44:孤独は魔法じゃ癒せない(7)
「さて、行くわよ、ディオ!」
「うん! よういばんたんなの!」
アシュードの家にエマが来る予定だと聞いたので、そこに向かうことにする。メリッサはディオと共にその場に乗り込むつもりであった。魔法の力で動く馬車も、特別に貸してもらえるように事前に話をつけておいた。抜かりはない。
ディオと一緒に馬車に乗って、いざ出発しようとした、その時。
「ねえね、まって!」
「ねえね、オレたちもいくの!」
「ねえね、おいていかないで!」
ちびっこ三人組が必死な顔で走ってきた。メリッサは馬車の扉を開けると、三人を迎え入れる。後から追いかけてきていた護衛騎士も、馬車の中に駆け込んできた。
「どうしたの、みんな? あたし、これからアシュードを奪いに行くだけだよ?」
メリッサが首を傾げながら言った言葉に、護衛騎士が咳き込んだ。なんか「十二歳も年上の男を奪いに行くとか……」と呟いているようだが、まあ気にしないことにする。
「ママが、ようすをみてきてっていうから!」
「ママが、アシュとねえねがきになるっていうから!」
「ママが、『なにそれ、もえる』っていうから!」
馬車が走りだすと、三人が次々と話し始めた。どうやらメリッサがアシュードを奪い返しに行くことが伝わっていたらしく、どうなるのか心配した三人組のママが子どもたちを送り込んできたようだ。しかし、『もえる』ってなんだろう。
「あ、ねえね、せいれいさいのおくりもの、うけとってー!」
「オレのも、うけとってー!」
「ぼくのも、うけとってー!」
緑色のリボンがついた贈り物が、メリッサの前に三つ並んだ。メリッサは笑顔でそれを受け取る。ディオにも同じように三人組から贈り物が渡され、ディオもにこにこと笑っていた。
「ありがとう、みんな。あたしやディオからの贈り物は、魔術師団に戻ってからあげるね」
「わーい!」
「たのしみー!」
「はやくアシュをうばってかえろー!」
三人組はいつもより興奮気味である。精霊祭という楽しい雰囲気に乗せられているのかもしれない。明るい三人組のおかげで、メリッサはますます元気が出てきた。
空には絵筆ですっと一本の線を引いたような白い雲が浮かんでいた。その雲を眺めながら、馬車は全速力で駆けていく。アシュードの家までスピードを落とすことなく、メリッサは馬車を走らせ続けた。
そのおかげか、思ったより早く目的地に辿り着いた。大きな屋敷は相変わらず堂々としていて、威圧感がすごい。
「みんな、行くよー!」
「おー!」
メリッサの号令に、子どもたち四人が揃って拳を振り上げた。
「クリス王子殿下、ガント様、ロイ様。そして、メリッサ様、ディオ様。お待ちしておりました。どうぞ、お入り下さい」
お見合いの日と同じように、屋敷の使用人が声を掛けてきた。今回も事前に話が通してあったようだ。
「エマ様とそのご両親がいらっしゃるのは、午後三時の予定です。今はまだ二時前なので、あと一時間は先ですね。ですので、まずはアシュード様のところにご案内させていただきます」
メリッサはもちろん、四人の子どもたちもこくりと頷く。まだ敵が来ていないのだから仕方ない。というか、張り切って早く来すぎてしまった。広く長い廊下を使用人に導かれ、メリッサと子どもたちは歩く。
ほどなくして、アシュードの部屋の前に着いた。使用人が丁寧にノックをした後、扉を開けてくれる。
「あしゅーどー!」
一番に飛び出したのはディオだ。全力で走り、部屋にいたアシュードの背中に激突した。続いて、三人組が歓声をあげながら飛び付いていく。一瞬にしてアシュードは子どもたちの中に埋もれてしまった。
「何事だ! え? ディオ? クリス王子やガント、ロイまで?」
アシュードが子どもたちをひっつけたまま振り返る。そして、メリッサと目が合った。
メリッサは頬を染め、にこりと微笑んだ。
今日のアシュードは、落ち着いた正装姿である。黒っぽい衣装なので、引き締まった雰囲気を醸し出している。こういうぴしりとした格好も良く似合うんだなとメリッサは見惚れた。髪を後ろに撫で付けているところは久しぶりに見るので、少しドキドキしてしまう。
「……で、何でメリッサと子どもたちがここにいるんだ」
足にへばりついているディオの頭を優しく撫でながら、アシュードが困惑顔で言った。撫でられたディオはというと、とても幸せそうな顔でにこにこ笑っている。
「あたし、じっとしていられなくて……」
「僕は待っていてくれと言ったはずだ。信じていないのか、この僕を」
拗ねているかのようなアシュードの声に、メリッサはちょっと慌ててしまう。
信じていない訳ではない。ただ、欲しいものは欲しいと主張して、自分から手に入れに行こうと思っただけだ。
「信じてるよ。信じてるけど、待っているだけは嫌だったんだもん。あたし、エマさんからアシュードのこと奪い返すって決めちゃったし」
「……奪い返す、だと? この僕を?」
「うん。……駄目?」
胸の前で両手を組み、小首を傾げてアシュードを上目遣いで窺う。うるうると瞳を潤ませれば、アシュードの顔が瞬時に真っ赤になった。
「メリッサ、お前、どこでそんな技を手に入れたんだ……」
「技?」
「他の男の前でそういうの絶対するなよ。美少女にそんな目で見られて平気な奴なんて、この僕以外にはいないからな!」
そう言いつつ、アシュードは真っ赤な顔のまま意味もなくうろつく。全く平気ではなさそうな姿に、メリッサは首を傾げた。やっぱりこの男の考えることはよく分からない。
部屋の中を落ち着きなく歩き回るアシュードの後ろを、ディオがついて歩く。それを見た三人組も一緒になって歩き始めた。
アシュードを先頭に、四人の子どもたちが一列になってぞろぞろと歩く。そんな光景を、通りかかった使用人が見て「な、何の行列……?」と目を丸くした。
「とりあえず、あれだな。こうなったら使えるものは全て使って、見合い話を破談にすることにしよう。という訳で、みんな、まず着替えろ」
ぴたりと急に止まったアシュードが、いきなり指示を出す。子どもたちはきょとんとした顔で、揃って首を傾げる。メリッサも訳が分からなくて、思わず不審な表情になってしまった。
「なんでいきなり着替え? というか、この屋敷にみんなの服なんてないでしょ?」
「クリス王子、ガント、ロイはよく泊まりに来るし、服くらい置いてある。ディオは僕の子どもの頃の服があるから、それを着ると良い。メリッサの分は、新しく購入してあるはずだから、すぐに出せるだろう」
新しく購入とは、どういうことだろう。疑問が次から次へと湧き起こる。
しかし、その疑問は解決されることなく、メリッサは女性の使用人に連れられて衣裳部屋へと通された。
衣裳部屋に入ると、使用人の女性が数人ほど待ち構えていた。どの女性も目が輝いている。
「まあ! このお嬢様がアシュード坊ちゃんの恋人?」
「若いわねえ! 可愛いわねえ!」
「坊ちゃんから許可が出たわ。ドレスの準備は良い?」
「もちろんよ!」
お仕着せ姿の四十代くらいの女性たちが、嬉しそうにメリッサににじり寄ってきた。メリッサは思わず後ずさるが、両脇をがしっと別の女性たちに固められてしまう。




