがあり、外の様子を映し出している。
「あ…あんた…一体何よ、どうしたのよこれ…!?」
「見ての通りです。異星人がめちゃめちゃにした世界で、野盗がはびこる危険な世界で、何としてでも旅をし遂げるために、手に入れたんです。やつらの力を!」
言いながらアユムはパチパチとコンソールを操作する。
「アユム…じゃああんただったのね…広場のプロトアレッツを動かしたのは。夜中に広場で立ってたのはこいつだったのね…」
「あの2台を壊そうとしたんですけど…物音でカオリさんが起きてきたので、無理だなと思ってそれっきり…ごめんなさい、そのせいで野盗に逃げられてカオリさん捕まってしまって…」
「え!?う、ううん、いいのそんなの…」
「ところで狭くないですか!?これ、一人分しかシートが無いから、どこかに掴まってて。」
「え…ええ…ここ…あのアレッツのお腹の中なの!?」それにしては広すぎる。
「異空間…らしいですよ。」
「異空間!?」宇宙人の技術はデタラメね。
カタカタ…何か音がした。
「行きます!!」
アユムはぐい、と、両方の操縦桿を手前に引いた。
※ ※ ※
ギン!
グリーンと金色のカメラアイが輝き、立て膝を着いていたアユム機が立ち上がる。
「へっ…!アレッツに乗ってたって、渡会に何が出来る!!お前ぇら、やれ!!」
「「へい!!」」
手下2人のプロトアレッツがずい、と前へ出ると、アユムは操縦桿をひねりつつ、ペダルの1つを踏み込む。するとアユム機はくるりと後ろを向いて走り出した。
「逃げやがった!」「待ちやがれ!腰抜け!!」
手下のプロトアレッツが追う。
「アユム…あんた何してんのよ!?」
いきなり逃げ出したアユムに戸惑うカオリだが、とうのアユムは、
「いや…これでいい。」
どうでもいいが、さっき座ってたのが立ち上がって、今、両足で地面を走っているのだが、コクピットの自分達は全く振動を感じず、スクリーンの景色は滑る様に後ろに流れていく。プロトアレッツに乗ってた手下2人は倒れた衝撃で気絶したのに…これもコクピットが異空間なせいか。これが本物のアレッツ…あの夜攻めてきた異星人というのは、とんでもない技術力を持っているらしい。
カタ…カタカタ…
何の音だろう…
正面スクリーンの中央上に、小さなウィンドウが開き、バックミラーに写したかの様に、後ろの様子が見える。手下の2台のプロトアレッツが、アユム機を追いかけている。
アユムがぐい、とペダルを踏み込むと、アユム機の左右のふくらはぎに着いているじょうご状の物…ブースターが火を吹く。前後交互に動いていた足が揃えられ、アユム機は地面を滑走する。
「ねぇ、これどうしたの!?ダイダ達のとは全然違うみたいだけど…」
「ダイダ達のは宇宙船から出て来たままの『プロトアレッツ』、僕のはそれをグロウさせてカスタマイズして…」
「そんなのどこから…」
「インターネットにアレッツ改造のサイトを作った人がいるんですよ。そこで得た情報を基に、自分でも研究しました。もっとも、ダイダ達はそういうの何も知らなかったみたいですけど…」
「つまり…あんたがこういう風に作ったの、これ!?」
「大した事無いですよ。全パーツが汎用型の下から2番目くらいの物ばかりで…」
だとしても宇宙船から掘り出したままのダイダ機よりはるかに強そうだ。
その間にバックモニターの中の2台のプロトアレッツが段々と小さくなる…
「おっと…!」アユム機がブースターによる滑走を止め、再び両足で走り出すと、開きかけた後ろの2台との距離が再び縮まる。
(わざとゆっくり走ってるの!?でもどうして…)
不意に木々が途切れ、広場の真ん中で、アユム機は2台のプロトアレッツに向き直り、そして…右手で天を指す。これまで木々が邪魔をして見えなかった、満天の星空を!
