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世界を救うために異界送りにされた闇の勇者を召喚したら思っていた闇と違って大変なことになりました。

作者: メロ

 遥か昔から人間と魔族は争い続けてきた。

 その理由は単純なもので魔族は人間を糧とする。それだけだった。

 双方の戦いは熾烈を極めたが、異界人によって科学をもたらされた人類は魔法と科学、二つの叡智を用いて、魔族を滅ぼした──


 ──かに見えたが、魔族は滅んでなどいなかった。僅かな生き残りを連れ、地の底へ身を隠し、復讐の機会を伺っていた。何故なら、魔族には人類とは比べ物にならない程の長い時があるのだから。


 しかし、自分達の力に自惚れた人類はそれに気付かず、平和を謳歌し、三千年の時が流れた。

 そして、魔族は反乱を起こした。

 かつて魔族は、人間しか持ち得ない科学の前に手も足も出なかった。しかし、長き時の中でそれを上回る魔術を生み出した事で容易く人間を淘汰していった。

 世界の総人口が半数になった頃、魔導鏡を通して全国家での対策会議が行われた。しかし、どの国も自分達の身を案ずるばかりで、足並みが揃う事はなかった。

 それに失望したとある国の王女は決意した。禁忌を犯してでも世界を救う、と。

 だがしかし、それは新たな悪夢の始まりでしかなかった──



「ほ、本当に、やるのですか……」

 男の声は震え、酷く怯えていた。

 それもそのはず、今この場でそれを行う危険性を最も理解しているのは学者である彼だからだ。

「えぇ、もうそれしか方法はないのですから」

 だがしかし、その危険性を理解しているのはシェリルも同じだ。彼女は危険と分かっていながら、それに頼らざるをえない事を重々承知していた。

 遠い昔、空より異界人が現れた事で科学を知り、発展させ、それを世界に普及し栄華を築いた神聖国家シーモア。しかし、今では魔族の反乱により領土の三分の二を奪われ、中央都市セイトで結界を張り籠城する事しか出来なくなっていた。

 そして、シーモアの若き王女シェリルは、その状況を打開するためにある儀式を行おうとしていた。

「分かりました……では、始めます……」

 学者は祭壇に供物を捧げ、古びた魔道書を片手に呪文の詠唱を始めた。

(いよいよ……ですね)

 シェリル達が行っていたのは、異界に追放された闇の勇者を召喚し、自分達に隷属させる儀式だった。

 闇の勇者とは、かつて魔族を滅亡寸前まで追い詰めた最強の勇者だ。しかし、彼は内に大きな闇を秘めていたために魔族を滅ぼさなかった。それを知った七聖賢者達は、いつ魔族側に肩入れしてもおかしくない彼を野放しにする訳にはいかないと異界へ追放した。

 これが闇の勇者について一般的に知られている情報で、闇の勇者がどれ程の力を持っているのかは誰も知らない。

 故に、学者は恐れていたのだ。

「ペトロ、ニーア、ラストロア……」

 学者が呪文の詠唱を終えると辺りは黒い霧に包まれ、祭壇から眩い光が放たれた。

「い、今のは……っ!!」

 光が止み、シェリルの視界に真っ先に入ってきたのは黒い髪の優男だった。

 シェリルは急いで手に持っていた鎖を彼の胸に突き立てた。すると、鎖はみるみる彼の体内へ入っていき、やがて透明になって消えた。

「これで、貴方は」

「…………」

「私の奴隷です!」

 先程の鎖は優男──闇の勇者を隷属させるための魔導具。それにより闇の勇者は彼女の命令に逆らえなくなる。

「ふん、人を呼び戻して奴隷呼ばわりか。 相変わらず、この世界の住人にはクズだな」

「なっ!?」

 シェリルは驚いた。

 何故なら、闇の勇者が異界送りにされたのは三千年以上も前の話。故に、闇の勇者の子孫を呼び出すつもりで、本人が召喚されるとは夢にも思っていなかった。

 どうして本人が召喚されたかは分からない。だが、それはシェリルにとってはどうでも良い事だった。如何なる理由であろうと、目の前にいる人物が魔族を滅ぼせればいいからだ。

