現状把握するには、まず冷静さを
練習のつもりなので、気楽にどうぞ♪
起きたらどこかの街だった。
突如として眼前に広がった見知らぬ光景に、これ以上ないくらいに目を丸くしながら、街と目の前を行き交う人々を眺める青年。
人々は皆、彼が着るパーカーやスラックスとは掛け離れた姿。中には鎧のようなものを着込んでいる者すらいる。
街並みも現代とは違い、機械のような物も確認できるが、文明レベルとしては一昔前の西洋風といったところだろうか。
彼の住む日本では、まず見られない景色がそこにはあった。
暫く切っていないため、目元まできている前髪をどかし、そこから出てきた伏し目がちな目で改めて観察するも状況は変わらない。
それからしばしの間街並みを見詰めていた彼は、街の大通りに面した広場の隅へと腰を下ろすと、
「……夢であれ」
そう静かに呟き、自らの頬を思いっきり抓ってみる。
「…………痛ひ」
彼の思いは儚く散った。
******************
彼、藤野玲央はゲーム会社に務める青年。
幼い頃からゲームや漫画などが大好きだった彼は、いつしか自分でゲームを作りたいと思うようになる。
それからは思い立ったらすぐにと、高校を出て専門学校に入り、卒業と共に念願のゲーム業界へと進んだ。
そして、ついに自らが先頭に立ち。理想のゲームを作り上げ、念願のリリース!
________のはずだった。
「最終チェック中に眠くなったのは覚えてる。寝てる間に異世界へ。って、そんな………」
有り得ないことだと思いつつも、目の前を横切る屈強な男が携えている大斧が、服を着て二足歩行で歩く獣が、異形の街並みが、その事実を強く訴える。
「実際に起きるとか…………」
現状を理解した玲央は、その場で頭を抱える。
目覚めた直後は目の前の状況に驚きの感情しか無く、多少冷静でいられた。
しかし、この場に来て既に時間も経ち。肌に感じる空気や感触が、これが現実である事をより明確にしていく。
20代半ばも過ぎているとはいえ、この様な事態を許容出来るはずもなく、その表情はみるみるうちに曇っていく。
この先どうすれば?そもそもここはどんな場所なのか?今日寝る所は?食べるものは?どう暮らせば?ここで一生暮らすのか?元の世界へは帰れるのか?
玲央の心が不安で埋めつくされそうになったその時、
「……ぃ………おい………っおい!大丈夫かっ!?」
いつの間にか誰かに肩を掴まれていた。
「っうわぁ!え、あ…………だ、大丈夫です!」
突然の事に驚き顔を上げると、そこには如何にも兵士という格好をした男が、訝しげな表情で玲央を見ていた。
「本当か?何度話しかけても返事がないから、何事かと思ったよ」
「す、すいません。ちょっと混乱していたもので」
「そうか。だけど、そんな目立った格好であまり突拍子もないことをするんじゃないぞ? ここが王都だったら、すぐに牢屋行きになっちまうところだ」
男はそう言って笑う。
先程まで暗い表情をしていた玲央もそれにつられ、愛想笑いを浮かべる。
「…………………っ!!」
しかし、すぐにそれどころではない事態に気づく。
___言葉が、通じてる!?
それは今の玲央にとって何よりの吉報であった。
「え、ええと…………兵士さん!」
自分の言葉が本当に通じるのか、大地は即座に目の前の男へと話しかける。
「おぉっ!なんだ坊主? 急に大きな声出して」
「あ、いや、えぇっと…………ただ呼んだだけというか………あ、と、坊主じゃありません! こう見えても成人してますよ!」
「おっと、そいつは悪かった。兄ちゃん小さいからつい」
そう謝罪しながらも、頭一つ分下にある玲央に向ける男の視線は、まるで迷子に向けるような優しさを持っているため、玲央は半目で睨む。
しかし、間違いない。
見た目は完全に外国人であるこの男が、流暢に日本語を話している。
これがたまたま日本人だと言う事は、まずないだろう。
玲央は言葉が通じる事実を喜ぶが、現状の問題は何も解決していない。
どうにかして、今唯一会話ができるこの男から、もう少し情報を引き出さなければならない。
「まぁ、何もないならいい。俺はもう行くが、あんまり怪しい行動をするんじゃないぞ、いいな?」
だが、男は既にこの場を去ろうとしていた。
この場の情報が何も無い玲央にとって、現状この男が頼りだ。
しかし、何をどう切り出して良いのかがさっぱりわからない。
ただでさえこの場では浮いた格好をしているらしい玲央。
下手にこの街の事を詳しく聞いたり、1文無しだという事を告げて怪しまれでもしたら、それこそ本当に牢屋行きになる可能性だってある。
