5:この人には傍にいてほしい(5)
「追いついた! もう逃がさないわよ!」
町の中でも食堂などの店が並ぶ賑やかな通りで、メリッサは男の子を再び捕まえることができた。男の子は怯えたようにメリッサを見上げてくる。そんな二人を、町の人が不思議そうにちらちらと見ながら擦れ違っていく。
「はなして! はなしてよー!」
「離す訳ないでしょ! そうだ、あなたのお父さんやお母さんは? どこにいるの?」
ぶんぶんと手を振り回して抵抗していた男の子は、メリッサの言った「お父さん」「お母さん」という単語に、表情を固くした。それから間もなく、その青の瞳に涙が盛り上がっていく。
「おとうさんなんていないもん! おかあさんは、どこかいっちゃった……」
男の子はしゃくりあげながら、大声で泣き始めた。最初に出会った泣き方とは全く違う、心の底から絞り出すような悲痛な声だった。メリッサはこの小さな男の子が、急に哀れに思えてきた。
ひとりぼっちのこの子は、きっと寂しかったのだろう。寂しくて寂しくてたまらなくて、誰かに傍にいてほしくて。でも、どうしたら良いのか分からなくて。それで、魔法に頼ったのではないだろうか。
メリッサも孤児だった。だから、その気持ちがなんとなく想像がついた。しかし、どんな事情があったにせよ、魔法はこんな風に悪用して良いものではない。
「どんなに寂しくても、どんなに辛くても。人の心は人のものだよ。これからは自分勝手に魔法を使わないようにね。……約束できるなら、このお菓子をあげる」
メリッサは優しく男の子に語りかけ、アシュードが買ってくれたお菓子の袋を開けた。小さく可愛らしい焼き菓子を、ころんと小さな手のひらに乗せてやる。男の子はぐすぐすと鼻を鳴らしながらも、そのお菓子を頬張った。
「……おいしい」
「うん、良い子」
メリッサは男の子の頭をよしよしと撫でてやった。紫色の髪の毛は土で汚れていたけれど、さらさらとしていて手触りが良かった。男の子はもぐもぐと小さな口を一生懸命動かして、お菓子を食べきった。
「……のどがかわいた。おちゃがのみたい」
「……あなた、結構図太いのね」
呆れながらも、男の子の顔が少し明るくなったことに安堵する。メリッサは改めて男の子に向き直り、姿勢を正す。男の子も釣られて、姿勢を正した。
「あなたのお名前は?」
「……ディオ」
「そう。じゃあディオ。これからあたしと一緒に王都に行こう」
男の子――ディオが使っていた、町の人を操る魔法。具体的にどれほどの被害があったのかは、今の時点では分からない。それを調査し終わるまでは、犯人であるこの子を王都にある魔術師団で保護しなくてはならないのだ。
「おれ、つかまるの? なぐられる?」
「殴られたりなんかしないよ。調査が終わって特に問題がなかったら、その時はすぐにこの町に帰ってこられるから」
「……おれ、このまち、きらい。こんなところ、かえりたくない……」
俯いて、ぎゅっとズボンを握り締めるディオ。メリッサはひとつ息を吐くと、ディオを抱き上げた。ディオは急なことに驚いて、珍妙な声をあげる。
「ふひゃあ! なにするのー!」
「暴れないで。大丈夫。あたし、ディオくらいの子どもを抱っこするの、慣れてるし」
ディオは落ち着かないのか、メリッサの腕の中でもぞもぞ動いた。メリッサは手に持っていたお菓子の袋を落としそうになって、慌ててディオを抱き直す。
「この袋、ディオが持ってて。落としたら駄目だよ」
そう言ってお菓子の袋を渡すと、ディオはこくりと頷いた。
「もういっこ、たべたい」
「本当に図太いね。……良いよ、一個だけね」
メリッサはディオを抱っこしたまま歩きだした。この町にかかっていた奇妙な魔法も消したし、犯人も捕まえた。あとは、アシュードと合流して、王都に戻るだけである。
「ね、ディオ」
「なあに?」
「この町の宿屋さんってどの辺にあるの?」
「あっち」
ディオが指さす方向へ進むと、すぐに宿屋が見つかった。その入り口の前にアシュードが立っている。メリッサはなんだかほっとして、早足でアシュードに駆け寄った。
「アシュード!」
「遅い! こんなに暗い中、お前みたいな子どもひとりじゃ危ないだろう! ……ん? ひとりじゃない、だと?」
「あ、この子ディオっていうの。とりあえず、王都の魔術師団に連れて帰らないと」
アシュードにディオの顔を見せようとすると、ディオが震えてメリッサにしがみついてきた。
「こわい、なぐらないで。おれ、よいこにするから……」
「ディオ?」
「いたいのは、いやだ。ごめんなさい、ごめんなさい」
メリッサとアシュードは顔を見合わせた。ディオは大人の男の人が恐いらしく、アシュードの方を見ようともせず震え続けている。
「おい、ちびっこ。僕は別に殴ったりなんかしないぞ」
「い、いやだ! いやだー!」
ディオがぶんぶんと首を振って、手のひらをアシュードに向けた。キラキラと光の粒が広がって、アシュードの体を一瞬で包み込む。メリッサは咄嗟にディオの発した魔法を無効化しようとしたが、魔力が枯渇していて上手くできなかった。
「ちょっと、ディオ! 止めなさい!」
メリッサはぎゅっと強くディオを抱き締めた。ディオはふきゅっと息を漏らして、はっと気付いたように魔法を止めた。
「……おれ、また、わるいまほう、つかっちゃった?」
「大丈夫。どんな魔法でも、このあたしがいればなんとかなるんだから」
少し落ち着きを取り戻したディオを下ろし、アシュードの傍に寄る。アシュードは蹲り、胸のあたりを押さえていた。顔を伏せているので、表情は分からない。
「アシュード、大丈夫? 苦しくはない?」
メリッサはアシュードの隣にしゃがんで、顔を覗き込もうとした。しかし、その瞬間、アシュードが勢いよく顔を上げ、すぐ傍のメリッサではなく、ディオの方を見た。そして、その表情を緩めた。
「おいで」
そう言ったアシュードの声は、今まで聞いたことがないくらい甘く、優しい響きを持っていた。メリッサはぽかんと口を開ける。誰だコイツ、と思った。
「……あの、おれは」
「遠慮なんてしなくて良い。ほら、おいで」
アシュードが柔らかい笑顔で両手を広げた。ディオはおずおずと近付いていく。
「驚かせて悪かったな。もう怒ったりしないから、安心しろ」
「……うん」
アシュードがディオを抱き上げ、宿屋の中へと入っていく。メリッサは呆然としたまま、その様子を目で追っていた。しかし、置いていかれたことに気付くと、慌ててその後を追う。