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無人駅  作者: ふりまじん
7/9

アゲハ

どん、という振動と同時に私は反射的に待合室に走り出しました。


「クマだよね、くまだよね、熊………。」


パニックです。

さっきまでのおじさんとの事なんて、熊の登場でかき消えてしまいました。

私はこの駅の待合室が密室でない事を、改札を見つめながら実感しました。

確かにここは田舎です。

熊の目撃情報をつい最近、スマホで見たばかりでした。

でも、こんな昼間に熊が出没するなんて。


私はバスケット選手のように周りを見渡して、外に出る選択をしました。

一応、ホーム側には柵もありますし、何よりドアがあるのはここだけです。


ドアを閉めると私は、ホームでの出来事を思い出しました。

熊が、おじさんの喉首に噛みついたのです。

私はどうしたのでしょう?

泣いていた気がします。


おじさんを見捨てたなんて責めないでください。


私が改札を通る頃には既に、

細胞が引きちぎられる音から

肉が引きちぎられる音に変わっていたのですから。


私だって、逃げ場の無い無人駅で自分の番が来ないことを祈るしかなかったのです。


恐怖で腰が抜けた状態で私は、目を閉じて恐怖と戦いながら電車が来るのをひたすら待ちました。

電車の音がしたら、熊だって逃げるに違いありません。

もう、助かる方法はそれしか考えられません。

熊は、走るのも早ければ、木にも登れ、泳ぎもするのです。

下手に逃げても捕まってしまうでしょう。


私はドアに寄りかかり、電車が来るのを祈りました。

不思議なことに目を閉じているのに、おじさんが獣に襲われる姿が目に浮かぶのです。


さっきのアゲハ蝶が私の顔を通り過ぎ、私は思わず目を開けました。

熱風に乗って鉄くさい血の香りでむせそうになります。

顔を上げると、ホームから何かが飛んで来てはアスファルトで弾けました。

それは、ピンポンだまくらいの大きさのおじさんの肉片と、赤黒い血の塊です。


黒ユリが咲いた。

復讐の黒いユリ。


見えない何かが歌っています。

その歌を聞きながら、

私は、ガラケーの持ち主の女の子の白昼夢を見ていました。


まだ、もう少し、この沿線に人がいて、

この駅が無人駅でなかった頃、

彼女はこの駅から通学し、

あのおじさんは、同じ電車で通勤していました。

おじさんはもう少し若くて、女の子をずっと好きだったのです。


でも、おじさんは、恋人が出来た彼女を逆恨みして殺したのです。


それは、遠い昔の夏の夜。ほんの少しの気の緩みにおじさんは、つけこんだのです。


駅から村落に歩く彼女。おじさんは女の子の自由を奪いました。

林の続くその道は、日が沈んだら誰も来ません。

携帯電話は、その時に落としたのです。


おじさんは、怯える彼女に自分の思いを伝えました。

ホームで私にしたように。

草はらで、馬乗りになりながら、好きだと、裏切られたと叫びながら。


おじさんの血が、ホームに弾けて花開く度に、

女の子の血の叫びが私の心に、こだまするのです。


女の子は死にました。男に首を絞められて。

最期に彼女が掴んだのは、復讐の黒いユリ。


それ以来、この駅の利用客は激減して、やがて、寂れた無人駅に変わり果てました。

人が村から消えて行き、

鎮守の神は泣きました。

誰も来ないこの駅で。

沢山の人に愛されたこの場所で。


まるで、黒ユリ伝説のような物語です。


おじさんのむくろが黒ユリの群生に変わる頃、

熊と黒い獣の影は立ち上がり、とても寂しそうに吠えました。


私の妄想かもしれませんが、あの獣はこの集落の鎮守様だったのかもしれません。


その時、私は、改札のドアにしがみつきながら、鎮守さまがこの村から天へと帰るのだと思いました。


どうして、そんな風に考えたのかは分かりませんが、確かに、私は、そう思ったのです。


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