必死に考えるも、良い案が浮かばず。その間にも、男は1歩1歩と遠ざかっていく。
何か、男から怪まれる事無く話を聞くことができる話題はないか。
そう思った時、彼の脳裏に今まで数々見てきた異世界物やゲームでの便利な言葉が浮かんだ。
「ま、待ってくれ!」
「今度は何だ? こう見えて俺も暇じゃないんだぞ?」
「いや、えぇっと、信じて欲しいんだけど。実は俺、記憶喪失なんだ!」
玲央は、今までの人生で1番の困り顔を男へと向け、必死にアピールする。
「記憶喪失ぅ? ………あぁ、パニクルの呪文でもくらったのか。
大丈夫、暫くしたら何事もなく全部思い出すだろうよ。じゃあな兄ちゃん、あんまり変な事するんじゃないぞ」
男は笑いながら玲央の肩を軽く叩くと、すぐに大通りへと消えてしまった。
「…………」
その場に再び1人となった玲央は、キョトンという顔を浮かべその場に固まる。
「……………混乱の魔法とかがある場合、コレって使えないんだ」
ガッカリと肩を落とす玲央だが、何とかしようと行動に出た結果、言語や魔法の存在などの情報は獲られた。
これは中々に大きな成果であり、不安はあるが何とかするためには行動しなければならない。という強い気持ちが玲央に芽生えた。
「悩んでても仕方ない、か。街でも見ながら歩いてみるか」
玲央はそう決心すると、人々の行き交う大通りへと向う。
「でも何だろう。何処かで聞いたことあると言うか……」
大通りへと向かう途中、玲央は先程の兵士の男とのやり取りに、既視感のようなものを感じる。
しかし、大通りへ入るとその思考は何処かへと飛んでいってしまった。
「おぉ〜っ」
何故ならそこは、幾つもの出店が並ぶ、お祭りのような賑やかさで、並ぶ品々は元々住んでいた場所では絶対にお目にかかれないないような品ばかり。
挙句の果てには、剣や槍などが剥き出しの状態で店頭に並んでいた。
元々ゲームや漫画等が大好きな玲央にとって、この圧倒的なファンタジーは、心を躍らせるに十分だった。
「おう、そこの変な格好した兄ちゃん! こいつでも食いながら買い物なんてどうよ? 安くしとくぜ!」
嬉々とした表情でそれ等を眺めていると、何処からかそんな声が飛んできた。
声の方へ振り向けば、そこには何やら果物のようなものを持った体格のいい男が玲央へと笑顔を送っていた。
「えと、俺っすか?」
「兄ちゃんに決まってんだろ? そんな服見た事ねぇよ。異国の出身か? それよりどうだ、チコバナンでも食わねぇか?」
男はその手に持ったチョコバナナのようなものを熱苦しい笑顔で玲央へとすすめてくる。
_____しかし、その瞬間。
玲央は時が止まったかのように、男が持つソレを見て動きを止めた。
「…………お、おっさん! もう1回、もう1回それの名前教えて貰ってもいいか!?」
「お、おぉ。急にとんでもねぇ顔するからビックリしたぜ。こいつはこの街の名物で、チコバナンって食いもんだが、それがどうかしたか?」
「っ! ………いや、いいんだ。ありがとう。また来るから、今日はごめんっ!」
答えを聞いた玲央は即座にその場を後にすると、大通りを抜けて何処かへと走る。
「こんな事って……っ」
多少パニックに陥りながらも、街の入口にある門の前まで迷いなく進み、門の上部に書かれたこの街の名前であろう英語のような文字を読む。
「ぶ……りんで……るく…………ヴリンデルク!」
知見など無いはずのその文字。しかし、それを見た瞬間、そう呟いた玲央は血の気の引いた顔で体を震わせ、その場に崩れ落ちた。
「やっぱり、やっぱりそうなんだ。でも、どうして………」
震える声でそう呟くと、ここに来てから起こった事、その全ての中にあった答えを導き出す。
「パニクル、チコバナン、ヴリンデルク……」
ここは、この世界は____
「____俺の作ったゲーム」
***************
『Palm World Online』
それは、玲央が初めて1から制作に加わることになったMMORPGと言われるタイプのゲーム。
念願の夢であり、その力の全てを注ごうと決めたこのゲームは、バラエティに富んだモンスターやキャラクター。
五感をも支配し、まるでそこに実在するかのように、極限まで突き詰められたリアルな描写。
そして、それ等を崩すことない高クオリティなゲーム性を実現しており、既に行われたテストに置いても高評価を得ている。
かくいう玲央は、仲間と共にそのゲームの最終調整を行っている真っ最中だったのだ。
「……」
丹精込めて作っていたゲームの世界が今、眼前に広がっている。
