006 馴染みの商人リドー
『こいつは商人のリドー。よろしくとさ』
魔女はかなり省略して伝えた。
「ありがとうございます。やっぱりザザ語、がんばらないとですね。ソラカラと申します、とお伝えいただけますか?」
『リドー、この娘はソラカラだ。そら、薬はいつもより多く作った。ソラカラ、籠を渡しておやり』
魔女の言葉は、商人にもソラカラにも分かる。
ソラカラはぺこりとお辞儀をして籠を渡した。
『ソラカラさんは不思議な言葉を話されますね。魔女さんのお知り合いだ、普通の方ではないでしょうね』
おしゃべりをしながらも、納品された瓶を抜かりなく検品していく。
『随分と数がありますね。前回、伺った品物はこちらです。差額をお渡しするにしても、はたして足りるか……』
困ったような言葉とは裏腹に、リドーはほくほく顔だった。
少し細かいですが、と前置きしながら支払いが終わったようだ。
金色に光るコインは金貨だった。
魔女の薬は高級品なのだ。
『次に持ってくる商品はいかがいたしましょうか?』
薬草茶をリドーがグビッと飲む。
『この娘の服をいくつか見繕ってくれるかい。着替えがないんだ』
「服、嬉しいです!」
ソラカラのテンションが上がる。
『着替えがないとは不便でしょう。すぐにご用意した方がいいですね』
『それから絵本をいくつか。ザザ語を覚えさせたい』
『はい、承りました。他にはありませんか?』
『後はいつも通り食料品をまとめて持ってきておくれ。量はいつもより多めにね』
魔女はソラカラをちらっと見た。
『なるほど、ソラカラさんはしばらく滞在されるんですね。それであれば、今日この後、私と一緒に町まで来ませんか? 女性の服なら自分で選んだ方がいいでしょう』
それはいい案に思えた。
『今からだと夜になるね。ついでに宿も安心できるところを紹介してほしい』
「魔女さん、今日はお出かけですか?」
『私じゃない』
『宿は我が家にご招待しましょう。宿屋より安全です。言葉は違いますが身振り手振りでなんとかなりますよ。ザザ語を覚えるいい機会かもしれませんしね』
ソラカラはワンピースの上から、魔女から渡された皮ベルトと同じ色の皮ポーチを括りつけた。
『これが金貨。1つあれば、服が数着は買えるはずだ。こっちは大銀貨。1つあれば大抵の宿に数泊できる。リドーが泊めてくれるとは言っているが、何かあればこれで宿屋に泊まればいい。金貨と大銀貨、それぞれ2つずつ渡しておく。これは小遣いじゃなく、研究助手の前金だからね。持って帰ってこれる範囲で好きに買いな』
「わあ、ありがとうございます」
金貨と大銀貨を目の端で見てしまったリドーは、どんな高級品を買うつもりかと驚いた。
町民の月収は大銀貨1枚から2枚だ。明らかに多すぎる。
これはちゃんとした店に案内しろ、と言うことだろうか。
少し難しい顔をするリドーと打って変わって、ソラカラは嬉しそうな様子だった。
買い物の期待感では無く、買い物が好きだった感情を思い出したからだ。
『ソラカラさん、では行きましょうか』
リドーがなにか言ってから歩き出したので、出発しようとでも言ったのだろう。
いってきます、と魔女に言って、リドーを追いかけた。
二人は黙々と歩いた。
町までは、リドーの脚で約2時間。
ソラカラがいても2時間半あればつく算段だった。
「リドーさん、リドーさん」
はあはあと息を切らしながら、リドーを呼ぶ。
『なんでしょう、ソラカラさん』
振り返ると、疲れ果てた様子のソラカラがいた。
予想以上にソラカラは体力が無いようだ。
まだ半分だが、そろそろ休憩を入れるべきか、とリドーは思案する。
『少し先へ行くと、ちょうど座るのにいい大石があるんですよ。そこまで頑張りましょう』
しかし、ソラカラは何を言われたか、わからない。
リドーはその顔を見て、本当に言葉が通じないのだと実感した。
リドーは両手で地面から腰くらいまでの範囲を丸く描き、空気椅子をしてみせた。
そしてふーっとわざとらしく息を吐き、かいてもいない汗を拭うふりをする。
ものすごい笑顔で前方を指差し、親指と人差し指で「少し」を表現して、その場で足踏みを見せる。
なるほど、あとちょっとで休憩場所があるようだ。
ソラカラは、リドーの身ぶり手ぶりでなんとかそのことを知ると、少しだけ元気を取り戻した。
『ほら、あの大石で休憩しましょう』
5分もしないうちに、水の音が聞こえ出した。
底がはっきり見えるほど綺麗な川だった。
川岸は小さな石で敷き詰められていたが、腰掛けるのにちょうど良さそうな大きな石もいくつかあった。
リドーは、その1つを指差す。
『ソラカラさん、休憩しましょう。休憩ですよ。きゅ・う・け・い』
『きゅ・う・け・い?』
リドーが言ったことをそのまま発音した。
リドーが先に石に座り、水筒から水を一口飲む。
おいでおいでと手首を振り、隣の大石を指差した。
「ああ、休憩ね。さっきの『きゅうけい』は、水を飲む、座って、休もう。そんな感じかしら」
ソラカラも大石に腰掛け、魔女が持たせてくれた水を飲む。
ぷはあ。
ようやく息が整ってきた。
今度はズキズキと足裏が痛み出す。
(あとどれくらいで着くんだろう)
そう思っても、どう伝えればいいか。
ここで生きていくにはザザ語が必要だと、ソラカラは切実に思った。
『ソラカラさん』
リドーが声をかける。
名前の音は変わらないので、自分を呼ばれているのだけはわかる。
『さん』が敬称だろう。
リドーを呼ぶときにもつけてみようか、女性向けの敬称かはわからないけど、などと考える。
リドーが水筒を指差し『み・ず』と言う。
ソラカラも真似して『み・ず』と言ってみる。
嬉しそうにリドーが笑って、うんうんと頷いた。
『みず』が水なら、さっきの『きゅうけい』は座るか休むね。
ソラカラは、少しずつザザ語を覚え始めた。