「ほぉら見てごらん…今夜は星がきれいだよ…」
アユムとカオリは「スターゲイザー」…誰もがSWDの後遺症を引きずる中、珍しい星空へのトラウマを持たない者達である。だが、ダイダ達は違った。
「あ…あが…」
思わず2台のプロトアレッツの足が停まる。
「あの南の空のS字型、さそり座の上にある将棋の駒みたいなのがへびつかい座、その頭になるのが『ラス・アルハゲ』。それと向かい合う形のH型が逆さ吊りのヘラクレス座の『ラス・アルゲティ』。並べて『ハゲとケチ』。君達の事じゃないの!?まぁ、君達の親分は、こういうの最初っからバカにしてたけどねぇ…」
「アユム…あんた、煽りすぎ。」
2人の野盗には向かい合うラス・アルハゲとラス・アルゲティが…自分達に向かって落ちて来る幻覚が見えた。まるで…あの夜の様に…
「星が…降ってくる…」
スターフォビア…あの夜の悪夢を思い出し、前後不覚になる手下達。うち1人は膝から崩れ落ち、アユム機はコクピットに座っていた男を指でつまみ上げる。もう1人は…アクセルペダルを踏み込んだまま放心状態になり、ドンゲンドンゲンと大木へと突っ込んで行く。
「あ…ヤバい!」
アユム機は左手を伸ばし、手の甲から「ワイヤーガン」を射出する。ラブホテルの壁を登る時にも使った装備だ。ワイヤーガンの先端は暴走するプロトアレッツの背中にくっつき、前へ進もうとする下半身とワイヤーで固定された上半身で仰向けに転倒する。コクピットの野盗はまたも気絶したが、大木に衝突して重傷を負うよりはましだろう。
「…だから言ったんだ。『お願いだからやめてくれ』って…難しいんだよ。プロトアレッツを、パイロット殺さずに無力化するのって…」
カタカタカタカタ…
とにかくこれで2台。
「渡会ぃぃぃぃぃぃ〜〜〜〜〜」
地の底からゴロゴロ転がる様な巻き舌が聞こえる。ダイダのプロトアレッツが再び現れた。いや、全高が一回り大きくなり、背部のコクピットが無い代わりに腹部に立方体をはめたこれは…
「『アレッツ』!?ダイダ…僕のを見て、この短時間でプロトアレッツをグロウさせたか…」
「礼を言うぜぇぇ〜俺に新しいおもちゃをくれてよぉぉ〜お返しにぶっ殺してやるるるるるぅ〜〜〜…」
新しく出来た腹のコクピットの中でフシュー、フシューと怪物の様な息を漏らすダイダ。
「おまけに新しいいじめの道具を手に入れた興奮と、僕への怒りで、スターフォビアを一時的に克服したか…どこまでも度し難い奴…」
冷静に分析するアユム。カタカタ…カタカタ…
「さぁ、いじめてやるるぅ、武器はぁ…これかぁぁ〜〜〜!?」
言いながらダイダ機は右拳を突き出すと、手の甲、指の骨と骨の間に当たる箇所に3門の銃口が開いており、そこから無数の銃弾がタタタタタっ、とアユム機へ掃射される。が…
「そいつはアレッツには効かない。」
銃弾はアユム機の装甲に弾き返され、傷一つ着けられない。ダイダ機のナックルマシンガンは、あっという間に弾切れになる。
「ぐぇぇ!?」
カチ、カチ…という情けない音を出す自身の右手を見つめるダイダ機。
「お前がバカにしたリアルロボットアニメじゃあ、銃を打てば弾切れになるのくらい当たり前だよ。そんな事も知らずにアレッツに乗ってたの!?ああごめん、プロトアレッツだっけ…」
「う…うるへぇぇぇぇぇっ!!」
拳を振り回しながらドンゲンドンゲンと駆け寄る。
ジャキっ!
