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41:孤独は魔法じゃ癒せない(4)

 ――ディオ。

 可愛い可愛いあたしの元弟子。「おれがそばにいるからね」って言ってくれたの、すごく嬉しかったよ。最近のあたしは、ディオに弱いところばかり見せちゃってたから、ディオがおうちに帰りたくなっても仕方ないよね。


 ごめんね。お母さんにいっぱい可愛がってもらって、幸せになってね。

 (はな)(ばな)れになっても、あたしはずっと、ディオのこと大好き。




 ――師匠。

 ずっと傍にいてくれた、あたしの唯一の家族。いつも朗らかに笑っていて、優しく頭を撫でてくれた。素直になれずに生意気なことばかり言っていたあたしを、ちゃんと叱ってくれたよね。今となっては、それもありがたかったなって思うよ。


 もう、目を覚ましてくれないのかな。ちゃんと、今までのお礼、伝えたかったな。

 このままお別れすることになっても、あたしはずっと、師匠のこと大好き。




 ――アシュード。

 気付けばなぜか傍にいた変な奴。「好きだ」って告白したかと思えばすぐにいなくなっちゃうし。他の女と結婚するとか言うし。本当、なんなの。十二歳の年の差を気にしてたのは、アシュードだけだと思ってるの?


 あのね。アシュードがいないから、あたし怪我したんだよ。

 なんでいつもみたいに抱き留めてくれないの。なんでいつもみたいに構ってくれないの。なんでいつもみたいにいちご味のお菓子くれないの。なんでいつもみたいに手を握ってくれないの。


 会えない日が続いたら、あたしはきっと、アシュードのこと……。




 「ひとりぼっち」というのは寂しいものなんだ、と誰かが言っていた。今、その気持ちが痛いほどよく分かる。「ひとり」でいる方が気楽で良いなんて、嘘だ。


 仲良くするのは必要最低限で充分、なんて、やっぱり間違っていた。


 大好きな人、大切な人が多ければ多いほど、「ひとりぼっち」になんてならなくて済むのだ。メリッサの大好きな人、大切な人は何人いるだろう。手の指の数より少ないのではないだろうか。


 そのうちの三人も一気に失ってしまうなんて。しかも、一番大好きだと思っていた人たちばかり。

 今、メリッサは「ひとり」。誰も傍にいてくれない。




 どんなに優秀な魔術師だと言われていても。

 どんなに魔法を使うのが上手にできたとしても。


 孤独は、魔法じゃ、癒せない。



 *



 ディオは一生懸命おうちに向かって走った。途中で転んで膝を()()いたけれど、泣かずに起き上がった。

 おうちに着いて扉を開けると、お母さんがいた。ディオはほっと息を吐く。


「ディオ? あんた、なんでこんなところにいるの」

「あのね、おれね、ばしゃにのりたいの! おかね、かしてほしいの!」


 ディオの言葉に、お母さんはすごく嫌そうな顔をした。


「はあ? あんたに渡すお金なんてないわよ」

「でも、おれ、いきたいところがあるの!」

「……(うるさ)い!」


 ばちんと音がしたかと思うと、ディオの右のほっぺたがじんじんと熱くなった。お母さんは鬼みたいな顔で怒っていた。


「この役立たず! 出来損ない! 出ていってよ、私の邪魔しないで!」


 ディオはおうちの外へ突き飛ばされた。それから扉を閉められてしまう。ガチャリと鍵がかけられる音がした。


「おかあさん! あけて!」


 どんどんと扉を叩いて、ディオは叫んだ。けれど、お母さんは扉を開けてくれなかった。ディオの目にみるみる涙が溜まっていく。


 そこに、メリッサといつも仲良く話をしている魔術師のお姉さんが来てくれた。確かメリッサはこのお姉さんのことを「先輩」と呼んでいた。ディオはその「先輩」を見上げて、ぽろぽろと涙を零した。


「どうしたの、ディオ? ほっぺた、赤くなってるじゃないの」

「あのね、おれ、いきたいとこ、あるの」


 ディオはしゃくりあげながら、一生懸命「先輩」に訴えた。「先輩」は(つたな)いディオの言葉をちゃんと聞いてくれる。


「おれね、めりっさをえがおにしたいの。だから、いきたいの」

「どこに行きたいの?」

「あのね……」


 ディオが行き先を告げると、「先輩」は目を丸くした。それから、にやりと笑う。


「なるほど。確かにメリッサを元気づけられそうね。よし、じゃあ私と一緒に行こうか。メリッサのために!」

「いいの?」


 ディオの顔がぱあっと明るくなった。もう日は沈んでしまい、冷たい風がぴゅうぴゅう吹きつけてきたが、心の中はぽかぽかになる。

 ディオの小さな手を「先輩」が握ってくれた。一緒に馬車に乗るために歩き始める。星がきらきらと瞬いて、ディオを励ましてくれた。


 ディオはまっすぐ前を向いて、そっと(つぶや)く。


「よいこでまっててね、めりっさ」



 *



 甘い香りがする。メリッサの好きな香りだ。目を閉じたまま、くんくんとその香りを()いでいると、大きくて温かな手がメリッサの頭を撫でてきた。優しいその手つきに、ふにゃりと頬が緩んでしまう。


 誰かに抱っこしてもらっているみたいだ。すごく温かくて気持ち良い。メリッサはすぐ近くにあるその体に、無意識に擦り寄った。上の方から小さく笑う声がした。ぎゅっと抱き寄せられて、甘い香りが一層強くなる。


 おかしいな。大好きな人、大切な人を失って、孤独を噛み締めていたはずなのに。

 どうしてこんなに嬉しいんだろう。

 どうしてこんなに幸せなんだろう。


 メリッサは眠りから(ようや)く目覚め、ゆっくりと目を開けた。


「……え?」


 愛おしげにメリッサを見つめる翠の瞳と目が合った。瞬時にメリッサの頬が熱くなる。


「うそ、え、アシュード? なんで?」

「ディオがこの僕のところまでわざわざやって来た。『めりっさをたすけて』って」


 そこにいるのは間違いなく、メリッサの心をいつもかき乱す男だ。暗めの茶髪がさらりと顔にかかる。相変わらず見目の良いその姿に、メリッサの胸がどきんと鳴った。


 アシュードはソファに座り、メリッサを膝抱っこしていた。メリッサの体が落ちたりしないように、しっかりと抱き寄せて密着している。この体勢、安定感はあるが、相当恥ずかしい気がする。異常なほど顔が近い。


「……とりあえず、下ろして」

「嫌だ」


 離れようと思ってした提案は、すぐに却下された。ぐぐぐ、と力を入れてアシュードの体を引き()がそうとするが、逆に引き寄せられて密着度が上がる。

 そうだった。この男、意外と力が強かった。


 それでも諦めずに奮闘していると、アシュードが楽しそうに笑い始めた。失礼な、とメリッサはぷくっと頬を膨らませる。すると、ますますアシュードは上機嫌になって笑いを漏らした。

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― 新着の感想 ―
[一言] まったく。 子供を金づると思っている時点で母親失格よ。 早く引き離せないものか。 早めに引き離してディオ君に親とはどういうものなのかとか善悪とかを教えてあげられるようにしないと。 子供って…
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