 それに、かつて魔族を滅亡寸前まで追い詰めた張本人であれば魔族との戦いに勝ったも同然。まさに嬉しい誤算であった。

 しかし、誤算は誤算でしかない。

「貴方にはこれから世界を救うために魔族と戦ってもらいます」

「世界を救うめにオレが魔族と戦う? ふざけるな、誰がオマエらなんぞのために……ッ!!」

 シェリルが右手を構えると勇者の体に激しい電流が流れ、膝をついた。

「言ったはずです、貴方は奴隷だと」

「…………」

「逆らうことは許しません」

「……ク、クク、ハァーハッハッハッ!」

「何がおかしいのですか? もしかして、ショックで気でも触れましたか?」

「そうなるのはオマエだ」

 勇者がぬらりとゆっくりな動作で立ち上がると、その場にいた十数名の兵士、大臣、学者、シェリル──全ての者が体を震わせた。

(は、ハッタリに決まってる。 だって、この鎖がある限り私には逆らえない。 なのに……)

 シェリルの震えは止まらない。

 何故なら、その時、無意識に恐怖を感じていたからだ。想像を絶する強大な力への恐怖を。

「あぁ……ザコに相応しい良い顔だ、ソソるな」

「だ、黙りなさいっ!」

 シェリルは再び電流で黙らせようと右手を構えるが、闇の勇者は何事もなかったかのように平然と立っていた。

「…………」

「う、嘘……何で、何も……起きないの」

「こんなオモチャでオレを従えれると本気で思っていたのか? 効くワケないだろ、だいたいそんな事が出来るなら魔族にでも使っていろ! ハァーハッハッハッ!」

「クッ……」

 闇の勇者は高笑いを終えると、悔しそうに歯噛みするシェリルに向かってゆっくりと近づいていった。

「そのバトルドレスがオレ好みだったからちょっと遊んでやろうかと思ったが、あんまり図に乗られるとな」

「ひっ!?」

「イラつくんだよ」

 勇者の悪人面が息のかかる程近くに迫ると、シェリルの顔は恐怖で歪み、涙を流した。

「ァ……ァ、アッ……」

「ほう、これは中々……よし、決めたぞ。 おい、ザコブロンド、名は?」

「し、シェリル……シェリル・ハーミストアです」

「……なぁ、シェリル、オレは優しいんだ。 何てたって勇者だからな、オマエの無礼を許してやろうと思う。 ただし、オマエがオレを喜ばせたらだ。 意味は分かるよな?」

「なっ!?」

 シェリルは狼狽した。

 いくら箱入り娘の彼女でも、その意味が分からない程うぶではなかった。それどころか十七歳の彼女にとっては人一倍敏感になる要求であった。

 無論、彼女は育ちの良さゆえに恥じらいを感じ、断ろうとした。

「そ、そんな事は……で、きま……」

「あぁ、そうだ。 そこのオマエ」

 闇の勇者が一人の兵士に向かって手をかざした。すると、兵士は宙へと浮かび、

「わ、わっ、な、ナニを!?」

「オマエ、におうんだよ。 死ね」

 闇の勇者が放った火の玉により跡形もなく燃やし尽くされた。

「で、どうするんだ?」

「…………」

 シェリルは無言のまま首を縦に振った。

「よし、では早速準備をしろ」

「え……ここで、やるのですか?」

「当たり前だろ、ここじゃないと意味がない」

「そ、そんなぁ……」

 シェリルは頰を赤らめ俯いた。よもやこのような人目のある場所で初めてを捧げる事になるとは思っていなかったからだ。

 以前、そのような行為に興奮を覚える輩がいると書物で知っていたが、その輩が自分の前に現れるなど想定外もいいところだ、この変態がっ! と、心の中で軽蔑していた。

