38:孤独は魔法じゃ癒せない(1)
魔法を使わなくても、白い雪がちらほらと舞う時期となった。
十二月中旬。もうすぐ精霊祭がやって来るということで、街も華やかになってきていた。商店街にはキラキラとした飾りが至るところにあって、目を楽しませてくれる。子どもも大人も、どこか気分が浮き立っているように見える。
メリッサは魔術師団の部屋を賑やかに飾り付けていた。ディオのためである。お泊まり会の後も、元気に朝から通ってくる可愛い子ども。魔法の授業は相変わらず苦手なようだが、魔術師団のことは大好きらしい。
ディオはずっと前から精霊祭を楽しみにしていた。だから、メリッサも今年は張り切って精霊祭の準備をしている。魔法を授けてくれた精霊に、感謝を捧げる大切なお祭。今まではあまり興味がなかったのだが、ディオのおかげでなんだか今年は楽しい。
「めりっさー!」
「ディオ!」
苦手な魔法の授業がやっと終わったようで、ディオが満面の笑みで駆けてきた。
「これ、せいれいさいのかざり? きれいだねえ!」
「うん。精霊さんが喜んでくれるように、ディオも飾り付け、手伝ってくれる?」
「てつだうー!」
部屋の窓にキラキラとした飾りをぽんぽんと貼り付けていく。部屋の扉にも、ぴかぴか光る小さな玉を紐で括り付けた。ディオは意味のよく分からない歌を口ずさみながら、一生懸命お手伝いをしてくれる。
「あ、そういえばディオ。精霊祭の贈り物、何か欲しいものはある?」
「おくりもの?」
「精霊祭の日には、仲良しの人にプレゼントをするの。緑色のリボンをつけて」
「……おれ、おもいだした! みどりいろのりぼんをつけたの、あしゅーどとめりっさにあげるんだった!」
ディオがぴょんぴょん跳ねながら「おもいだしたー!」と連呼する。最近はゴンザレスに夢中で、すっかり精霊祭の贈り物については忘れてしまっていたらしい。
「めりっさ! めりっさはなにがほしいの?」
「うーん。ディオからもらえるなら、何でも嬉しいよ」
「そっかあ!」
ディオはそう言ってにこにこと笑ったが、はっと何かに気付いた顔をする。そして、しょんぼりと項垂れてしまった。急な変化に、メリッサは目を瞬かせる。
「どうしたの? しょんぼりしちゃって」
「うん……おれね、みどりいろのりぼん、もってないの……」
贈り物につける緑色のリボンを持っていないことが、悲しかったようだ。メリッサはぽんぽんとディオの頭を撫でると、精霊祭の飾り付けの箱をごそごそと探った。底の方から、緑色のリボンがしゅるりと出てくる。
「これを使えば良いよ。ディオが仲良くしている人みんな、喜んでくれると良いね」
「……もらっていいの?」
「もちろん! 楽しい精霊祭にしようね!」
ディオが頬を染めて、嬉しそうに頷いた。
「さあ、他の部屋にも飾り付けをするよ! ディオのお母さんが迎えに来てくれるまでで良いから、もう少し手伝ってくれる?」
「うん! おれ、いっぱいおてつだいする!」
メリッサは微笑んで、ディオと手を繋いだ。ディオもにこにこしながら手を握り返してくる。
そこへ、青ざめた顔の魔術師がやって来た。大人の男性の魔術師だったため、ディオがびくりと身を竦ませた。メリッサはそっと、ディオを引き寄せる。
「メリッサ! 大変だ!」
「……あまり大きな声を出さないで下さい。ディオが恐がります」
「あ、ああ。すまない……」
男性魔術師はディオをちらりと見て、ぎこちない笑みを浮かべた。ディオはその笑みにびくりと震え、メリッサの後ろに隠れてしまった。
「で、何ですか? 急用ですか?」
「魔術師団長が倒れた」
「……え」
男性魔術師に負けないくらい、メリッサの顔色も悪くなる。ディオが心配そうにメリッサの服をぎゅっと掴んだ。
