拾い物
私は気を取り直して魔神にメッセージを送りました。
駅に到着したら、メッセージを送るように言われていたのです。
返信はすぐに来ました。
“どうそじんさん、おはよう。
駅に無事到着したようですね。
それでは、あなたの周りから、小説の題材を拾ってきてください。
植物でも、静物でも、なんでも構いません。”
魔神のメッセージに私はゲームをするような高揚感を感じました。
この駅の何かをテーマに短編を書いて気に入られれば、絶大な影響力のある彼からのレビューが貰えるかもしれません。
魔神が気にいる小説は、必ずヒットするのです。
勿論、気に入らないと言われるかもしれませんが、
それでも、魔神と呼ばれたあの人にアドバイスを受ける機会を貰えるだけでも嬉しかったのです。
私はホームを端から端まで歩いてみたり、線路を渡って向かいのホームを探索したりもしました。
時の流れの中で弱ってきたホームのコンクリートの床から、季節外れの可憐なすみれを見つけましたし、
その向こうの葛の蔓の茂みの中では、何か動物の蠢くような気配を感じました。
それらを見つけるのは楽しかったのですが、
魔神にレビューが貰える作品のネタにはどれも弱い気がしました。
私は少し焦って来ました。
物語が思い浮かばないのです。
ホームには面白いものなど無さそうです。
私は線路を渡って待合室へ向かいました。
壁に沿って作られた木製のベンチと、今は閉鎖された窓口。
半分ちぎれたポスターのモデルのメイクが過ぎた時間を感じさせました。
なんだろう?
私は、そのポスターの横の出窓のところに携帯電話…いわゆるガラケーを見つけて驚きました。
それはパールピンクの本体に、懐かしいアニメのキャラクターのストラップが沢山ついていました。
まだ、動くかな?
私は、いつからそこにあったか分からない二つ折りタイプの携帯電話を開いてみました。
電源が切れているのでしょうか?
開いてもディスプレーは暗いままです。
ガラケーの事は良くは分かりませんが、随分前の型のようです。
それでも、大切に使われていたのか、最近買ったもののように綺麗です。
この携帯はいつからここにあるのでしょうか?
持ち主の事が気になりましたが、電源を入れることはせずに持ち主を想像しました。
私の母と同じくらいで、スマホに変えても、携帯電話を思い出に持っているのかもしれません。
この携帯の中には、持ち主の恋人や初恋の先輩の画像や、恋ばな全快のメールが保存されてたりするのでしょうか。
もしかしたら、都会に就職して、ふるさとの思い出を連れて旅をしていたとしたら、それは小さな小説のネタになりそうな気がしました。
決めた。
私は、魔神にメッセージを送りました。
“携帯電話を拾ったので、それで短編を作ります。”
それから、拾った携帯電話を車掌さんに渡すためにバックにしまうと、
小説サイトにアクセスをして書き始めました。
題名は『ガラケー』
これは仮題です。私は作り終わってから正式な題名をつける派なのです。
あなたは、始めに題名を確定する派ですよね。違いますか?
私は拾った携帯から母の世代の女性を連想して主人公に作りはじめました。
夏の同窓会の為に都会からやって来た中年女性が、
駅の待合室で娘時代に使っていた古い携帯電話を開きます。
中には、彼女の中学時代のメールがしまわれているのです。
彼女は懐かしい友人たちからの昔の受信メールを見るのですが、
そこで未読のメールがあることに気がつくのです。
それは中学時代、引っ越して会えなくなった友人からのもので、
アドレスが変わったために迷惑メールのホルダーに入っていたものでした。
そこまで書いて、私は自分に魔神からメッセージが来ていることに気がつきました。
“携帯電話を拾いましたか…。
良かったですね。きっとその携帯があなたを出版社に導いてくれるに違いありません。
結末が今から楽しみです。”
少し変なメッセージだと思いました。
出だしも見ないうちから結末が楽しみって…。
少し不満な気持ちがよぎりましたが、そんな事は次の瞬間忘れてしまいました。
あの拾った携帯が私のバックで叫んでいたからです。
時間です。時間です。と。