 しかし、無力なシェリルに逆らう選択肢はなく、黙って従うしかなかった。

「おい、何をしている?」

「何って、服を脱いで」

「バカか、オマエ! 服を脱いだら意味がないだろ!」

「そ、そうなのですか」

「ったく、水を用意しろ」

「水を……?」

「いいからさっさと用意しろ!」

「は、はいっ」

 シェリルは兵に命令し、言われた通り水を用意した。そして、行為の前に身を清めるために用意したと思い、水をかぶろうとすると、また闇の勇者に一喝された。

「このバカっ、飲むに決まってんだろがっ!」

「の、飲むのですか!?」

「当たり前だろっ! オマエには! ここで! おもらしをしてもらうんだからな!」

「……へ……?」

 ──言うまでなく、勇者を除いて、その場にいた全員の思考が一瞬で凍結した。


✳︎


「ゥゥ、クッ……んんッ……」

「なぁ、もう諦めろ。 そうしたら楽になれるぞ?」

「あ、きら、めま……せ……んんッ! ……ぜ、ぜったいにぃ……」



 ──闇の勇者が驚愕の要求をしてから約三十分後。大量の水を飲まされたシェリルは尿意を感じ始め、闇の勇者からある提案がなされた。

『い、一時間耐えればおも……しなくていい?』

『そうだ、オレはオマエが恥辱にまみれ屈服した顔が見たいんだ。 適当にもらしてお終いではつまらんからな。 だから、ゲームをしようじゃないか』

 つまり、その提案はシェリルを精神的に弄ぶ嗜虐心からくるもの。当然、シェリルは怒りを覚え、目が細く、鋭くなる。

『まぁ、そう睨むな、オマエが勝てば魔族を倒すという願いを叶えてやる』

『…………』

『どうだ? 悪くない提案だろ?』

『私が負けた場合は?』

『わざわざ言わせるな』

『……では、勝った時に貴方が約束を守る保証は?』

『一応、勇者なんだぞ? 嘘はつかないさ』

『信用出来ません。 ですので、運命の導火線をしてください』

『……チッ、めんどうなやつだな、オマエ』


 ──運命の導火線とは、互いの魔力を込めて作った導火線を互いの心臓に結びつけ、一つ盟約を結ぶ儀式だ。盟約を破った者は導火線に火がつき、心臓を焼かれ死ぬ。その効力は二十四時間、如何なる方法でも解く事は出来ず、抗う事も出来ない。


『これで私達はもう嘘がつけません』

『フンッ、優しいオレに感謝するんだな』

『……それで、時間はどう数えるのですか?』

『安心しろ、これで数えてやる』

 闇の勇者は火の玉を出し、時計のように十二個並べ、宙に浮かせた。

『分かりました』

 シェリルが承諾すると闇の勇者は高らかにゲーム開始を宣言した。



 ──ゲーム開始から十分後。

 闇の勇者が出した火の玉が一つ消え、シェリルは笑みをこぼした。

(この調子なら、ギリギリ大丈夫……ん!?)

 しかし、気を抜ける状況ではなかった。

 シェリルにとってまだ我慢出来る範囲内の尿意だが、下腹部が少々ざわつき始めた。なので身をよじらせ、気を紛らわした。

 すると、それを見ていた兵士達はしきりに囁き合った。

『……なぁ……本当にもらすのか……』

『……バカ……我々の命運が掛かってるんだぞ……それに、一国の姫がそう易々と人前でもらすか……』

『……でもよ……もし、もらしたらって思うと……やべぇよ……興奮する……』

『……それは……』

 無論、それはシェリルに耳にも入っていた。

(い、今の……興奮するって……)

