目撃者
私のバックの中で叫び続けるガラケーに戸惑いながら、私は、しまった携帯を取り出しました。
突然、話し出したのもビックリですが、
この携帯の電源が生きていたのもビックリです。
取り出した二つ折りの携帯をひらくとタイマーをとめて画面を見つめました。
そして、拾ったガラケーの待機画面の写真に目を奪われたのです。
それは、可憐な黒ユリが一輪。そこに黒地に赤い斑点が美しい蝶、
カラスアゲハが舞っているのです。
合成写真を一瞬疑いました。
なんとなく、黒ユリとカラスアゲハの組み合わせに違和感を感じたのです。
それとも、不気味なくらい美しい黒の組み合わせに不安を感じているだけなのでしょうか。
少し強い風が吹いてきて、誰もいない待合室の窓をせわしなく叩いています。
それは亡くなった祖母が危険を教えるために私を呼んでいるようにも聞こえました。
私の土地では、カラスアゲハが家にくると死人が出ると言われていました。
そんな事を考える自分に怖くなり、辺りを見つめて
人が居ないと言う事を、その時、深く実感したのです。
音楽を、明るい音楽を再生しました。
それは、意外と効果的でした。
思い出したのです。黒ユリは山の植物ですが、自宅で栽培することも出来る事を。
多分、画像の花は園芸用の黒ユリなのでしょう。庭先ならこんな画像も取れるかもしれません。
よく見れば、 大きくて精悍なユリの花に、黒水晶の細工のような見事なアゲハが止まるその画像は、
ゴスロリホラーの雰囲気を漂わせて私を魅了しました。
私は怖がりの怪談好きなのです。
最近は、映画の影響もあって悪いイメージがついてしまう黒ユリですが、
私の家では恋の花と呼ばれ、悪いイメージはありません。
カラスアゲハだって迷信です。そう考えられるようになると、別のスイッチが入ります。
私は、ゴシックロマン系のアニメが好きなので、
この人の感性に自分と同じものを感じて嬉しくなりました。
出来ることならお話ししてみたい。
それはすぐに叶いました。
電話が…
携帯に電話がかかってきたのです。
ガラケーなんて、昔の品物だと、
使えないと考えていた私は驚きながらその電話をとりました。
持ち主はまだ、近くにいて、携帯を探しているのかもしれません。
持ち主が電話をかけてきたのでしょうか。
「もしもし…」
私は、少し緊張しながら話しかけると、電話のむこうの安堵したため息が聞こえました。
「良かった。やっと見つけて貰えた。」
その声は、予想に反して同じ歳くらいの女の子のものでした。
「私を見つけてくれてありがとう。ワタシ、スズキと言います。
今、どこですか?駅員さんは見えますか?」
鈴木と名乗った女の子は早口で自分の用件を捲し立てた。
でも、私は悪い気持ちにはなりませんでした。
鈴木というよくある名前と、ガラケーを今時つかう個性をもつ彼女に興味が湧いてきたからです。
「…駅の待ち合いにいるよ。駅には人は居ないけれど、
電車当分こないから、あと1時間くらいいると思うよ。」
同世代の気安さで私は、笑いながら言いました。
「人がいない……マジで?」
鈴木さんも気安い言葉遣いに変わりましたが、何かに焦っていました。
「大丈夫だよ?スマホあるし、暇潰しは出来るから。
で、どうする?取りに来る?