アユム機は背中に装備していた武器を抜いた。つや消しの黒で塗装されたそれは、細長い三角形の短辺に、取っ手が着いた物。ただし取っ手は先端が大きな丸を描いている。これと似た物を、我々は日常使用している。
アユムはリアルロボットアニメが大好きだったが、現実の武器に関しては知識が全く無かった。そこで…「あれ」を武器のデザインに使用した。男だったら子供の頃、誰しも「あれ」を剣なり銃なりに見立てて遊んだ事があるだろう。
「ねぇアユム、これってまるで…傘!?」
「『アンブレラ・ウェポン』、ガンモード!!」
アユム機はアンブレラ・ウェポンと呼んだ武器の取っ手の端、丸くなっている部分を握り、石突きに当たる部分を走って来るダイダ機に向け…
ド ド ド ド ド ド ドっ!!
光弾を連続で射出!!
「うげっ! うぉっ!!」
光弾はダイダ機の右肩と左太ももをふっ飛ばし、片足を失ったダイダ機は転倒する。
(強い!!こ…これが本当に、あのアユムなの!?)シートの後ろのカオリは、そこにいるのが少し怖くなった。
「『アンブレラ・ウェポン』、ブレードモード!!」
アユム機はアンブレラ・ウェポンの取っ手の付け根を剣の様に握ると、片刃の剣の様に光の刃が形成される。アユム機はそのまま、倒れたダイダ機へツカツカと近づいてくる。
カタカタ…カタカタ…
「ダイダ…お前、よくも昔、僕をいじめてくれたな…」
アユムの冷静な、しかし静かな怒りに満ちた声。
カタカタ…カタカタ…
アユム機の足が倒れたダイダ機の側で止まり、アンブレラ・ウェポンの切っ先を真下、腹部のコクピットへ向けて掲げる。
コクピットの中のダイダは…自分の身に何が起きたのか、理解できずにいた。産まれて初めてだったのだ。生身でもアレッツに乗っても、誰かに倒されるのは…本能が告げていた。こいつはいじめられる相手では無いと…ダイダ機の腹に剣を突き立てようとするアユム機に、あの日、自分が盗み出して公園で燃やしたアユムのプラモデルの姿が、炎の熱でドロドロに溶けた恨めしそうな顔が重なり…
「ひ…ひぃぃっ!!」悲鳴を上げたダイダは腹のコクピットから出て、あたふたと逃げて行く。その瞬間、
「虐げられし者の恨み…思い知れっ!!」
アンブレラ・ウェポンの切っ先が、ダイダ機の腹部を貫く!
パリン!ガラスが割れる様な音がしてコクピットが粉々に砕け、ダイダ機のカメラアイから光が消える。
続いてパイロットを引きずり出した2台のプロトアレッツをガンモードの光弾で破壊すると、アユム機はゆっくりと、腰を抜かしているダイダの方へ頭を向け、
「この間、言ったよなぁ。『ロボットアニメなんてガキの趣味だ。卒業させてもらえて感謝しろ』って…確かに…
お前、あんなガキの遊びみたいなアレッツ乗り回してたら、いずれ僕なんかよりずっと強くて容赦無い奴と当たって、殺されてたぞ。そうなる前にアレッツ乗りを卒業させてもらって、ありがたいと思え!!」
ギンっ!金色と緑色の両のカメラアイを光らせる。
「ひ ぃ ぃ ぃ ぃ ぃ ぃ ぃ ぃっ!!」
ダイダと、2人の手下は、いずこともなく逃げ出した。
一部始終をパイロットシートの後ろで見ていたカオリは…
カタカタカタ…
「ん!?」
カタカタカタ…カタカタカタカタ…
ようやくその、謎の音の正体に気づいた。
カタカタカタカタ…カタカタカタカタ…
パイロットシートに腰掛けたアユムの片足が、震える音…
それからアユムは、3台のアレッツの残骸を1箇所に集めると、アンブレラ・ウェポンのブレードで切り刻んだ。
「何で僕がダイダと同じ様な事を…」アユムは最後にそう漏らし、その間も、アユムの片足はカタカタと震えたままだった。
※ ※ ※