 シェリル自身も人前でおもらしをするのが恥ずかしい事くらい重々承知していた。しかし、今のような作られた状況であればその限りではないと思い込もうとしていた。そこへ先程の兵士達の話が耳に入り、作られた状況であろえとも恥ずかしい事に変わりない。寧ろ、作られた状況の方が恥ずかしいのではないかと思い始めた。

「お、そうだ。 辛くなったら手で抑えてもいいぞ」

「し、しません! そんなはしたない格好は……」

 すかさず闇の勇者は動揺を見せたシェリルを煽り、ケラケラと笑った。


 ──三十分後。

「フゥ……フッ……フゥ……」

 火の玉は残り六つとなったが、逸脱した尿意にシェリルの息は大きく乱れて、その様子は誰の目から見てもおもらしをするかもしれないと予感させた。それ程、苦しそうな表情をしていた。

「そろそろ限界なんじゃないか?」

「な、何を、言ってる、んですか。 ま、まだ、まだよゆ、んっ……」

「ほう、そうか」

 闇の勇者の口元がニヤリと歪む。

「……な、何です、これ……」

「何って見れば分かるだろ、お、お、ざ、ら、だよ」

 闇の勇者は魔法で底の深い大皿をシェリルの目の前に出した。

「そろそろ、ギブアップ用のトイレを出してやろうと思ってな。 なぁ、優しいだろ?」

「……クッ……」

「ハハッ、ギブアップするにしてもオマエの短いスカートじゃ見えちまうから結局恥ずかしいだろうがなっ!」

 歯を食いしばるシェリル。だがしかし。


 ──四十分後。

「ハァハァ、ハァ……んっ……ハァハァ……」

 シェリルの余裕はなくなっていた。

 コルセット以上に圧迫感を感じる下腹部、身をよじらせ内股になろうとも誤魔化せない尿意。まるで地獄の業火で身を焼かれているような苦しみを感じていた。

 そして、しないと言っていた格好さえも無意識のうちにやってしまっていた。

(ひ、火の玉は……あと、三つ……)

「無様だな」

「う、うる、んっ!」

 闇の勇者は、激しい尿意に身悶えるシェリルの目の前へと立った。

「このままじゃ結果は見えている。 だから、ここでサービスとして昔話をしてやろう──」


 ──あるところに虫も殺せない優しい少年がいた。

 その少年は優しさゆえに人に気をつかってばかりいた。それに漬け込んだ意地悪な少年は、優しい少年をこきつかい、ストレス発散のために暴力を振るった。

 だが、優しい少年は抵抗しなかった。その優しさゆえにな。

 やがて優しい少年は生きるのが嫌になった。だが、ただ死ぬのも嫌だった。どうせ死ぬなら誰かの身代わりで死にたかった。何せ優しいからな。

 そして、その時はすぐに来た。

 ある日、優しい少年はトラックに轢かれそうになっていた意地悪な少年を助けて死んだ。

 これで、優しい少年は望む形で苦しみから解放され、ハッピーエンド──とはならなかった。優し過ぎたせいでな。

 次に優しい少年が目を覚ますと、目の前に神を名乗る者が現れ、素敵な贈り物を与えた。

 その優しさで新しい命と他を圧倒する力を手にした優しい少年の二度目の人生。それは、とても易しく、全ての人に慕われ、誰も優しい少年には敵わなかった。そして、優しい少年は勇者になり世界を救う旅に出た。優しい世界のために。

