他人の他人の石はただの石
「あなた誰ですか?」
さっきから同じ空間にいたと言うのにも関わらずこれほど人の存在に気付かないことがあるだろうか。それもこれも全て由美の姫に対する執着心が生み出してしまったものだろう。その場所に姫が居てしまうと相当なことがない限り他の人は認知されない仕組みのようだ。
そして今相当な事が起きている。私がこの家に住まう事が仮に決まった時喜びを口にした男。言うまでもなく面識はなく見た目は爽やかで由美より若干年下かあるいは同い年で働いているようには思えない。大学生だろうか。実際今この場に居る事とさっきの発言からして只者ではない事を由美は察している。
「俺は涼宮 陵って言いますっ!大学に通いながら由美さんのストーカーをしてますっ!」
「はぁ。なんとなく想像していたわ。私が言うのもなんだけどあまり誇って言う事じゃないわよ」
別に驚きはしなかった。何故ならこれが当然に思えたからだ。しかしながらこの事によりかなり状況が把握できたのは間違いない。
まず始まりは私が鼻血で倒れたところからだ。いや、もっと前からだったかも知れないが整理出来るのはここから。
私が倒れた後私を運んだのはおそらくここの3人だ。倒れていた時目視出来ていたのは聡美と姫だけだったがこの2人が成人済みの女1人を寝床のある二階まで運べるとは思えない。
しかしながらその時私をストーキングしていたのがこの男、涼宮 陵だとすれば私の異変に気づき運び込むのを手伝ったと言う説が有力だろう。そうだとすれば気になっていた聡美が私の名前を知っている事にも説明がつく。
え?今いる家は?もちろん聡美の発言からして聡美の所有している家であり私が倒れたすぐそばの家だろう。流石に3人で私を運んだとしてもかなりの距離は運べない。第一鼻血を吹き出す人をそんな距離を運ぶのなら救急車を呼ぶのが筋だろう。それをしなかったとなれば私が倒れたすぐ側の家で間違いない。
それにその家に立てかけられていた無駄に装飾されていた住人募集看板は聡美が同居しようと持ちかけてきた事と合致する。更に言うならばその看板の装飾の仕方が雰囲気的に聡美っぽいとも捉えられる。
となればこうまとめられる。
私は聡美をストーキングしていた姫をストーキングしていたところを涼宮 陵にストーキングされていた。そして私は聡美にバレてしまい姫との急接近が免れず結果鼻血を出して倒れてしまう。
その後聡美と姫と涼宮がすぐそばの聡美の家へと運び込んだ。そしてストーカー3人と家主が一つ屋根の下での生活が始まろうとするカオスな今に至ると言う訳だ。
しかしいくらカオスな展開であろうとも姫との暮らしが送れるならばと由美は満足している。唯一不満があるとすればこの男だ。
「聡美さん。この男も一緒に暮らさないといけないんですか?」
「ええ、絶対ですよ?」
「あつかましいってのは分かってるけどちょっとなぁ…」
「あなたのその言葉そのままそっくり返すわよ」
「はぁっ!蔑まれてるっ!」
由美は姫の言葉に思わず興奮する。すでに由美は姫に関わっていさえすればとりあえず興奮してしまう体質になってしまったようだ。実際にストーキングしていた人を目の前にすると遠目で見ているよりも遥かに可愛く、愛おしく見えてしまうのだ。実際に買ったみたライダーの変身ベルトの何か違う感とは違う。
「でもプリンセ…じゃなくて…」
聡美に何かを聞こうとするが姫の名前がわからず言葉につまり姫に名前が隠れていないか体を舐め回すように見る由美だが案の定どこにも書いてはいない。
「はぁ。眞木志 沙耶よ。そのプリンセスってのはやめて欲しいわ」
「沙耶ちゃん!」
「馴れ馴れしいわね…まぁプリンセスよりはましか…」
沙耶は妥協して名前を由美に教えてしまう。これが利口な判断かどうかは本人も分からないがプリンセスという呼ばれ方がよほど嫌だったのだろう。そして名前を知った由美は涼宮と違ってストーカーとしてターゲットの名前を把握できていない事に未熟さを覚えるが名前を知れた喜びに浸って聡美に質問しようとしていた事を忘れフリーズしていた。
「何か聡美さんに聞くんじゃなかったの?」
「あぁそーだった。聡美さんはなんで聡美さんのストーカーの沙耶ちゃんと他私たちと一緒に暮らそうと思ったのか気になって。私だったら私のことをストーカーしてるこの男と暮らすなんて考えられませんよ。どうしてそう思ったんですか?」
