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ふかし者  作者: 愛鉄枯タ
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日出屋

けたたましく鳴り響くマリンバの音に暫く耳を傾ける。

私はこの音が愛おしい。さながら、私を選ばれし宿命へと誘うファンファーレのようだ。


体を起こしカーテンを開ける。午前3時。外はまだ暗く、勘違いした山鳩が朝を先取りしている。


私の仕事は日出屋。

毎朝決められた時刻に太陽を昇らせる仕事だ。

この仕事は選ばれた人間にしか出来ない名誉ある仕事だ。


———————————————————


子供の頃から、来る日も来る日も意義もなく惰性で働く大人たちに疑問を持っていた。


しかし、違和感は違和感のままで、気づけば私もそんな大人の一員となっていた。

漫然と暮らす毎日に嫌気が差した私は、仕事を辞め、意義のある生活を求めた。

が、現実はそう甘くはない。

職のない私に向けられる視線は酷く冷ややかで、肝心の仕事もトンと見当が付かない。

かと言って、前の仕事に戻ることなど出来ない。有象無象に紛れるなんて反吐が出る。

途方に暮れ、路地裏に蹲る生活が続いていたそんなある日。

雑居ビルの錆び付いた扉に乱暴にハッ付けられているチラシが目に入った。


「日出屋募集」


私の求めるものがそこにはあった。


———————————————————


さて、本日の定刻は4時25分。

寝泊りは職場の一角を借りて私室としているので、時間には少し余裕がある。

軽くシャワーを浴び、髭を剃る。

誰が見ているわけでもないが、崇高な仕事に対する礼を尽くすべきだというポリシー故の行動だ。

濃紺のスーツに袖を通し、髪を整える。

4時5分。少し早いが、持ち場に向かうとしよう。


大きな窓と椅子、机。卓上にはスイッチが一つという必要最低限の物しか置かれていないこの部屋が私の職場だ。むしろ無駄がなく、美しいともいえる。


眠りこけている街を窓から見下ろす。高台に設置されたこの建物からは、ポツポツと灯りが燈り始めた街を一望出来る。

私の操作一つでこの街は動き出し、大人たちは今日も漫然と働くのだ。


さあそろそろ時間だ。

スイッチに人差し指を添える。

色んな押方を試したが、結局はこのやり方がしっくりくる。

4時25分。予め設定したマリンバが流れ、私はスイッチを押した。

この瞬間だけは何度やっても胸が高鳴る。

朝日が悠々と昇ってくることを確認し、私は椅子に腰掛け一息ついた。

後は無意味に働くブリキ達をこの部屋から見下ろすだけだ。

私の求める意義ある生活がここにはある。




その日は心地よいマリンバではなく、何かが割れる不快な音で目が覚めた。

2時30分。

物音は職場の方からしたようだった。

嫌な予感が全身を駆け巡る。

まさかとは思うが、職場へと確認しに向かう。

足が重く思うように体が動かない。

まるで夢の中にいるようだ。夢であって欲しい。

職場の扉に手を掛ける。いつも軽快に出入りしていたはずの扉が鉄扉であるかのように感じられた。

扉を開けた先、いつもの部屋には違和感のある光景が広がっていた。

大きな窓が派手に割れているのだ。

呆気にとられているのも束の間、私は気づく。


スイッチがない。


一体どれほどの時間立ち尽くしていたのだろう。私は事態の深刻さにようやく目を向けることができた。

このままでは本日の日出を迎えることができない。

今まで一度の遅刻もなく、定刻通りこなしてきた役目を果たすことができない。

焦る気持ちを嘲笑うかのように時間はいたずらに過ぎて行く。

3時50分。

かなりの時間呆気にとられていた。

今日の定刻である4時22分まで残り約30分。

その間にスイッチを見つけ出さなければならない。

この状況から見て、おそらく何者かの手によって盗まれたのだろう。

逃走経路と考えられる割れた窓から辺りを見渡す。

この高さから落ちたのであれば死なないにしても無事では済まないだろう。そう遠くへは行っていないはず。

ドタドタと階段を駆け下りる。

外に出て、落下したであろう地点に到着する。

暗闇の中、目を凝らすと、地面に血痕を見つけた。

血痕は森の方へ続いているようだった。


とにかく時間がない。急いで血痕を辿り森に着くと、血痕はそこで途切れていた。

手がかりを失い、焦りに拍車がかかる。

4時20分。

ヤケになり、あたりの茂みを無我夢中で物色する私の目に信じられない光景が映る。

見慣れたスイッチだ。

正確には、スイッチだった物。

それは完膚なきまでに壊されていた。


途方に暮れるしかなかった。


項垂れる私の意思とは関係なくマリンバは鳴り響く。

4時22分。

無気力になった私は、聞くでもなくマリンバに身を委ねていた。

そんな私の目に再び信じられない光景が広がる。


日出だ。


それは喜ばしい事実と共に悲しい真実を告げる。

私がいなくても日は昇るのだ。

私がやっていたことに意味などなかった。

私が一番無意味に働いていたのだ。

今まで見下ろしてきた大人達の方が遥かに意義のある生き方をしていた。


もう何もかも終わりだ。

規約違反を犯したのだから。

じきに始末屋が来るだろう。


全てがどうでも良くなると、不思議と心が和らいでいく。

徐々に明るくなる空を見ながら、私は久しぶりの二度寝に興じるのであった。

ありがとうございました。


訳のわからん箇所もあるかと思いますが、まだ終わりではないので、作品トータルで見ていただけたらありがたいです。

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