答えを出すには小さなヒントに注意を!
衝撃は大地を削り、玲央は10メートルほど吹き飛ばされていた。
「痛ったぁー。何がどうな……っ!」
身体に痛みを覚えつつ、玲央はすぐさまブルとの衝突地点へと視線を向ける。
すると、そこには先程まで居たはずのブルの姿は無く。何故か既に解体され、綺麗に整えられた肉と角が三本落ちていた。
そのあまりの様子に、暫し呆気に取られる玲央。
その後、意識を先程の場面へと戻し、恐らくこの事態を引き起こしたであろう、手元のナイフへと視線を向ける。
「もしかして、コレって」
暫くナイフをじっくりと眺め何かに気づくも、今は他にも気になる事が山ほどある。
玲央はまずは1番気になるところから片付けようと、地面に散らばる角類の方へと向かった。
「実際に見ると情緒無いよなぁ。なんか、角3本あるし」
ブルがいたであろう場所に散乱していたそれらは、モンスターを倒した後に出るドロップアイテムだった。
それはつまり、玲央がブルを倒したという事になるのだが、あれほど苦労した相手が死体も無く4つのアイテムに変化している状況に、玲央は何とも言えない味気なさを覚えた。
それに加え、
「角はいいとして、こんな肉どうしたら」
玲央はその手に2キロ程ありそうな肉のブロックを抱えて困惑する。
『Palm World Online』の設定では、拾ったアイテムは最初から装備されているアイテムバックへと自動で移動する仕組みになっており、勿論重量や大きさなどは関係なく収納できる。
しかし、玲央にそれは該当しないのか、その機能が発動していない。
こうなれば、現状の持ち物でどうにかするしかないのだが、当然生肉を運ぶ、もしくは梱包するものなど持ってはいない。
むしろこの状態では貴重な収納場所であるポケットすら角でいっぱいいっぱいである。
仕方なく重い肉を小脇に抱え、ブルを倒すために幾分か離れてしまった街へと戻ることを決めた玲央は、モンスターに見つからないようコソコソと移動する。
「う、重っ。にしてもゲーム設定に従順かと思えば、こういうところは現実に近いって、どうなってんだよ」
生肉ブロックの重さにため息をつきながら、玲央は再びこの世界が分からなくなり、道すがら頭の中で整理していく。
まず現状ゲーム通りになっていないのは、チュートリアルやスキル。プレイヤーの初期設定、メニュー画面やステータスの確認。などゲーム内システムが多い。
次に、ゲームの設定通りになっているものは、地名や世界観。登場するモンスターやNPC。
そして、先程分かった事だが、ゲーム内のアイテムだ。
「本当、見れば見るほど設定資料の通りだなー。なんか神秘的に光ってるのとか、ちょっと感動する」
そう言って玲央はポケットから先程のナイフを取り出す。
昼間は気づかなかったが、日も落ちて暗くなったことで、ナイフの鞘に彫られた花の模様が微かに輝いている事がわかる。
このナイフの名は『妖精の短剣』
プレイヤーのMPを消費する事により、遠距離攻撃を放つことのできる装備。
つまり先程の爆発は、これを意図せずゼロ距離で使用してしまった為に起きた事故だったのだ。
ゲームの設定通り発動したスキルに助けられた玲央は、ナイフを感慨深く見つめる。
しかし、そこで1つ閃く。
「んん! これを上手く使えば、俺のMPがどれくらいなのか分かるんじゃないか?」
消費者のMPを消費してスキルを使うならば、そのスキルを何回使えたかによって、自分のMPの凡その数値を測ることが出来る。
これは名案と、玲央は即座に行動に移す為、1度荷物を下ろし。正面に何も無いことを確認すると、今一度鞘からナイフを抜き放った。
「ハァッ………………………ん?」
しかし、ナイフに反応は無く。その場には空を切った音が虚しく響いただけであった。
「お、おい、ちょっと待てよ。俺のMPって………」
すぐに玲央は妖精の短剣のスキルを発動させるための消費MPを記憶から引っ張り出す。
_____消費MP2
思い出したその数値の低さに、玲央はその場に膝を着き愕然とする。
2発目を放てなかった玲央のMPは高く見積もっても、3しかないという事実が確定してしまったからだ。
『Palm World Online』の世界での魔法は基本的に、火、水、土、風、雷の5つの属性を使って、自らがその魔法の動きや威力、効果範囲などを調整する『マジッククリエイトシステム』を使い、自由に創作することが出来る。
