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007 ひなし魔女の町

休憩前と打ってっ変わって、休憩後の二人は会話が弾んだ。

会話、というよりもザザ語のレッスンだったが。

それでも無言よりは二人の距離を近くしたし、ソラカラの気が紛れてなんとか痛む足を動かせた。


並んで歩きながら、リドーが木や花を指差し、ソラカラが真似て発音する。


そのうち身ぶり手ぶりで伝えられる範囲の動詞も加わった。

歩く、走る、止まる、食べる、飲む、寝る、座る、立つ。

基本動作がわかると、会話の幅も広がっていく。

商人と親和性が高いせいか、数字を教わった。

簡単な数式から、足すや引くの言葉も知った。




来た道を指差し、胸くらいまでのサイズ感と、キセルを吸う振りから、魔女が『まじょさま』と言う名前だとわかった。



『魔女さまとソラカラさんの関係は? お弟子さんですか? 』

リドーは、魔女に流された質問をソラカラにしてみることにした。

考えるソラカラを見て『関係』や『弟子』が分からないのだと気付き、どう伝えればいいか困った。


一方ソラカラは、魔女との関係について聞かれていると、なんとなくわかった。

しかし、なんとも言い難い関係だ。魔女の助手と言えばいいのか。友達ではないし。

複雑な説明をザザ語でするには、今の語彙力では無理な話だった。


ソラカラは、質問がわからないフリをした。




『リドーさん、きゅうけい』

通じるかな、と思いながら、目の前の丸太を指差した。


『あし、いたい。きゅうけい』

覚えたばかりのザザ語で訴える。


リドーは感心した。

少し前までまったく話せなかったソラカラが、もう自分の意思をザザ語で話している。


さすがは魔女さまのお知り合いだ、賢い方なのだろう。

少女に見えるが、魔女さまのように悠久の時を過ごされているのかもしれない。


魔女ほどではないが、ソラカラも100歳近い。

早くも商人らしい鋭い勘で、ソラカラの秘密に近づくリドーであった。




休憩という言葉を覚えてから、ソラカラは足が痛くなるたびに休憩を要求した。

本当であればもう町について、お昼を食べ終わっている時間だ。


『町までもうすぐです。着いたらお昼を食べましょう。さあ、休憩せずに行きますよ』

ソラカラは、まち、すぐ、ひる、たべる、きゅうけい、いく、を聞き取れた。

着いたらお昼が食べられるから休憩無しで行くことだと結論づける。

リドーがなるべく教えた言葉を使ったからというのもあるが、年の功か、ソラカラは察するのが上手かった。


たしかに、お腹も空いている。



『わかった、あるく、がんばる』


『その調子です』




少し幅の広いけもの道から、人の通る道に出た。

土が剥き出しだが、町から町をつなぐ公道だ。


先程までの道とは違って木の根っこを避けなくてもいいが、柔らかい草が無く、土埃が舞い上がる。




ダダッ、ダダッ、ダダッ




後ろから規則正しい音が近づいてきた。

リドーはソラカラの服をさっと掴み、道の端へ誘導する。


大きな黒い塊が、騒音と共に駆け抜けた。

土の煙幕だけが、残像のようにあたり一帯を包む。




ごほっ、ごほごほ。

ソラカラは咳き込んだ。


『急報でしょうか、随分早い馬でしたね。大丈夫ですか?』

大丈夫なわけない。土まみれだ。


リドーの言葉はわからなかったが、心配してくれているのが伝わった。

ワンピースをあちこち叩きながら、赤土を落とす。

あの塊は、なんだったんだろうか。

もうだいぶ先まで行ったようだが、目を凝らすと馬のようにも鳥のようにも見えた。




道の両脇に、色とりどりの絨毯のような畑が広がった。


その先に、木造の大門らしきものがある。

塀はなく、いくらでも門を通らずに入れそうだ。

しかし不思議と通行人は、門をきちんと通るようだった。




『さあ、着きましたよ、ひなし魔女の町です』

ついた、まじょ、まち、と聞き取り、魔女さん着きましたよ、と言われたと勘違いする。

ザザ語の習得までは、まだまだかかりそうだ。


『わたし、まじょ、ちがう。まじょさま』と行って、来た道を指す。


『ああ、そうではなくて』

リドーはソラカラの勘違いを正確に把握した。


『あなたの名前はソラカラさん、私の名前はリドー、町の名前は火無し魔女の町』

リドーはソラカラにもわかる例文で、指を差しながらやさしく教える。

ソラカラは、ようやく理解した。

どうやら『ひなしまじょ』という町名なのだ。




大門の下には大きな槍を持った人がふたり立っていた。

屈強の警備員だろう、どちらもガタイが良い。

門の真ん中には、小さなテーブルと椅子が1脚。

長いローブを着た役人が座り、一人ずつ通行人の確認をしては台帳へなにかを記入していた。


混み合っていなかったため、すぐに二人の順番が回ってきた。




『やあ、配達人殿。通行証のご提示をお願いします』

役人はリドーと顔見知りだった。


『はい、こちらを』

リドーが首にかけている紐を服の中から引っ張りだして、役人へ見せた。


『魔女さまはいかがでしたか?』

紐に付いたタグを確認し、台帳へ書き込む。


『実は魔女さまから、こちらの方をご紹介されました』

そう言って、タグを服の中へしまいながら、ソラカラの方を向く。

役人もつられて、ソラカラを見た。



『魔女さまの家に住まわれているソラカラさんです。所用で町にいらっしゃいました』


かの魔女と一緒に住むなんて、と役人は思った。

魔女の人嫌いは歌にもなっていて、子供でも知っているほど有名だったからだ。


『そうでしたか、では若く見えますがこの方も?』


『いえ、それは分かりませんが、非常に聡明な方だとお見受けしました。ザザ語をご存じなかったのに、道中少しお教えしただけで、ある程度の意思疎通ができるくらいです』


ソラカラは、門番とリドーの会話にさっぱり付いていけなかった。

ただ、リドーがソラカラの入町許可をもらおうとしていることは、わかる。




『ソラカラさんの保証人は配達人殿でよろしいですか?』


『ええ。我が家に一泊して、明日魔女さまの家へ送り届ける予定です』


ふむ、と役人は頷いた。

『もちろん、町はソラカラさんを歓迎します。魔女さまの関係者であれば、否はありません。念のため、次回から使える入町証の札を発行いたします。帰りに受け取っていただけますか? いや、受け取っていただくようにお伝えいただいても?』


『わかりました、後ほどご説明いたします』

リドーはソラカラの肩をポンと叩く。


『ソラカラさん、行きましょう』

これだけは、ソラカラにも理解できた。



門番はすっと立ち上がり、ソラカラに丁寧な挨拶をした。

警備員も続いて、槍を持っていない方の手で胸に手を置いた。


それに対して、軽くお辞儀をするソラカラ。

町に入る許可が出たようだ、とソラカラはほっとし、リドーに感謝した。




『まずは我が家へ行きましょう。お腹は空いていませんか?』


ぐう。


ちょうどお腹が鳴いた。

もうペコペコだ。



『おなか、すいた、いこう』

ソラカラは笑顔で答えた。

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