 だが、ある日。優しさが優しい少年を殺す。

 長い戦いの果てに、ようやく魔族を追い詰めた優しい少年。後は、残党を殺せば全てが終わる。

 だが、優しい少年は魔王城で現実を見て、ようやく気付いた。優しい自分には魔族を滅せないと。だから、見逃してやったんだ。

 すると、周りの連中は手の平を返し、優しい少年を糾弾した。優しくしてもらった事など全て忘れてな。

 結局、優しさがいつも邪魔になり、不幸にする。だから、


「──オレは自分勝手に生きることにしたんだよっ!」

「優しさ、なんか、じゃ……貴方は、ただの、クズです」

「……ハッ。 じゃあ、そのクズに負けるオマエは何なんだ? 生ゴミか?」

 シェリルの口角がニヤリとあがる。

「負ける? ふふ、まさか。 負け、るのは……貴方ですっ!」

 内股になり、身を捩りながらも、シェリルは宙を指差す。

 その先には、今にも消えそうな十二個目の火の玉があった。

「もう、間もなくで……わ、たしの、勝ち……ふふ、残念……でしたね」

「…………」

「わた、しは……あと、五分なら、耐えれ、ますよ」

 闇の勇者が悔しそうに歯を食いしばると同時に火の玉は消えた。

(やった! これで私の勝ちです! ふふ、ざまぁみろ、ざまぁみろ、ざまぁみろ!!)