しかし、作った魔法も、強力なものや広範囲のもの、複雑な動きを等を付けるとなると、それに比例してMP消費が多くなる。
それ故に、基本的に魔法主体の育成をしているプレイヤー以外は、属性をそのまま放つくらいの単純な魔法を使うことになるだろう。
だが、その最低限の単純な魔法でも消費MPは5。
つまり、玲央の魔法への適性は絶望的。
今後レベルが上がれば増える可能性はあるが、現状この世界にレベルという概念があるかどうかも定かではない。ましてレベルがあったとして、己のステータスが確認できない玲央には、自身のMPが上がったのかどうか等も知る術が無い。
ファンタジーに憧れを持ち、魔法を使ってみたいと思っていた玲央にその事実は重くのしかかる。
「なんか、肉がさっきより重いや」
先程よりずっしりと感じる生肉を抱え直し、重い足取りで街への道を歩き始めた玲央であった。
*********************
「えーっと、ブルの角3つにブルの肉1つ………90ピールってとこかしらね」
「え、安くない?」
街へ着いた玲央は、すぐに先程のアイテムを売りに来ていた。
「ブルなんて腐るほど居るからねぇ、これでも高めに買い取ってる方よ」
アイテムショップのカウンターに肘を着き、気だるい雰囲気ながらも、セクシーなアジア系の衣装を纏った女性が、自らの長い藍色の毛先を弄りつつ玲央へと告げる。
苦労して取ってきたものの、やはり設定通りの売値からの変動は無いようだ。
「そっかぁ、ならそれで―――」
「あら? ちょっとまって。ポケットから出てるソレ、見せてくれない?」
突然、女性が玲央のポケットからはみ出していた妖精の短剣を指差す。
現在の命綱であるこのナイフを容易に人に見せたりはしたくないが、コレが本当に妖精の短剣か疑う余地はあるので、玲央は素直に女性に見せることにした。
「あらあら、やっぱり妖精の短剣じゃない。
中々手に入らないどころか、妖精の里以外ではめったに見られない代物よ」
先程よりテンションを上げて女性が短剣を褒める。しかし、その言葉に玲央は少し疑問を覚えた。
「どうしたの? 急に難しそうな顔して。もしかしてこれ、売ってくれるのかしら?」
「あ、それは無理。それないと俺死ぬから」
「そんな情けないこと即答するんじゃないわよ。ほら、返すわ」
「ども。あの、これ滅多に見られないって言ってましたけど、今までに見たことってあります?」
「そうねー、実際に見るのは初めてよ。
まぁ、あたしみたいに商売人でも無いと、そもそもそれが妖精の短剣って事にも気づかないかもしれないけど」
「なるほど、ありがとうございます。あ、お姉さんの名前も教えて貰ってもいいですか?」
「ふふっナンパかしら? あたしはメルティ。今後ともご贔屓にね、冒険者さん」
その名を聞いて、やはり設定通りだと確認した玲央は、メルティに挨拶して店を出ると、その足で宿屋へと向かった。
既に日も暮れ、夜になった街には様々な誘惑があったが、この世界に来てから瞬く間に色々な事態へと直面した事により、心身共に疲れが限界へと達している玲央にとっては、安らかに眠れる場所が最優先であった。
アイテムショップから程近くにある、シンプルな造りの宿屋の扉を開き、すぐにカウンターへと向かう玲央。
そこにはがっしりとした体躯に髭を生やした、壮年の男がいた。
「あのぉ、泊まりたいんですけど……部屋空いてます?」
「ん? あぁ、空いてるぞ。1泊100ピールだ」
「ひ、100ピール………」
まさかの事態に口を開けたまま言葉を失う玲央。あまりの疲労感で忘れていたが、それは自らが設定した金額であった。
「どうした兄ちゃん? まさかとは思うが、持ち合わせがねぇってか?」
宿屋の男に話しかけた状態で固まる玲央に、男の鋭い目線が突き刺さる。
「…………で、出直してきます」
アイテムの売値が設定通りであった今、値段交渉の余地は無い。
宿屋の店主の迫力にも圧され、宿泊を諦めた玲央は出口へと向かう。
「おい、まてよ兄ちゃん。とりあえずいくらなら持ってんだ?」
その声に振り向くと、やれやれといった表情の男が玲央へと視線を向けていた。
「えっと、90ピールです」
