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無い物ねだりが願ったり叶ったり


 目を開くとそこは異世界…などではない。自分の状況ぐらいなんとなくは把握できる。私は鼻血を吹き出して倒れたのだろう。しかしながらここはどこの家なのだろうか。私の家ではないし9畳あたりの部屋を見渡す限りこのベッド以外に家具はなく病院に運ばれたというわけでもなさそうだ。仮に1人でこの部屋を使っているとしたら良いくらいに広い割には質素すぎやしないだろうか。


〔まだ日は越していないのか〕


 部屋のカーテンのない窓から外灯の光と少し遠くに見える家々からの光が見える。

 私はゆっくりと床に足を着ける。冷たい。そして体の軸が不安定でどことなく重く感じる。やはり鼻血による貧血か。


〔てか私どんなに鼻血出してんだよ。そういえば私の鼻血プリンセスに付かなかったかな〜。付いてないと良いんだけど…〕


 人の心配をしていてふと私の服を見てみると血の跡が見当たらない。あれほど射出しておいて自分にかからないはずはない。さらにはさっきまで着ていたはずの私の服ではなくなっていた。ピンク色でとても触り心地の良い生地でできたパジャマだ。少しサイズは小さめではあるが恐らくここに寝かせてくれた主が着させてくれたのだろう。


〔だとすればここはあの女の家。もしくは…!?…おっと、いけないいけない〕


 少し想像するだけでさっきの姫の顔がちらついて鼻血を促してくる。私はなんとか精神を統一し興奮を抑える。そして一息。


〔あーもうこんな時間。明日会社なのに…〕


 枕元に自分の携帯が置いてあるのを見つけロック画面の時計で時間を確認した。


〔働くの嫌だなぁ〜。あんなに近くで顔を見ちゃったら会社どころじゃないじゃない〕


 憂鬱さを嘆く反面心の中で社会人なのに何をしているんだろうと今の状況を思い出しては頭で呟いていた。


 自問自答しては意味がないことに気づきベッドに腰を下ろして軽く揺れる。そんな彼女の名前は戸川 由美(とがわ ゆみ)。なんとなく就職した会社でなんとなく仕事をしている23歳キャリアウーマンだ。別に誇れたステータスはないもののストーカーというステータスと言うよりはもう一つの仕事と言うべき行為を嗜んでいる。


 3人の兄と1つ下の弟が居るといった男の環境が整っていたせいかふりふりした服装や女の子らしいお買い物や流行、化粧など女の子な事に疎かった。そのせいか、いつも服装はジャージかパーカー。スカートは高校以来履いたことがない。

 女としての美に対して憧れがなかったといえば嘘になるが憧れ以上にいつも面倒臭さが勝ってしまう。そのせいもあって自分に手間をかけることをしなくなった。だが理由はそこにはない。姫の出現だ。


 由美が仕事を終え家へ帰っている途中の出来事だった。茶髪でショートで毛先を内に巻いた背の小さい女性がちょっと苦しそうにICカードを自動改札にかざす仕草に心を打たれてしまったのだ。そして衝撃に耐えられずに衝動に駆られその愛らしい姫の姿を追って彼女も改札を通った。

 その後も彼女は姫の愛らしい姿を追っては眺め気づけばストーカーとなっていた。それ以来いつも姫のことを考えるようになり、自分のことよりも姫がよければ全てよし。そんな考えが脳の深くまで根を張ってしまっていたのだ。そして今に至る。


〔プリンセスを追って苦節2年。遂にあの瞬間に立ち会えたのね…それにしてもここはどこなんだろうか。もしかすると本当にプリンセスの家かもしれないわ!?〕


 由美はなかなか来ない家主にいてもたってもいられず重い頭を揺らしながら部屋の外へ向かう。流石にリビングに行けば家主なり誰かしらいるだろうと恐る恐るドアの取手に手を乗せた。すると思ったよりも軽い力で開いた。いや、体感的にドアの向こう側から開けられたのだ。


「わぁ〜!」


「うわぁっ!?」


 由美はつい自分の家の建て付けの悪い扉を開ける時の癖で体重を乗せてドアを押したせいで前に倒れて人を下敷きにしてしまう。


「うぅ〜」


「ご、ごめんなさい!、、、あ…」


 モニュッと手に柔らかくそして揉み応えのある感触が伝わりアンッと下にいる女が喘いだ。

 そこに下敷きにされていたのはあの時、姫と楽しげに話していた女だ。どうやらこの女が鼻血を出して倒れた由美を部屋で休ませていたようだ。由美はすぐに立ち退き女に手を伸ばす。


「これでおあいこだな」


「え?おあいこ??あ〜おあいこですね」


 女は相互に助けたことに対してのおあいこだと言った、と言うよりは少し困って言わされたのだろうが、由美に関しては姫と親しくしていたことに対する妬みと胸を揉まれたと言うお互い悪い思いをしたのをおあいこと言った。この流れを合わせてくるあたりこの女は一般常識が少し抜けているように思える。

女は由美の手を取り立ち上がる。


「ありがとうございます。あの〜お身体は〜?」


「あーはい、この通り!」


 そう言って由美は身体を軽く動かして大丈夫であることを証明しようとしたが軽くふらついた。


「おっとと、、、すいませんまだちょっとふらついて」


 それと同時に由美のお腹が鳴った。仕事帰りにそのまま姫のストーキングを嗜んでしまったせいで夕食を取っていなかったのだ。


「あ…」


「お腹空いてますよね。食べます?」


 下の階から奥に見える階段を上り廊下をつたい夕飯の匂いがする。


「いいんですか!?ではご馳走になりますー!」


 知らない女の家、いや、知らない事はないが詳細を知らない人に食事を貰うのは少し抵抗があるが何せ給料日前。背に腹は変えられない。由美は夕食でさえ節約したいのだ。それに今はお腹を満たさないとまた倒れそうな気がしてやまない。しかしながらあまりの自分の勝手さに恥ずかしさを覚えた。