 シェリルが満足げに拳を握る。しかし、闇の勇者は、

「……フ……ハハ……」

 口元を抑え、肩を揺らしていた。

「な、何が、そんなに」

「ハァーッハハハハハハハ! 私の勝ち? 笑わせるなよ」

「まさか……や、約束を、反故に……そんな事を、すれば」

「しねぇよ。 だって、まだ終わってねぇんだからな」

「な、何を、言って……もう、じゅぅ、に個の火は……消えて」

「誰がいつ十二個で数えるなんて言った? オレは、これで数えるとしか言ってないぞ」

「なっ!?」

「ほら、よく見ろ」

 消えた十二個の火の玉があった宙の中心に、もう一つの火の玉がゆっくりと姿を現した。

「目に見えないようちょっと細工をしたんだ」

「そ、そんなの、嘘と、同じ、じゃない」

「ハッ、お前の確認不足なだけで嘘は言ってないぞ、嘘はな」

「うっ……ア、アァ」

 シェリルの顔が少しずつ絶望の色に染まっていく。

「なぁ、何で火が一つ消えた時点で、兵士の囁きが聞こえたと思う?」

「…………」

「半分消えたところで皿を出したのも」

「…………」

「くだらん話を長々としたのも」

「…………」

「火が消えるのが少しずつ早くなっているのを悟らせないためだ」

 そして、闇の勇者はシェリルの耳元で囁いた。

「優しいオレから正確な残り時間を教えてやろう。 あと──六分だ。 良かったな、五分も我慢出来て」

 ガランッ! と、何かが割れる大きな音が響き渡る。

 それは、闇の勇者が大皿を割った音。つまり、もうギブアップは許さないという事だ。



 それからの数分間はシェリルのとって悪夢のような時間だった。


「ガンバレ、ガンバレ、やっと一分経ったぞ」

「うっ……ふぅ、ん……」

 闇の勇者に煽られ、


 ──チョロ。

「……っ!」

「どうした? 顔色が悪いぞ?」

「う、うぅ、うる、さい、です」

 少しずつ下着を濡らしてしまい、


 ──ジョワァァァ。

「ん? フッ」

「クッ、うぅ……」

 スカートに沁みが広がり、


 ──ポタ、ポタ。

「なぁ、それもうアウトじゃないか?」

「……だまっ、んっ! ハァ、うぅ、んっ、んんっ……」

「あーあ、あと二分なのになぁ」

 股から大量の雫が床へと溢れ落ちた。


 ──そして、

「ここまでよく頑張ったと褒めてやるよ。 だがな」

「あ、ああ、あ、や……いや……」

「ゲームオーバーだ」

「い……いやぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」

 シェリルの意思とは無関係に足元に大きな水溜りが広がる。それはまさに大瀑布そのもの。

 しばらくして、シェリルは力なく項垂れ、その場にペタンと座りこんだ。


✳︎


 ゲームに勝利した闇の勇者は高らかに笑っていた。しかし、

「……まだ、です……」

 シェリルは敗北を認めていなかった。

「あぁん? 何がまだなんだよ」

「……私は、まだ負けていません……」

「ハァ? 誰がどう見てもオマエの負けだろ」

「……少し、溢れただけです……完全には出し切っていません……だから……」

「子どものゴネかよ、めんどくせぇ」

「貴方だって──うぐっ」

 潰されたヒキガエルのような声をあげるシェリル。それは、闇の勇者がシェリルの下腹部を容赦なく蹴り、残りを無理矢理出させたからだ。

「なら、これでオマエの完全敗北だな」

「カ、ハッ……ァ、ゥゥ、ま、まだ……」