「90か……まぁ仕方ねぇ。初回サービスって事にしてやるからこっち来い」
「泊めてくれるの!? え、おじさんは天使かなにかですか?」
「ヒューマンのしがない宿屋の店主だ。
それと、おじさんじゃなくてライアスだ。くだらねぇ事言ってねぇで早く90ピール出せ」
間の抜けた玲央の返事に目を細くするライアス。それを見て機嫌を損ねてはマズいと思った玲央は、すぐさまライアスに90ピールを渡す。
「部屋は2階の奥だ。朝この鍵をまたここに持ってきてくれ」
玲央は部屋の鍵を受け取ると、ライアスに礼を言って部屋へと向かった。
言われた通りの場所にある扉を開けると、質素だが休むには十分な広さの部屋があった。
玲央は心の中でもう一度ライアスへの感謝をつのらせると、部屋の隅に設置されたベッドへと倒れ込んだ。
「あぁーー生き返るぅぅ」
そのまま眠りにつこうかという所だが、玲央はベッドの誘惑を振り切り、1度立ち上がると部屋に備え付けられた椅子へと腰を落とす。
休みたいのはやまやまだが、記憶が鮮明な今のうちに、先程のアイテムショップやこの宿屋の店主達との会話により生まれた、この世界の根幹にも関わる事柄について、しっかりと考えておきたかったからだ。
まず、第1にゲームの設定に準じているものとそうでないもの。
現時点でゲームの設定に準じているものは
・街並みやアイテム、モンスター、文化レベル、言語の統一などの世界観。
・攻撃力を設定していない物での攻撃は有効にならない。
・モンスター撃破後は即ドロップアイテム化
・アイテム換金額、アイテム等の値段
ゲーム設定に準じていないものは
・チュートリアル、ステータス確認などのシステムが発動しない。
・キャラクターによっては設定していないイベントの発生。
「なんと言うか、ゲーム設定に準じて無いモノほど現実的と言うか自由身があるんだよなぁ。
ライアスだって性格とか設定通りだけど、初回キャンペーンみたいなイベントなんて設定してないし、まぁメルティさんは完全に設定通りだったけど……」
今日起きた事を1つ1つ思い返しながら思案していると、ライアス、メルティとの会話の中に違和感を覚える。
「ライアスが人物設定通りなら、あんな会話も十分ありえる、のか。
それにメルティの言ってた妖精の里。これは、妖精の短剣の『フレーバーテキスト』にしか記載して無いはず………」
『フレーバーテキスト』とは、
ゲームやトレーディングカードなどに用いられるもので、そのキャラクターやアイテムが題材とされている世界の中で、どのような存在なのかを匂わせる説明文などである。
例えば『妖精の短剣』のゲームプレイ時としての説明は前述の通りになるが、フレーバーテキストとで説明するならば
『妖精の短剣』
妖精の里で作られた短剣。
鞘には花の意匠が施され、それが光り輝く時、使用者は妖精の力を得るとされている。
この様な説明になり、基本的にゲームプレイには関係なく。装備図鑑などで見ることで、よりその作品の世界観に浸るための要素の1つでしかない。
____はずなのだが、
「妖精の里なんてエリアは実装してないのに、メルティさんはまるで妖精の里がこの世界の何処かにあるような言い方をしていた……」
玲央は先程のメルティとの会話を思い出し、違和感の正体に気づく。そして次に、ライアスのキャラ設定を思い出す。
『ライアス』
ヴリンデルクにある宿屋の店主。
元凄腕冒険者。口べただが情に厚い熱血漢。
「料金を安くしてくれたのは、情に厚いと書かれてるいるから?」
考えれば考えるほど、フレーバーテキストを前提にすれば全てが当てはまる。
石を投げてダメージが無かったのも、そもそも石というアイテムを作っていないからと考えれば説明が着く。
「―――――っ! そういう事なら」
何かの答えに行き着いたのか、玲央は突然立ち上がると、直ぐに部屋を飛び出した。
そして、カウンターにいたライアスに出てくると言い残すと、一目散に何処かへと走りだす。
「ここまでの事が本当に考えの通りなら、この場所で全ての答えが貰えるはずだ」
何か確信に近いものを得た玲央が向かったその場所には、大きな西洋風の建物があり。その屋根上には大きな“十字架”が佇んでいた。
玲央は1度大きく深呼吸をした後、ゆっくりとその建物の扉を開く。
「しゃーせー、教会へようこそー。礼拝っすか?解呪っすか?」