表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無人駅  作者: ふりまじん
2/9

途中下車

その日、私は駅へと向かいました。

勿論、魔神との約束を果たすために、です。


本当にそんな事でポイントが入るのか、

また、それは不正なポイントではないのだろうか。


不安要素はありましたが、人の書いた作品を分別する、

『アイツ』を学校で見かけるたびにストレスになっていましたから、

それを解消したかったのかもしれません。


それとも…魔神の口説き文句に魅入られたのでしょうか。



駅のホームでスマホで暇つぶしに小説を書く。


魔神が私に課した提案自体に危険を感じませんでしたし、

それを口実に気晴らしに街へと出掛けたい気持ちもありました。


私の実家は東北にあります。

田舎ですし、人口も減って電車の本数は少なくなりました。


いちにち数回の往復電車。

途中下車したら、時刻によっては次の電車が到着するまで3時間待つことだってあるのです。



2000文字なら1時間程度で作成できるし、ある程度仕上げた作品を保存して

ホームで完成させる計画を立てました。


だから、始発で出掛けて課題を早く終わらせて電車に乗り、

街のあの素敵なドーナッツショップで期間限定のセットを食べようと考えました。

丈の長いガーリーなチェニックを着て文庫本をひとつ。

お気に入りの曲を聴きながら駅についた時には、気ままな一人旅の予定に浮かれていました。


お一人様女子と言うやつです。


土曜の始発は、乗客は数人です。始発は二車両の電車。そのひと車両貸しきり状態。


近くの街と言っても各駅電車で1時間半はかかります。

個人情報を伏せますが、街までの道のりには、山やら、林やら、川やらとよく言えば大自然。

悪く言えば僻地の光景が続きます。


『魔神』は、その沿線の無人駅を指定してきました。


時間は自由でも、その駅の光景で、見えないものの存在を意識しながら短編を書きなさいと。


いいえ。

あの沿線の無人駅を魔神が指定した事に違和感はありませんでした。

私はこの沿線を舞台に作品を書いたことがありますし、

ブログなどで近隣のイベントなどを紹介していましたから。


それに当時の私は不思議なものに興味があって、

私について、次々と個人情報を推理して当ててゆく、

魔神の事をどこかで尊敬と 恋に近い気持ちをいだいていたからです。


途中下車した駅までは、川やら山の光景を見ながらの素敵な旅でした。

空はトルコ石のような澄んだ青に輝いていて、

何かステキな事が起こりそうな、そんな気持ちのよい初夏の朝でした。


私は子供のように車窓の緑をスマホで撮影し、

好きな歌を聴きながら夢見心地で目的地に到着したのでした。




「本当にここで降りるの?」

ドアが開いたときに車掌さんが心配そうに聞きました。

あなたのような人には、車掌さんの言葉がお節介に聞こえるかもしれませんが、

ひとけの無いこんな無人駅に、

女の子が1人下車するのは間違いではないかと心配してくれた事を私は嬉しく思いました。

私は笑顔で頷きました。そんな私の後ろの車両からDバックをかついだ男性が降りてきました。

車掌さんは他にも一人下車する人物がいたのを確認すると、

肩をすくめて、少しほっとしたように電車のドアを閉めました。


この駅を降りて、2キロほど歩いたところに天然の温泉があり、

隠れた観光スポットとして数日前の夕方のローカル番組で放送した事を

車掌さんも思い出したのかもしれません。


次の列車が来るまで2時間はあります。

電車を待つには少し長いですが、最高の物語の短編を作り、

推敲するには少し足りないくらいでしょうか。


私は二両の各駅電車をホームで見送ると、さびれた無人駅に一人きり。

駅の改札の先には雑木林と山が見えます。

私は黒ずんで劣化したコンクリートのホームに立ち、風の音を聞きました。


雑木林から風が流れると、枝葉がサラサラと体を揺らし波の音を奏でるのです。

小学生の頃の国語の先生の言葉を思い出しました。


目を閉じれば波の音が聞こえるでしょう?みんなは森の人魚姫なの。

森と言うなの海で遊ぶ。


誰もこない駅のベンチで、好きだった先生の思い出を胸に子供に返って

私は久しぶりに人魚になる空想をしてみたのです。

でも、大気の波音に耳をすませても少女の時のようなトキメキはもうありません。

大人になった事を少し悲しく感じました。


駅の周りには現在、民家はありません。山へと向かう舗装された道路がありますが、

車よりも、タンポポの綿毛のほうが最近のこの道の利用頻度が高そうです。

あまりの静けさに、御伽の世界に紛れ込んだような非現実な不安がこみ上げてきました。


とはいえ、ひと駅先はコンビニのある駅です。

ただ、ひと駅と言っても、山道を何キロか歩かないとたどり着けない場所にありますけれど。


一緒に降りた男の人はもう遠くに歩いていったのでしょう。

私は世界に1人取り残されたような錯覚に陥りました。

ススキと葛のしげみが、ひびの入った向かいのホームに押し寄せる勢いで生い茂り風に揺られて泣いていました。

この時点で、人間の生活音がしない違和感が胸のあたりに重くのしかかります。

車の音、人のはなしごえ、犬の鳴き声。私の日常にはどれほどの生活音が取り巻いていたのでしょうか。


これから、ここで2時間…二時間いなければいけないのか。


私の心臓が、大丈夫かと問いかけるようにドキドキと脈打つのがわかりました。


だからって、もうやめるわけにはいきません。電車はいってしまったのです。

次の電車が来るまでここにいるしかありません。


でも、2時間過ぎれば電車はまた来ますし、

短編を投稿しなければ、ポイント獲得のチャンスを失ってしまうのです。

私は自分を慰めるようにトップランカーの自分を想像しました。

それは、とても気持ちのいい空想でした。


『魔神』は、高校生の私が信じられる位のネットでの影響力がありました。

彼に発掘されたWEB作家を思い出し、短編を書いてしまおうと決心しました。


どちらにしても、2時間はどこにもいけないのです。

それならば、やるべき事をやるのが一番よいと、その時の私はそう思ったのです。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