「チッ、オマエなぁ!」

 闇の勇者はシェリルの頭を足で踏み、水溜りへと擦りつけた。

「これでも負けじゃないってか? なぁ、オ──イっ!?」

 闇の勇者は驚愕した。

 何故なら、ゲームで辱しめられ、力で痛めつけられ、絶望の未来しかないはずシェリルの目が死んでいなかったからだ。それどころか百獣の王のように気高く、恐怖さえ感じる強い目だった。

「何だよ、その目は……」

「貴方がいくらいたぶろうと、私は屈服しませんよ」

 シェリルが不敵な笑みを浮かべると闇の勇者は手の平に火の玉を用意した。

「どうやら死にたいようだな」

「……出来ますか? 魔王の娘を殺せなかった貴方に」

「なっ!?」

 闇の勇者の顔が青ざめていく。

「私、貴方の事は書物でよく知っているんですよ。 自分語りが大好きな勇者さん」

「クッ、オマエぇ」

「ふふ、恥ずかしいですか? いい気味です」

「チッ、このザコがぁっ! 死ねぇっ!」

 闇の勇者は勢いに任せ、火の玉をシェリルへとぶつけた。しかし、

「どうしたんですか? そんなヤワな火では服も乾かせませんよ」

 バトルドレスに傷一つつける事すら出来ず、シェリルは鼻で笑った。

 無論、闇の勇者は激しく狼狽した。さっきまでの余裕が嘘かのように。シェリルは、それを見逃さず、さらに追い討ちをかけた。

「貴方が、いじめに反抗出来なかったのも、魔族を滅ぼせなかったのも、優しいからじゃない」

「……まれ」

「自分の選択に責任を取るのが怖かったから」

「……まれ……黙れ……」

「だから、逃げた。 責任からも、この世界からも」

「黙れって言ってるだろがぁっ!」

「ハッキリ言って。 いくら強がろうとも貴方は臆病なままよ、少年」

「違う! オレはあの頃とはちがぁぁぁぁうっ!」

 闇の勇者は手を掲げ、城を──いや、国一つを焼き払ってもおかしくない程の力を秘めた巨大な火の玉を出し、叫んだ。

「オマエの望み通り! 全て燃やしてやる! 永遠にも等しい苦しみの中で後悔しろ! ハハハッ、ハァーハッハッハッ!」

「それは無理ですよ、貴方が先に死にますから」

「ハッ、負け惜しみを」

「負け惜しみじゃないです。 よく見なさい、貴方に残された僅かな時間を」

「何を言って──っ!?」

 シェリルが運命の導火線を指さした事で、闇の勇者は自分の導火線に火がついている事に気付いた。

「な、何故、火がっ!?」

「貴方は嘘をついた。 それだけです」

「バカな、オレは嘘なんか」

「私の思惑通り。 あの頃とは違う、と自分に嘘をついたじゃないですか」

「な、にぃ!?」

 その時、闇の勇者はようやく気付いた。初めからシェリルにはどう転んでも勝算があったという事に。

「まさか、オマエぇ」

「貴方の敗因はたかが涙で私を見下し、いたぶろうとした事と、自分の力を過信した事です」

「クソっ! オレはこんなの認めん、認めんぞぉ! オマエなんかが、オマエなんかがぁっ!」

 導火線の火が闇の勇者の心臓へと到達すると、瞬く間に全身へと火が回った。

「あ、ああ、あぢぃっ、あ、あぢぃ!」

「出来れば貴方を殺したくはありませんでした……でも、負けた以上、そうせざるを得ません。 だから、これで」

「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁあ!!」

「ジ・エンドです」

 眩い光を放ち、闇の勇者は爆散した。

(これで、私の望みも一緒に……)