「あ、すみません。寝かせていただいたうえに食事までいただいて図々しいですよね」


「いえいえ。全然大丈夫ですよー。困った時はお互い様ですしね」


女は微笑みながらそう答えた。そう由美は感じた。


「あ、あの、自己紹介がまだでしたね。私戸川 由美(とがわ ゆみ)といいます」


「えー教えてもらいましたよっ。私は永井 聡美(ながい さとみ)です。これも何かの縁だしこれからもよろしくねっ」


「あーはい、、、」


 よろしくと快く言いたいが言うに言えない。誰が名前を教えたのか。由美はそれが気にかかっている。

  私の名前を知っているのは誰だろうか。勿論永井 聡美(ながい さとみ)と面識があるわけでもない。もしかしてあの時姫が私の名前を教えた。いや、私のストーキングは絶対に気付いているはずがない。何故なら今まで私から逃げるような様子は全く無かった。仮に知られていたとしても名前など知る由もないだろう。なら誰が…


「実はもうご飯できているの。降りてみんなと一緒に食べましょ?」


「みんな?」


「ええ。みんなです」


 みんなと言うからには私と永井さん、その他に少なくとも1人はいるのだろう。しかもその中には由美の名前を教えたであろう人物も。由美はその場に座り込んで考えたい気持ちを後にして下へと歩き出す永井の後をついて行く。下には人が居るはずなのに賑やかな声は一切聞こえてこない。本当に他の人が居るのだろうか。恐る恐るふらつく足で階段を踏み外さないよう降りる。



 そしてリビングのドアは開かれた。


「お、お邪魔してます。はっ?!」


 リビングにゆっくりと顔から入るとそこには食べ物を口に頬張り箸の先を咥える仏を思わせるかのような姫が降臨していた。その姿を確認した由美はすぐさま跪き、鼻血を堪えようと必死になって抑える。だが今回は目が飛び出そうだ。


「な、何故ここに!?」


「なんでって言われても…私はここに住ませてもらうことになったから」


「あっ、、、」


 つい口走ってしまい姫を困らせてしまった由美はあわあわする。なんとなく状況を察してくれたのかどうかは知らないが女が、、、いや、もう聡美とでも言っておこうか。聡美が「えーっと…」と繋いでくれた。


「2人は〜、、、お知り合い?」


「知り合いってほどでも無いんですけど…」


「この人は私のストーカーよ」


「えっ、、、」


 嫌な熱が体を一瞬で包み込む。由美は焦りと動揺で頭の中で渋滞が起こる。由美の頭の中に存在するとある司令塔はすぐさま逃げろと、また別の司令塔では言い訳を考えなさいと、そのまた別の司令塔では姫の美しさを今のうちに堪能しなさいと命令が飛び交っている。全く機能していない脳を無視して脊髄が下した命令は当事者であるというのに関わらずただ傍観する事だった。


「あら、由美さん“も“ストーカーだったのですね。とても楽しそう!」


「へゃっ!?」


 聡美の意外な反応に意表を突かれ変な声がリビングに響き渡る。由美は慌てて口を塞ぎ姫の顔を見てみた。何故だか姫は青ざめていた。聡美の発言に引いてしまったのだろうか。


「すいません。大きな声出しちゃって…」


「全然いいですよっ。それよりも由美さんもここで暮らしませんか!?」


「ここで暮らす?、、、と言う事は!?」


 由美は姫と暮らせる可能性に興奮して残り少ない血液を鼻からゆっくりと垂らす。しかし当然然うは問屋が卸さない。


「ダメですよっ!誰が私のストーカーなんかと暮らすんですか!」


 当然の反応だ。由美はその反応を分かってはいたがショックは大きい。これがストーカーの運命なのか。これが現実なのかと受け止めるしかなくなった由美はさっさと帰ろうと立ち上がろうとした時だった。


「そーですよね。ストーカーをする人は一緒に暮らす権利などないですよねっ」


「ひっ!」


 さっきまで穏やかだった聡美はいきなり声色のトーンを変えて姫に語りかけた。その時の聡美の笑顔はまさしく悪魔そのものだった。そしてその笑顔に姫の顔には血が通っていない。

この状況からしてにわかには信じがたいがおそらくそういうことなのだろう。


「もしかしてプリンセ…じゃなくてあなたもストーカーだった、、、の?」


 すると由美の質問に答えて姫が口を開く。


「はぁ…私も聡美さんのストーカーなんです」


 由美は驚きというよりも喜びを覚えていた。


「なら私とお揃いですねっ!」


「げっ…あまり近づかないでください」


 四足歩行で素早く姫に近寄り興奮する由美には恐怖を覚える。


 とにかく今この場には聡美をストーキングしている姫。その姫をストーキングしている由美と言うあり得ない状況が展開している。


「と言うことでどうするんですか?」


「どーするって…嫌なんです自分をストーキングする人と暮らすのは…」


「なら警察かしら」


「それだけは!」


 またもトーンを変え姫を脅す。由美はその圧倒的有利な状況に尻尾を振っている。


「由美ちゃんはどーしたい?」


「是非とも暮らしたい所存です!」


 もちろん即答である。


「なら決定ですねっ!」


「うぅ…」


「私がプリンセスと同居ぉぉお!!」


 由美は嬉しさのあまり今後どうするかなんて考えずに聡美と舞い踊る。それとはよそに今後のことを考えて気を落としている姫。


「由美さんと一緒に暮らせるんですか!?」


「へ?」


 そう声をあげたのは姫の隣の席にいた男だ。


「あなた一体誰ですか?」

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