「平和の街ヴリンデルク。プレイヤーが最初に着く街、か。なんで気づかなかったんだろうってくらい再現度バッチリ」
あまりの事に呆気にとられながらも、玲央は自らが制作に力を入れた街のリアルな完成度に胸を震わせる。
そして、それと同時に少しの希望も見えた。
何故ならここは、自らが創造したと言っても過言ではない世界。
この世界の殆どの事が玲央の頭の中に入っている。
それならばこの状況も打破することが出来るかもしれない。希望が差し込んだ事により、玲央は決意を新たに再び街の中へと向かって行く。
「とは言ったものの………」
再び街の中心地まで戻ってきた玲央は、売られている品々に付いた値札に書かれている貨幣の単位を見て肩をすくめる。
仲間とのノリで決めてしまった貨幣単位『ピール』
朝の情報番組で、たまたま特集されていたオレンジピールという言葉にオシャレを感じ、軽い気持ちで引用したところ、まさかの採用を受けたもの。
それがこのような形で自らを苦しめるとは思ってもみなかったことだろう。
「おう、兄ちゃん! 用事はすんだのか? なら今度こそ、買っていってくれんだろうな?」
苦い顔を浮かべながら値札を見ていた玲央に、先程と同じ声がかけられる。
その声に振り向くと、先程のオヤジが笑顔でこちらを見ていた。
今にして思えばこのオヤジの顔も、同僚が必死に作っていたNPCそのものだ。
「いやぁ、悪いんだけど今持ち合わせが無くて」
「あ? 20ピールもねぇってか? 珍しい服きてるから、どっかのお坊ちゃんだと思ったんだがなぁ」
オヤジは残念という顔で大地を見ると、すぐに別の客を探し始めた。
「子供じゃねぇっつうの………でも、やっぱゲームと言えど、世の中金か。
なんだよピールって。貨幣価値が全然わかんねーよ」
人々が見知らぬ硬貨を商人へ渡すのを見ながら、自らが作った世界での、お金の儲け方を考える。
そもそもゲームの難易度は高い方が長くプレイ出来るという方針の元、街で探索すれば大金が手に入るようなイベントはほとんど設定されていない。
基本的にはクエストなどで報酬を得るか、倒した魔物の素材を売ったり、ダンジョンなどの探索で見つけたりしなければプレイヤーがお金を増やすことは出来ない。
つまり、お金を稼ごうと思ったら、どの道危険な橋を渡るしかないのだ。
「うーん。外に出て、モンスターと1戦交えるしかないか。って言っても丸腰で行ったとこでダメージが与えられ…………ん?」
意を決してモンスターとの戦いに身を投じようとした時、玲央は1つの違和感に気づき、再びその顔色を青く染める。
「チュートリアル、無いの?」
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チュートリアル。
それは、ゲームを始めるにあたって必要な知識を、プレイヤーに実際行動させてみたり、ゲーム内用語を含めて、分かりやすく且つ安全に説明してくれるシステムの事である。
勿論この『Palm World Online』にもそのシステムは導入されている___はずなのだが。
「難易度を上げたとはいえ、チュートリアルと共に多少の所持金と、選択した初期装備、そして初期スキルは与える設定にしたはず。
最序盤から布の服着て、拳でモンスターに殴り掛かるゲームがあるかよっ」
突如として襲いかかってきた理不尽に、玲央はまた軽いパニックに陥る。
それもそのはず、このゲームは最初に付与されるランダムスキルによって、自身の強さや、育成の方向性が決まると言っても過言ではないからだ。
『Palm World Online』がサービスをスタートしたら、何人のプレイヤーがここでやり直しを選択することだろう。
しかし、玲央にはそれらしい事も起こっていなければ、まずゲーム内で確認する事出来るメニュー画面すら見れていない。
こうなっては死活問題であり、モンスターを倒すなど夢のまた夢。
せめて自らのステータスを確認するためにも、メニュー画面は呼び出せなければ。そう思った玲央は、焦りからめちゃくちゃに動き始める。
「メニューオーープン!」
「いでよ!メニューーーー!!」
「Open the menu」
「黄昏よりも昏きもの、血の流れより紅きもの、時の流れに埋もれし、偉大な汝の名において、我ここに闇に誓わん、我等が前に立ち塞がりし、すべての愚かなるものに、我と汝が力もて、等しくメニューを与えんことを……」
「最近どう? メニュー開いてる??」
「メニュー!メニューラ!メニューガ!」
「リーテ・ラトバリタ・ウルス・アリアロス・バル___」
「……………なぁ兄ちゃん。俺さっき言ったよな? あんまり変なことするなって?」