『ほう、それがオマエの思惑か』

 本来の望むを失い肩を落としたシェリルの頭の中に倒したはずの闇の勇者の声が響き──



「な、何で、生きて……っ!?」

「ハッ、そりゃオマエが夢を見ていたからさ」

 ──現実へと引き戻された。

「ま、まさか……魔法で幻を見せていたとでも言うの……? そんな……あり得ない……あれは不可能なはず、なのに」

「それが、出来たからオレはピンピンしてるんだろ?」

 その瞬間、シェリルの心は完全に折れ、子どものように大声で泣き叫んだ。

「そんなのズルじゃん、バカぁっ」

 最早、そこに一国の姫としての姿はなかった。

「うわぁぁぁぁぁぁあん」

「……オマエ、そのなんだ……案外子どもっぽいんだな、これでは」

「うっさい、バカ、バカ! バカぁ! あんたのせいで何もかも台なしよぉっ」

「…………」

「そもそも幻なんか見せれるなら初めからそうしなさいよぉ、全部意味ないじゃぁん。 しかも、なんでもらさせてからなのよぉ、もらすのも幻で見せなさいよぉー」

「いや、それは、奥の手みたいなもんだし、気軽に使っちゃダメだろ」

「うっさい、うっさい、うっさい! えっぐ、変態ぃ、ひっぐ、変態ぃ、おもらしマニア変態ぃ、バカぁぁぁぁぁぁっ」

 好き放題言うシェリルに対して闇の勇者は我慢の限界を超え、怒った。

「えぇい、黙れ! オマエを試しただけだろうがっ!」

「ふぇ……試す? 何を?」

「オレの主に相応しいかどうかに以外に何があるっ!」

 シェリルは状況を理解出来ず、首を傾げた。

「あーもう、めんどくせぇな! いいか、この鎖は一応機能してるんだよ! 少々、変化しているがな。 だから、あの時ちゃんと黙ったし、導火線もしてやったんだろうが!」

 衝撃の事実にシェリルは大きく目を見開いた。

「チッ、でだ、オレは自分の認めた相手にしか従う気はないから試したってわけだ」

「じゃあ……魔族、倒してくれるの?」

「結果的にはそうなるな。 ただしオレからも条件がある」

「ふわぁーっ! ありがとー!」

 シェリルはあまりの嬉しさで勢いよく闇の勇者へと抱きつくと、闇の勇者からゲンコツをくらってしまった。

「いったぁーい! 何するの!」

「小便まみれの体で抱きつくな」

「なっ、誰のせいだと思ってんのよ!」

「落ち着けよ、せっかく魔族を倒してやるってのに」

「はぁ? いきなりなに言って」

 闇の勇者は懐から剣を抜き、それを大臣へと投げた。

「ぎゃぁああ!!」

「あ、貴方なにやって……!?」

「フンッ」

 さらに、闇の勇者は追い討ちをかけるように火の玉を放ち、爆煙が上がる。そして、煙がはれると筋骨隆々で一つ目の魔族が現れた。

「キサマぁ、なぜ分かった?」

「ハッ、バカが。 におうからに決まってんだろ」

「フ、フフハハ、そうか、におうか……ふざけるなっ!」

 一つ目の魔族が闇の勇者へ飛びかかるも、魔法障壁でいとも容易く防がれた。

「おいおい、そんな原始的な攻撃が通用すると思っていたのか?」

「フ、キサマこそそんな原始的な壁で身を守れると思っているのか?」

 一瞬の出来事だった。

 一つ目の魔族の手が禍々しい黒い光を放つと、闇の勇者の胸が鋭利な爪で貫かれていた。

「かっ、はっ……」

「フフフ、我ら魔族は日々進化しているのだ。 キサマなんぞでは想像も出来ないスピードでな!」

 勝利を確信し、高笑いをする一つ目の魔族。だがしかし、それは即座に恐怖へと一変した。何故なら、胸を貫かれて死ぬはずの闇の勇者が平然としていたからだ。

「キ、キサマ、なぜ死なぬのだ!?」

「は? 当たり前だろ。 だって、オレ不老不死の体(パーフェクト・ボディ)だし」

「……ハ……?」

「何でオレは異界送りにされたと思う? 殺せないからに決まってるだろ。 ちったぁ考えろ、バーカ」

「ウ、ウガァァァ!!」

 衝撃の事実に冷静さを失い、ただ暴れるしかない一つ目の魔族。しかし、そんな攻撃が当たる訳もなく、

「オマエの敗因は最初に仲間を殺された時点で逃げなかったことだ、じゃあな」

 闇の勇者が放った炎の柱に包まれ、絶命した。


✳︎


「あ、あの、ありがとうございます」

 シェリルは闇の勇者へと深々と頭を下げた。

「別にいい。 これは、オマエがオレを喜ばせた対価だ」

「対価?」

「それよりも、だ。 何故、オマエはオレを召喚してまで世界を救いたかったんだ?」

「それは……」

「一応、言っておくがオレはオマエの口から聞きたいだけだ。 あと、綺麗事は言うなよ? これがあるんだからな」

 闇の勇者が導火線を指さすと、シェリルは大きく息を吸い込んだ。そして、しばらくの沈黙の後、大声で叫んだ。

「平和な世界で本を読んでぬくぬく生きたいからですっ!」

 それを聞いた闇の勇者は大笑いをした。

「ハッ、やはりオマエのようなやつならば申し分ないな」

 闇の勇者はシェリルに対して膝をついた。

「シェリル・ハーミストアよ。 我が刃、英知、全てを貴方の理想を叶えるために捧げよう」

「……意外、そういう騎士みたいなこと出来るのね」

「ハッ、オマエの意外さには敵わないがな」

「なっ、貴方ね!」

「さて、茶番はここまでだ。 本題に入るぞ」

「自分からしたくせに……ところで、本題って何ですか?」

「契約についてに決まってるだろうが」

 闇の勇者のシビアな発言を聞いたシェリルは目が点になった。

「いいか? 世の中、ギブ&テイクに御恩と奉公だ。 タダでオマエに従う気はない。 鎖が少々変わったってのもそういうことだ」

「じゃあ、さっき言ってた対価って……あいつを倒してくれたのは……」

「オマエがおもらしでオレを喜ばせたからだ」

「つまり、魔族を倒して欲しければ毎回おも……瀑布をしろと?」

「ハッ、これだから素人は。 そんな訳ないだろ、もっと色々してもらう」

「…………」

「んー、そうだなぁ。 まずは、赤ちゃんプレイ……いや、オマエなら管理の方が……待て、落ち着け、急いてはなんとやらだ……ここは、冷静に……」

「もしかして、内に大きな闇を秘めていたって……」

「よし、決めた。 まずは、オマエのポテンシャルの確認だ。 ちょうど汚れているし風呂へ行くぞ」

「そういう事なのぉぉぉぉっ!!」

 城内中に虚しく響き渡るシェリルの嘆き。しかし、シェリルの悪夢のような日々はまだ始まったばかり。はてさて、これからどんな冒険をする事になるのか。それは誰にも分からない。

 何故なら、これは闇の中へ完結する物語だからだ──



 fin.

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