由美からの何気ない質問に聡美は少し返答に困ったが「えっとー…」と言葉を続けた。
「私は別にストーカーされるのが嫌だと思ってないし一緒に暮らしちゃえば更に心配する必要がないでしょ?」
聡美はそう言って不敵な笑みを見えないようにこぼした。
「なるほど参考にな、りました…気は持ちようですもんねぇ」
「はぁっ!考えが薄い聡美ちゃんっ!その考えためになるわっ!可愛いっ!」
「沙耶ちゃんのあんな表情見られるなんてっ!尊いっ!」
聡美に聞いたは良いがあまり求めていた深い理由などはなく少し聞いて損をした気分になった由美。それとは裏腹に聡美の天然さを愛おしく思う沙耶。そしてその沙耶の見惚れる表情に気づき直ちに見惚れる由美である。
「沙耶ちゃんはなんで私なんかと暮らしてくれるんですか?もしかして実は私と暮らしたかったとか!?」
「それは断じて、1ミリも、神に誓って無いわよ」
「そんなに否定されると流石にっ…」
一握りの希望さえ見せず容赦など一切ない沙耶に愛おしいとは言え、いや、愛おしいからこそなかなかにダメージを受ける由美。
「まぁ同居を許したのは聡美ちゃんと暮らせるからって言うのが一番だわ」
「ですよねー!分かります分かります!」
「…なんでこっち見てるんですか!サービスですか!」
「サービスじゃないわよっ!あんたがいなければ万々歳なのよっ!」
由美は自分が厄介者だと言うことを忘れて沙耶に激しく同意しながら涼宮に目をやる。涼宮は顔を赤くして怒っているのか喜んでいるのか表情が忙しい。
「でも、私も聡美ちゃんの意見を聞いて一緒に暮らしてしまえば心配がないって言うのは確かにって感じね」
「それだけは私にはよく分かりませんねー」
聡美の意見とは言え間接的には沙耶の意見になるのだがその考えに1人のストーカー、それ以前に沙耶を愛する者として共感したいのは山々な由美だが納得できない様子だ。どうやら愛する他人の他人は自分には理解しかねるようだ。
ともかく、沙耶と一つ屋根の下になるには涼宮とも一緒に暮らさなければならないという代償があることを知った由美は頭を悩ませる。しかしながら沙耶と暮らせるのならと涼宮とも暮らす事を許容せざるを得ないと考えていたが重大な問題に気づく。
「私たちって暮らすとしたらこの家で暮らすんですよね?」
「ええ、当然よ」
当たり前の質問だ。そして当たり前の答えが返ってくる。しかしそこに問題があった。
「それじゃあ、洗濯物、お風呂、トイレその他もろもろ共有ですか?!」
突然の乱入者涼宮の出現によって、とは言え初めからいたのだが、見ず知らず?の男女で共有するにあたってまずいものが浮き彫りになる。これには同居する事に傾いていた針も一気に逆方向に振り切る。
「私だってこの涼宮もだけどともかくこの由美と一緒のお風呂や洗濯機の共有はあり得ません!」
「私はそんなふしだらな事はしませんよぉ〜!」
「じゃあその滴る鼻血はなに?」
「あっ、、、」
由美の発言で思い出したかのように沙耶が必死に由美との同居を拒みだす。どうやら涼宮との共有よりも由美との方がよっぽど嫌なようだ。
当然黙っていられない者がいる。
「ちょっと待ってくださいよっ!俺は男ってだけで由美さんの下着を嗅いだり、トイレとお風呂は由美さんの後に入ったりなんて絶対にしませんよっ!」
そう告げる涼宮は息を荒げている。
「する気満々じゃないのっ!なにその宣戦布告!控えめに言って気持ちわるっ」
「由美もよ」
「グヘッ」
由美の投げた特大のブーメランは高速で正確に由美の首を刈りに戻ってくる。
「で!どうなるんですか!?聡美さん!」
この事態に家主の聡美が遂に口を開く。
「安心して!洗濯機は5台あるわよ」
「えっ、お風呂とトイレは…?」
自信満々に答える聡美だが2人が求めていた答えには不足していた。そしてもう一度聞き返す。
「あートイレは3台しかないの〜」
「えっとーあのお風呂は…?」
だんだんと嫌な空気になってきた。由美はこの先を聞いて良いのかどうか戸惑うが聞く以外もう選択肢などない。そして今にも答える聡美に息を呑む。
「お風呂は…」
「お風呂は…?」
「お風呂は3つしかないの〜!ごめんなさい!」
聡美と言いこの家と言い変に予想を超えてきた。
「この家なんか違うくないですか。そして聡美さん何者なんですか…」
結果としては問題はないのだが何か別の問題がありそうでならない由美である。