電車が来たら乗っちゃうけど。
街にいくから、そっちの駅で落とし物として渡しておいた方が良い?」
私は、自分が無人駅にいることを思い出して急に恥ずかしくなりました。
電車で出掛けるにしても、親とかバスで最寄りの大きな駅を使います。
しかも、…駅は、数年前から急に過疎化が進んで周りには、本当に何も無いのです。
こんな駅で女の子一人で何をしているのか…
私は、なんだか自分のしている事が恥ずかしくなってきました。
ネット小説のポイントほしさに謎のレビュアーに言われるがまま無人駅で小説を書いてるなんて。
「いってる事がよく分からない……。
とにかく、早く駅員さんの所へいって警察に伝えて頂戴。
駅で女の子が拐われたの。私、見たの。
誰も私の話を聞いてくれないけど、そこは危ないわ。」
激しいノイズに浮き沈みする彼女の話をまとめるとこんなセリフになったと思う。
その時の私は、聞き間違えたのだと思いました。
だって、この駅は子供の頃から無人駅だったと記憶していましたから。
この駅に駅員さんは居ませんし、私は始発でここに来たのです。
私に疑問を残したまま、鈴木さんの連絡は途絶えました。
圏外になったのです。
全く…
私は理不尽な怒りに襲われました。
私のスマホはちゃんと電波を拾っているのに、このガラケーは圏外なんて!
一体、私はこれからどうしたらよいのでしょうか?
スマホの時計を確認します。
電車が来るまであと1時間。
そこで、私は自分が何をしに来たのか思い出しました。
私は即興の短編を書いて『魔神』にレビューを書いてもらうのです。
そして、いちにちだけでも…
トップランカーとして名前を残したいのです。
おかしな電話につきあってなんていられません。
2時間が長く感じられたのは、ホームに足をつけてからの数分の事で、
時間なんてやるべき事があるときは、加速して流れるものなのです。
あと一時間…
短編ならまだまに合うはずです。
いいえ、まに合わせるのです。
私はため息をついて、物語に集中しました。
この無人駅をテーマに、拾ったガラケーを使った物語。
「駅で女の子が拐われたの。私、見たの。」
さっきの女の子の話が頭をよぎりました。
これを使おう。
私はスマホでローカル都市伝説を調べました。
多分、あの子は同世代の女の子が電話をとったのでふざけたに違いないのです。
イタズラな動画作成民かもしれません。
考えてみれば、この話何か、元ネタがあった気がしました。
それは検索してすぐに見つかりました。
10年近く前に、この沿線で女性のバラバラ死体が発見されたのでした。
と、言っても、バラバラにしたのは動物らしく、事件性は少ないと言う結論です。
この話にヒントをえたのでしょう。
私はスマホにストックした物語の中に、黒ユリの伝説に関わる話があった事を思い出しました。
それは、昔、この近くの山で遭難した娘が、山男に恋をして、その男に恋の告白をする、そんな話でした。
黒ユリと聞くと都会では『呪い』やら『復讐』と言った花言葉を思い出すのでしょうが、
私の家では北海道に親戚がいるせいか、恋の告白の淡いイメージなのです。
黒ユリを一輪、好きな人にそっと渡して相手がそれを受け取ったら、
その思いは遂げられるのだそうです。
私はスマホから取り出したラブストーリーのストックを怪奇な雰囲気で改編し、
ガラケーが結ぶ時を越えた恋物語を書きはじめました。
『魔神』の好みに合わせて、不慮の事故で死んだ女性が黒ユリを幼馴染みに届けようとする話です。
ガタリ………。
近くで何か、重いものを置く音がして、私は思わず小さな悲鳴をもらしました。
バクバクする心臓に目を見開いて音をたてた主を見つめて絶句したのです。
集中していた私は、あまりにも無防備で、無人駅とは言え、自分が外にいるのを忘れていたのです。
「ごめん。驚かせたかな?」
気の良さそうなおじさんが、私に笑いかけました。
私は正気にもどって慌てて首を左右に振りました。
「こちらこそ、すいません。ああ、電車、もうすぐ来ますね。」
私はスマホを見ながら、あと15分で電車が来ることを知って驚きました。
おじさんは、私と一緒に下車をした人でした。
ローカル電車と山が好きで、よく、この辺りにも写真を取りに来るのだそうです。
おじさんはそんな話をしながら持っていた花を一輪、私に渡そうとしました。
それは、リンとして美しい黒ユリの花でした。