10分後…
林の中を歩く2人。アユムが先頭に立って、カオリがその後に…
「アレッツはエネルギー消費量が大きいから…」と言って、自身のアレッツをブリスター・バッグに収納すると、あの青いアレッツはプラスチック梱包の中の完成品フィギュアの様になった。これも異星人の技術なのだろうか。
暗がりの中、アユムの背中を見つめながら、カオリは思った。この子はあんなに強いアレッツを持って、実際に戦闘慣れしている様なのに、戦闘の最中ずっと、足をカタカタ震わせていた。戦闘を恐れていた。やはりこの子は、戦いに…いや、そもそもこんな世界に長距離の旅をするなんて冒険に向いていないのだ。
なのにこの子は旅に出た。アレッツという力を手に入れ、使いこなしてまで…
林の外れまで来ると、そこにはアユムのスクーターが、全ての荷物をくくり付けて停めてあった。ここから村まですぐだ。
「ここでお別れです。」
アユムはそう言って、ヘルメットを手に取った。
「出来れば僕がアレッツ乗りだって事は、村の皆さんには内緒にしておいて下さい。今夜助かった事や、ダイダ達がいなくなった事については、理由を適当に言っておいて下さい。おばさんにも、お世話になりましたと…」
メガネを外して、ヘルメットをかぶる。
「行く…の!?」
「ええ。元からそろそろ先に行こうと思ってましたからね…」
アユムはヘルメットの中でメガネをかける。
「あの村で…暮らす事は出来ないの!?」
「無理ですよ…今でこそみんなここに居てくれって言ってくれてますが、僕がアレッツ乗りだってバレたら嫌われるに決まってる。」
「でも…」
「いいんですよ。僕、ずっといじめられてたから、人に好意を向けられるのに慣れてないんです。人に好かれるとか、人を好きになるとか、分からないんです。それに…
…あなただって、僕の事、嫌いでしょう!?」
「………っ!!」カオリの胸に、熱いものが込み上げてきた。そして…
「ね…ねぇ、アユム…あんた………何のために旅をしてるの!?」
アユムは、何も答えなかった。ただ、星灯りの中、ヘルメットの中のアユムの瞳が、微かに微笑んでいる様な気がした。
カバっ! アユムはヘルメットのゴーグルを降ろし、
スクーターにまたがると、
エンジンを入れ、走り出した…
時刻は午後8時頃、あの日、一緒に星空を見上げたのと同じくらいの時刻。
夜空にはあの時と同じ星座。アユムが向かう南の空には、特徴的なS字型のさそり座、そしてその心臓にあたる赤い一等星、アンタレス。
カオリは、アンタレスの下へと段々と遠ざかり、小さくなっていくアユムのスクーターを、その赤いテールランプが見えなくなるまで、いつまでも、いつまでも見送っていた。
※ ※ ※
(今夜はどこかで野宿になるな…)
夜道をスクーターで走るアユムは思った。
カオリやおばさんと出会った村を、東に迂回して南下する。
村の方からはほのかな灯りがもれている。アユムが直し、もたらした光だ。
あの下には、地獄を生き延び、肩を寄せ合って生きていく者たちのささやかな団らんがあるのだろう。
だが…
「僕は…一人がいい。」
人は、本当に簡単な理由で、同族であるはずの他人を殴り、蹴り、罵声を浴びせ、あざ笑う。そんな思いをずっとして来た者にとっては、他者の存在こそが苦痛なのだ。たとえ一時の触れ合いに温もりを感じたとしても…
孤独に寂しさを感じられる人間は、実は幸せなのだ。
アユムは右手に見える村の灯りに目を背け、前を向いて、星を見て走り続ける。
※ ※ ※
少年は行く、南天に輝く一等星の指す下へ。
少年は歩む、この壊れた世界を。
少年は征く。あの夜、真っ逆さまに落ちてきた、星の欠片を携えて…




