48:孤独は魔法じゃ癒せない(11)
部屋に戻ると、アシュードが期待の眼差しを向けてきた。メリッサは恥ずかしくなって、贈り物を背中に隠して目を逸らす。
「メリッサ」
アシュードがメリッサの名を呼んだ。その声はすごく嬉しそうに弾んでいる。そっと上目遣いでアシュードの顔を見ると、ものすごく優しい微笑みを向けられた。
「えっと、これ。あたしから、アシュードへの贈り物」
ぎゅっと目を瞑り、勢いよくメリッサは贈り物を差し出した。全身が熱い。心臓は飛び出るんじゃないかというくらい激しく跳ねている。情けないことに、ふるふると手が震えた。
「ありがとう、メリッサ」
アシュードは、メリッサの震える手から贈り物を受け取ってくれた。赤いリボンが光を受けて、優しくきらめく。
「開けて良いか?」
「うん」
メリッサが小さく頷くと、アシュードはさっそく贈り物の包みを開けた。中から手のひらに乗るくらいの球体が現れる。
「これは?」
「えっとね、最新の魔導具なの。これね、照明なんだけど、こうやったら光の明るさや色が変わるんだよ」
メリッサはそう言いながら、実演してみせる。アシュードは感心したように何度も頷きながら、それを見守る。不思議な光に気付いたディオも寄ってきて「ほわあ!」と歓声をあげた。
「メリッサ、本当にありがとう。大切にする」
アシュードが改めて、メリッサからの贈り物を大切そうに手のひらに包み込む。なんだか本当に恥ずかしい。アシュードの一挙一動に全部ドキドキしてしまう。これ、普通に告白するより明らかに恥ずかしい気がしてきた。
「あ、えっと! あたしもアシュードからの贈り物、開けて良い?」
「どうぞ」
ドキドキしているのを隠すように平静を装って、アシュードからの贈り物を開ける。中から出てきたのは、小さな翠色の宝石が真ん中についているネックレスだった。暗めの茶色をした繊細な細工が宝石のまわりに施されている。かなり大人っぽいデザインに、また大きく心臓が跳ねてしまう。
「大人っぽいの、あたし、似合うかなあ」
「つけてやるよ」
すっとアシュードが後ろに回って、メリッサにネックレスをつけてくれる。
「ほわあ! めりっさ、にあうの! かわいいのー!」
ディオがにこにこしながら褒めてくれる。可愛い。メリッサも釣られてにこりと笑うと、アシュードが後ろから小声で囁いてきた。
「知っているか? 隣のジーク皇国では、愛する人に自分の髪や瞳の色をしたものを贈るという慣習があるんだ。それが『私はあなたを愛しています』という意思表示になるらしい。そして、その贈り物を受け取った人がその贈られたものを身につけることで『自分も愛しています』という返事になるんだそうだ」
メリッサは改めてネックレスを見つめる。翠色の宝石は、アシュードの瞳の色。暗めの茶色の細工は、アシュードの髪の色だ。
「……つけてくれるよな? メリッサ」
この男は、もう、どれだけ人の心臓を狙い撃ちしてくるつもりなのか。こっちは真っ赤な顔で頷くしかできないではないか。
そんなメリッサを見て、アシュードが楽しそうに声をあげて笑った。ディオもぴょんぴょん跳ねながら、真似をするようにして笑う。楽しい楽しい精霊祭。三人で過ごす、かけがえのない時間。
ひとしきり笑った後、アシュードが真剣な顔でメリッサと向き合った。
「メリッサ、改めて言う。僕はメリッサが好きだ。メリッサと結婚したい。これからの人生、ずっと一緒に生きていきたいんだ」
それは、アシュードからのプロポーズ。メリッサは迷わず頷いた。
「うん、良いよ。あたしもアシュードのこと好きだもん。……あたしが、アシュードのこと、ちゃんともらってあげる!」
「……ちょっと待て。なんで僕がもらわれる方なんだ。そこは素直に嫁に来てくれよ」
アシュードの真顔の突っ込みに、メリッサは噴き出した。この男と一緒にいると、本当に飽きない。
笑いがなかなか止まらないメリッサのスカートを、ディオがつんつんと引っ張る。
「ねえ、めりっさ。めりっさは、およめにいくの?」
とても懐かしい質問だと思った。以前、そう聞かれた時には上手く答えられず、保留にしたままだったことを思い出す。
でも、もう悩まない。迷わない。メリッサはディオの前にしゃがんで、目線を合わせた。
「うん。あたし、アシュードのところにお嫁に行くことにする」
そう言った途端、ひょいっとアシュードに抱き上げられた。驚いてアシュードにしがみつくと、アシュードが本当に嬉しそうに笑った。
「よし、決まりだな。結婚したら一緒に暮らすぞ。もちろん、ディオも一緒だ!」
「え、良いの?」
「良いに決まってるだろ。僕にとって、ディオはもう他人じゃないんだ」
アシュードとメリッサが揃ってディオを見つめると、ディオは目をぱちぱちと瞬かせた。それから、ぱああと顔を明るくする。
「おれもいっしょ? めりっさとあしゅーどと、ずっといっしょなの?」
「そうだ。嬉しいだろう!」
「うん! おれね、うれしいの! しあわせなのー!」
ディオがアシュードの脚にしがみついて喜んだ。
メリッサは幸せな気分で、そっと目を閉じる。この人といると絶対幸せになれるんだ、と確信しながら。
*
精霊祭も無事に終わり、新年を迎えた。魔術師団のすぐ近くの王城では、新しい年を祝うパーティーが行われている。賑やかな音楽が微かに聞こえてきていた。
「……師匠、そろそろ機嫌を直してよ」
メリッサは医務室のベッドに横になっている師匠にうんざりしていた。
精霊祭の日。アシュードのことばかりに気を取られ、師匠のことをすっかり忘れていた。翌日になってから思い出して、ディオと一緒に一日遅れで精霊祭の贈り物を渡しに行くと、盛大に拗ねられた。
「去年までは、ワシがメリッサと一緒に過ごしておったというのに!」
悔しそうにベッドの上で拳を握る師匠。いまだその悔しさが晴れないらしく、新年になっても拗ねたままだった。
「師匠、もう新年だよ? 新しい気持ちで、清々しく過ごそうよ」
「しだんちょ、げんきだすのー」
ディオも一緒になって慰めてくれる。この子は本当に賢くて、優しくて、可愛い。
「ワシはもう師団長ではないぞ。だからディオ、ワシのことは三人組と同じように『ヒューじいじ』と呼ぶんじゃ」
「うん、わかった! ひゅーじーじ!」
「そうじゃ! ディオは良い子じゃのう」
「えへへー」
そう。師匠ヒューミリスは今日から魔術師団長ではなくなった。長年補佐をしてくれていた年輩の魔術師にその座を渡したのだ。まあそれも一時的な措置なのだそうで、メリッサがもう少し大人になったら、その座はメリッサのものになるらしい。魔力量の高い者の宿命なのだそうだ。