メリッサの師匠である魔術師団長ヒューミリス。倒れるのはこれで二回目だ。四ヶ月ほど前に倒れた時には、割とすぐ目を覚ましてくれた。あの時は少し疲れが出ただけだと言われたが。
「今度も、大したことはないんですよね? 師匠、大丈夫ですよね?」
「分からない。とにかく魔術師用の医務室へ行ってくれ」
「……分かりました」
大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせて、一歩踏み出そうとする。情けないことに足が震えた。
「めりっさ」
ディオが真剣な顔をして、小さな手を差し出してきた。メリッサがぽかんとしてその手のひらを見つめていると、ディオはじれったそうに足踏みをする。
「あしゅーど、いま、いないから。おれに、たよって!」
甘えるばかりだと思っていた、小さなディオ。不意に鼻の奥がツンとした。小さなその手にそっと手を乗せると、ディオは力強く頷いた。温かい体温が伝わってくる。
「……ありがとう、ディオ」
二人はぎゅっと手を繋ぎ、医務室に向かって歩きだした。
*
師匠はなかなか目を覚ましてくれなかった。前回は一時間もすれば目を覚ましてくれたのに、今回はもう二日は眠り続けている。
「このままでは、命の危険も……」
医師はそう言った。師匠の魔力が消えかけているのは知っていたが、突然命の危険に晒されるなんて聞いていない。メリッサはずっと師匠の手を握って、夜も眠らずに傍についていた。
メリッサは孤児院にいた頃のことを思い出す。膝を抱えて丸くなっていた、幼い頃の記憶。孤児が殴られそうになって、必死で使った初めての魔法。気が付けば大事になっていて、魔術師団の人が来たと聞いた時には真っ青になった。
でも、メリッサに会いにきてくれた師匠は、穏やかに笑ってくれたのだ。その頃から、師匠はもう白髪頭に長い髭の老人だった。優しい老人の声に、ほっとしたのを覚えている。師匠は、しわしわだけどとても温かい手を差し伸べてくれた。
メリッサにとって、師匠はたった一人の大切な家族だった。このままメリッサを置いていってしまうなんて、考えたくもなかった。
「師匠、そろそろ起きてよ。もうすぐ精霊祭なんだよ? あたし、一人で過ごすのなんて、絶対嫌だよ……」
医務室はしんと静まり返っている。窓を閉め切っているので、白いカーテンが揺れることもない。まるで時が止まったかのような静かな空間。
「前に師匠は言ったよね。あたしは一人なんかじゃないって。アシュードもディオもいるって。でもね、アシュードもディオも、あたしから離れていっちゃうの。あたしを置いていっちゃうんだよ……」
メリッサは小さく鼻をすすった。
「師匠まであたしを置いていったら、あたし、ひとりぼっちになるんだから。魔術師団のみんなが意外と優しいってこと、今は知ってるよ? だけど、やっぱり、師匠のいない魔術師団なんて嫌い。大嫌いだよ……」
だから、帰ってきて。ひとりにしないで。
師匠の眠るベッドに、メリッサの涙がぽとりと落ちた。白いシーツの上に、次々と雫が落ちては染み込んでいく。
「……メリッサ、少しは何か食べないと持たないよ」
ガチャリと扉を開けて、先輩が顔を出した。手には料理を乗せたトレイを持っている。おいしそうな匂いが漂ってきたが、メリッサは力なく首を振った。食欲なんて、まるでないのだ。
「ああ、そう来ると思ったわ。という訳で、ディオ。メリッサのこと、よろしくね」
「うん! おれにまかせて!」
先輩の後ろから、ディオがぴょこんと顔を出した。メリッサはゆっくりと首を傾げる。なんでこんなところにディオがいるのだろう。昨日の夕方にはちゃんと家に帰したと思っていたのだが。




