50:孤独は魔法じゃ癒せない(13)
「まあ、簡単に言うと『青春』かな」
アシュードがどこか遠くを見つめながら、懐かしそうに微笑んだ。アシュードは、メリッサがこれから通う予定の王立ステラ学園の卒業生だ。学生時代を思い出したのだろう。
その微笑みを見ていると、ちょっとだけ悔しくなる。この十二歳の年の差がなければ、同じ教室で勉強をしていたかもしれないのだ。学生時代のアシュードを見られないことが、すごく残念だった。
少ししょんぼりしたメリッサを優しく抱き寄せながら、アシュードは続ける。
「ずっと勉強をしたくてしたくてたまらなかったのに、女だからという理由で、それが叶わなかった人もいる。メリッサには、やりたいことを自由にやらせてやりたいんだ」
メリッサはふと、アシュードの妹を思い出した。異国で勉学に励んでいる方の妹だ。少し話したことがあるくらいだが、あの女性は勉強が好きそうだった。アシュードもその妹のことを考えたのだろう。
「……ありがとね」
メリッサの口から出た感謝の言葉は、とても小さかった。しかし、メリッサは知っている。この男には、どんな小さな言葉でも必ず届くのだ、と。
「どういたしまして」
ほらね。だってこの男ときたら、メリッサのことが大好きなのだから。
*
四月。王立ステラ学園の入学式の日。
メリッサは真新しい制服に身を包み、くるりと回ってみせた。ディオが頬を赤く染めて、ぱちぱちと拍手をしてくれる。
「ししょー、にあうの!」
「ふふ、ありがと……きゃっ!」
調子に乗ったせいか、ぐらりと体が傾く。
――転ぶ!
ぎゅっと目を瞑ると、予想通り、甘い香りに包まれた。大好きなその香りに嬉しくなって、メリッサは抱き留めてくれたその人の名を呼ぶ。
「アシュード!」
「危ないな。この僕がいたから良かったものの……。他の男の前では絶対に転ばないようにしろよ」
アシュードはそう言いながら、歪んでしまった頭のリボンを直してくれる。メリッサは少し膨れっ面になりながら、そっぽを向いた。
「あたしだって、いつもいつも転ぶ訳じゃないし!」
「どうだかな。本当にお前は……」
「ど、どうせあたしは可愛くないですよーだ!」
ふんっと鼻息荒く言うメリッサに、アシュードが苦笑した。そして、やれやれと肩を竦めた後、ポケットから小さな包みを取り出す。中からはお菓子が出てきた。
「ほら、メリッサ。これでも食べて機嫌を直せ」
「あ! いちご味のマカロンだ! あたし、これ、大好き!」
メリッサはそう言って素直に口を開けた。アシュードがマカロンを口に放り込んでくれる。
「おれもたべたいの!」
「ああ、良いぞ。ほら」
ディオもアシュードにマカロンを食べさせてもらって、にこにこの笑顔になった。
「メリッサ、そろそろ行かんと遅刻するじゃろう。初日から遅れるなんて格好悪いぞ」
師匠が部屋の奥から顔を出した。メリッサは時計を確認して慌てる。
「あ、本当だ! 行ってきます!」
「いってらっしゃいなのー」
師匠とディオが並んで見送ってくれた。メリッサはアシュードと共に家を出る。
今、メリッサは学園の近くに借りている家で、アシュードとディオ、それに師匠と仲良く暮らしている。使用人さんたちも優しくて親切なので、とても快適だ。小さな家ではあるけれど、今のメリッサにとっては大切なお城である。
みんなで一緒に暮らすようになったのは一週間ほど前からだ。大好きな婚約者、可愛い弟子、尊敬する師匠。メリッサは大切な人たちに囲まれて、とても幸せに過ごしている。
アシュードと一緒の生活は楽しい。ディオも毎日嬉しそうにはしゃいでいる。師匠の体調も良さそうだ。これから始まる学園生活も、楽しみで仕方ない。
メリッサは小さく笑いを漏らした。
外はもうすっかり春の色だ。王立ステラ学園へ向かう途中、満開の桜が目に入る。天気も良くて心地良い。最高の入学式になりそうだ。
「ああ、そうだ。メリッサ」
「なあに?」
隣を歩くアシュードに、首を傾げながら聞く。アシュードの頬がほんの少し、赤く染まった。
「……あのな」
「うん」
「……お前は、本当に、可愛いよ」
桜の花びらが舞った。
ずっと「可愛くない」だの、「可愛げがない」だの、「素直じゃない」だのと言っていたというのに。
今、こんなところで、初めて「可愛い」と言うなんて。
メリッサは耳まで真っ赤になった上に、なんだか変な汗までかいてしまう。
もう、本当に、この男ときたら。
「そ、そんなこと、知ってるし!」
自分でも可愛くないと思う返事をしてしまうメリッサ。
そんなメリッサの胸元では、翠色の宝石がついたネックレスが揺れていた。アシュードはネックレスを見つめ、優しく微笑む。
桜の舞う通学路。
アシュードがそっとメリッサの手を取った。指を絡めるようにして、優しく握ってくる。メリッサは赤い顔のまま、そっとその手を握り返した。
二人は手を繋ぎ、仲良く並んで歩いていく。
「ひとりぼっち」というのは寂しいものなんだ、と誰かが言っていた。今はメリッサにもその気持ちがよく分かる。「ひとり」は気楽だけれど、大切な人が傍にいてくれる方が、ずっとずっと心地良い。
人と関わることは相変わらず少し面倒だ。でも、本当に親しい人と一緒にいるのは疲れない。むしろ、癒されるということを知った。
仲良くするのは必要最低限で充分。そんなこと、もう思わない。
もっともっと、いろんな人と仲良くなりたい。
もっともっと、自分の世界を広げていきたい。
春の風が吹いた。
眩しく光る太陽。青い空。桜の花びら。翠色の宝石がついたネックレス。
そして、寄り添う二人の影。
進む道はどこまでも明るく、輝いていた。
このお話は、これで完結です。読んで下さって、ありがとうございました!
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