表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/50

46:孤独は魔法じゃ癒せない(9)

 しかし、そんなの恐くない。メリッサはクリスに目配せをする。クリスが目をぱちぱちと瞬かせた後、にこっと笑った。


「ぼくはアシュのみかただよ! アシュがことわるっていうなら、そうするといいの!」

「え、クリス王子……?」


 エマの父親が呆気にとられたように(つぶや)いた。そう、この場で一番身分が高いのは、王族のクリスである。身分が武器にならないことを悟り、エマもその両親も悔しそうに歯噛みする。


「し、しかし! 我が娘ももう結婚するつもりでいろいろ準備しているんだ! それに、そこの顔が良いだけの小娘なんかより、我が娘の方が優れている!」

「顔が良いだけ……?」


 アシュードが片眉を跳ね上げた。そして、困ったように小さく笑いを漏らす。


「メリッサは顔だけではありませんよ。優秀な魔術師として活躍しています。王立ステラ学園から直々に声がかかるほどの実力ですよ」

「学園から……?」


 さっとエマの父親が顔を青くした。メリッサにはよく分からないが、学園から声がかかるというのは、どうやらとてもすごいことらしい。

 しかし、エマは父親とは逆に顔を赤くして、震える声で言う。


「そうよ、この子は魔術師。アシュード様を魔法で操っているに決まっているわ。なんて恐ろしい子なの? アシュード様が可哀相(かわいそう)よ……」


 メリッサは「操ったりなんかしない」と反論しようと口を開きかけた。しかし、それよりも早く、ディオが駆け寄ってきた。メリッサとアシュードを(かば)うようにして前に立つ。


「ひとのこころは、ひとのものなの。まじゅちゅしは、じぶんかってにまほうはつかわないの。だから、めりっさはおそろしくないの」


 頑張って話す小さな背中。その話す内容は、出会った時にメリッサが教えたことだった。こんなに小さいのに、ディオはちゃんとメリッサの言葉を覚えていたようだ。


「そんなの信用できないわ。ああ、やっぱり魔術師は最低ね……」


 なぜかは分からないが、エマは相当魔術師に偏見があるらしい。もしかしたら、ここまでアシュードとの結婚にこだわるのも、魔術師であるメリッサに対抗したいからなのかもしれない。

 しかし、メリッサのことだけならまだしも、魔術師全てを悪く言われるのは腹が立つ。魔術師団で共に働く人たちの顔を思い出す。みんな、案外良い人たちなのだ。


 メリッサは小さく息を吐く。すると、手をぎゅっとアシュードに握られた。驚いて見上げると、アシュードは静かに頷いてみせる。反論しても良いということだろうか。


 大きくて温かなその手を握り返す。メリッサの心の中に、熱くてまっすぐなものが()いてきた。そう、これはきっと、勇気というやつだ。

 アシュードが前に立っているディオを小声で呼び寄せた。ディオは素直にアシュードの傍に行き、その膝の上に乗せてもらう。


 メリッサはディオとアシュードを改めて見つめ、そしてにっこりと微笑んだ。

 この二人がいてくれるなら、きっと、大丈夫。


 ゆっくりと深呼吸をした後、メリッサはすっと姿勢を正した。


「あのね、エマさん。あたし、やっぱりあなたにアシュードは渡さない。というか、渡せない。だって、あたしはアシュードのことが好きだから。エマさんよりも、ずっとずっと、あたしの方がアシュードを必要としているから」


