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40:孤独は魔法じゃ癒せない(3)

 ふと、周りを見てみる。でたらめに歩いて辿り着いた場所。そこは、経理の部屋の前だった。ディオが首を傾げて、部屋の扉を見つめる。


「もう、あしゅーどは、ここにはいないよ?」

「……うん、そうだよね。なんでこんなところに来ちゃったんだろう、あたし」


 苦笑しながらディオの手を引いて、医務室へ帰ろうと向きを変えた。すると、狙っていたかのようなタイミングで、経理の部屋の扉が開いた。


「あ、メリッサさん。それに、ディオくんも」


 経理の新人が顔を出し、目を丸くした。ディオは急に出てきた大人の男性にびっくりして、メリッサの後ろに隠れる。


「ディオくん……。自分、恐くないですよ……」

「ごめんなさい。ディオはアシュード以外の大人の男の人は全て恐がるんです」

「そうなんですか。いや、でも、こんなに(おび)えられるとショックです……」


 地味にダメージを受け、項垂(うなだ)れる新人。ディオは心配そうに新人を見る。


「しんじんさん、ごめんね。おれ……」

「いや、気にしないで下さい、ディオくん。少しずつ仲良くしてくれたら、それで良いです」

「うん、ありがとう」


 ディオがへにゃりと笑った。メリッサが「よく頑張ったね」と頭を撫でると、ディオの目がきらきらと輝く。そのままぎゅっとメリッサに抱き着いたかと思うと、顔をぐりぐりと押しつけてきた。照れているらしい。可愛い。


「あ、そういえば。メリッサさん、知ってます? アシュード様が今日、正式に婚約されるらしいですよ」

「……え? もう婚約してたんじゃ」

「まあ、ほぼ決まりっぽかったですけど。なんか今日、婚約の書類を正式に交わすって言ってました。それで確定するみたいですよ。貴族って大変そうですよね」


 新人はからりと笑って、手に持っていた書類を持ち直した。


「あ、自分これ王宮に持っていかないといけないんで。そろそろ失礼しますね」

「しんじんさん、がんばってね。ばいばい」

「ディオくん……ありがとう! 行ってきます!」


 新人はディオの応援にキリリと引き締まった顔で答え、去っていった。ディオはメリッサの後ろから半分だけ顔を出して、その背中に手を振る。それから、メリッサの顔を見上げて、青の瞳をまんまるにした。


「めりっさ……?」


 メリッサの顔は真っ青だった。それでも小さなディオの声に反応し、不器用な笑みを見せる。


「大丈夫、だよ。アシュードが、結婚、するのなんて、あたしは、別に」

「めりっさ!」


 メリッサの体がぐらりと傾いた。ディオは慌てて手を伸ばしたが、五歳児に十五歳の少女を支えるのは無理だった。どさりと大きな音を立てて、メリッサが倒れる。


「めりっさ、めりっさ!」


 ディオは倒れたメリッサを揺する。しかし、メリッサは目を閉じたまま何の反応もしない。誰もいない静かな廊下に、ディオの悲痛な声が響く。


「だれか、だれかめりっさをたすけて!」



 *



 目を開けると、夕日に照らされて赤く染まった部屋の天井が見えた。見慣れないその天井に驚いて起き上がろうとすると、左手の甲がずきりと痛んだ。手の甲を確認すると、赤く腫れあがっているようだった。


「あ、メリッサ。やっと起きた」


 先輩がさっと近寄ってきて、メリッサの顔を覗き込んでくる。メリッサが目を瞬かせて先輩を見つめると、先輩は呆れたようにため息をつく。


「あの、先輩。ここは?」

「医務室の隣にある控え室。メリッサ、あなた倒れたのよ。もう、(ろく)に睡眠も食事もとらず無茶するから」

「……ごめんなさい」


 メリッサはベッドの上に寝かされていた。なんとなく恥ずかしくて、毛布で顔を隠す。すると、額が毛布に(こす)れてひりひりと痛んだ。手の甲だけでなく、額まで怪我をしているらしい。


「メリッサが倒れた、助けて、ってディオが飛んできた時は驚いたわよ。あんな小さな子に心配かけて、もう!」

「……ごめんなさい」


 メリッサは謝るしかない。そっと毛布から顔を出すと、苦笑しつつも優しい目をした先輩と目が合った。ちょっとだけ、ほっとする。


「えっと、あの。ディオはどこにいるんですか?」

「ディオならそこのソファに……って、あら? いない」


 先輩が空っぽのソファを見て、首を傾げた。ソファの下にディオのお気に入りのゴンザレスが転がっている。


「おかしいわね。さっきまでいたと思ったんだけど」


 メリッサは痛む左手を(かば)うようにして、ゆっくりと起き上がる。ディオの魔力を探るため、そっと目を閉じて集中する。ソファの上に(かす)かに残るディオの魔力。

 ディオの魔力は扉の外へと向かっている。メリッサは先輩に支えてもらいながら、その魔力を追跡する。廊下に出ると、まっすぐ建物の出口へと向かっていることが分かる。


「外に、出たの……?」


 メリッサは出口から外に出る。夕日が沈み、夜へと切り換わろうとしている空が目に入ってくる。東の空に、ひとつふたつ、星が瞬いていた。

 魔力は門の外へと続き、街へ行く方向へとまっすぐに伸びている。それはディオの母親が待っている家がある方向だった。メリッサはそのことに気付くと、ぴたりと足を止めた。先輩が(いぶか)しげな目を向けてくる。


「どうしたの、メリッサ。私が追跡、代わろうか?」

「いえ、ディオはたぶん、家に帰ったんだと思います。……あたしが、駄目駄目だから、きっと呆れて」


 足元がふらついた。先輩が慌てて支えてくれる。


「何言ってるの、メリッサ。そんな訳ないでしょ。ディオは私が追いかけるから、あなたはもう少し寝ていなさい。話はそれからよ」


 メリッサは先輩に引き()られるようにして部屋に戻された。ベッドに寝かされ、毛布をばさりと掛けられる。


「せ、先輩……」

「寝なさい。お腹がすいてるなら、そこにサンドイッチがあるからそれ食べて」

「……はい」


 先輩の眼光があまりに鋭いので、メリッサは素直に返事をした。


「あの、先輩」

「なに?」

「えっと……師匠はまだ、目が覚めないんですか?」

「……そうね。そろそろ本気で叩き起こしたくなっちゃうわ」


 先輩は困ったように笑い、やれやれと肩を(すく)めた。そして、もう一度メリッサに「ちゃんと寝なさいよ」と念押しをして部屋を出て行く。メリッサは扉が閉まるのを見届けて、小さく息を吐いた。


 まだ少し、頭がぼんやりとしている気がする。先輩の言う通り、寝た方が良いのかもしれない。メリッサはそっと目を閉じた。

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― 新着の感想 ―
[一言] くっ。 ここにきて先輩の優しさも刺さるぜ。 にしてもメリッサちゃん頑張りすぎだぜ。 アシュ君の事は悲しいが、それ以上にディオ君どこ行ったんや(;゜Д゜)
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