 エマがじっとメリッサを見つめてくる。何の感情も浮かんでいないような静かな目だ。メリッサは目を()らすことなく、言葉を続ける。


「だから、あたしは全力でアシュードを守る。アシュードが欲しいなら、魔術師団を敵に回す覚悟をして下さいね」

「な、なんですって……」

「あたし、本気なの。子どもだからって、馬鹿にしないで」


 真剣な目でエマを見据える。エマの顔が歪んだ。エマは隣の父親に(すが)りついて訴え始める。


「お父様! どうにかして! 私、こんなの認めないわ!」

「エマ……」


 父親は複雑そうな顔をして、視線をうろうろさせた。魔術師団を敵に回すのはまずいと思っているようだ。

 あと一息。クリスの方に目を()って、メリッサは(たた)みかける。


「魔術師団はもちろん、きっと王族も敵に回すことになる。それでも良いなら……」

「分かった! この縁談はなかったことにする! それで良いんだろう!」


 エマの父親が叫ぶように言った。エマが目を見開いて父親を見る。信じられない、とでも言うような顔で。


「どうして? どうしてお父様もアシュード様も、私をいじめるの? ……メリッサちゃんのせいね? メリッサちゃん、貴女さえいなければ、私はこんな(みじ)めな思いをしなくて済んだのに!」


 エマが立ち上がり、涙声で手を振り上げた。メリッサはぎゅっと目を(つむ)る。殴られたって、この気持ちは変わらない。これでアシュードが手に入るなら安いものだ。

 しかし、その手がメリッサに届くことはなかった。アシュードがエマの手を止めていたからだ。


「エマ様。以前『旦那様から溺愛されている花嫁になりたい』と、そう(おっしゃ)っていましたよね。でも、残念ですが、僕はその願いを叶えてあげられないんです」

「……アシュード様?」

「僕が愛しているのはメリッサだけなので。どんなに努力しても、きっと僕はメリッサ以上に貴女を愛することなんてできはしない。それに、貴女も僕のことを愛するなんてできないでしょう? ……もう、終わりにしましょう。これ以上は、お互い、何の益もない」


 静かなアシュードの言葉に、エマが力なく項垂(うなだ)れた。


 戦いが終わった瞬間であった。




 エマとその両親は逃げるように去っていった。とりあえず、エマとの縁談は無事に白紙に戻ったので、一安心ではあるのだが。


「エマさん、次はちゃんと愛してくれる人と(めぐ)()えると良いね……」


 メリッサは走り去る馬車を見つめながら、ぼんやりと言った。隣に立っていたアシュードが、不思議そうに首を傾げる。


「なぜそんなことを気にするんだ」

「だって、もうアシュードに関わってほしくないし。今回はまあ、こんなことになっちゃったけど、別に不幸になってほしい訳じゃないし」


 メリッサがそう言うと、アシュードはぽんぽんと頭を優しく撫でてくれた。なんだか、ちょっとだけ、泣きそうになる。

 そんなしんみりとした空気を打ち破ったのは、可愛い子どもたちの声だった。


「メリッサねえね、そろそろかえらないと!」

「せいれいさいのおくりもの、わすれちゃだめなの!」

「いそがないと、よるになっちゃう!」

「めりっさ、はやくはやくなのー!」


 じたばたと足踏みをする子どもたち。可愛い。

 メリッサはくすりと笑った後、アシュードを見上げた。


「あの、アシュード。あたしね、今夜はアシュードと一緒にいたい。精霊祭の、特別な夜だし。その、素敵な夜にしたいなって、思ってて……」


 こうして素直な気持ちを伝えるのは恥ずかしい。頬が熱くなるし、目も少し潤んでしまう。それでも懇願するようにアシュードを見つめると、アシュードがごくりと(つば)を飲み込んだ。


「素敵な夜、だと? あ、いや、嬉しいが、ちょっとまだ早くないか? その、心の準備がだな……」

「え? ディオと一緒にパーティーするのに心の準備が必要なの?」


 きょとんとして目を瞬かせると、アシュードがぽかんと口を開けた。それから、片手で目を覆い、深く項垂(うなだ)れる。


「……うん。そうだよな。お前はまだ子どもだもんな……」

「なにそれ、意味分かんない。それより、あたしたちと一緒に来るの? 来ないの?」


 メリッサの質問に、アシュードは一呼吸置いてから答えた。


「……行くに決まっているだろう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] >なんて恐ろしい子なの? 身分を盾に人を従わせようとする人も相当恐ろしいと思うよ。 魔術師の精神操作の魔術と同じで、それが無理やりか合意の上かなんて、第三者には判断がつかないよ。 そしてな…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