36:ディオが幸せになりますように(12)
「ほわあ!」
包みを開けたディオが、嬉しそうにメリッサを振り返った。メリッサがディオの手元を確認すると、そこには可愛らしい帽子があった。
「……これって、ディオの持ってる縫いぐるみと似てるね?」
額に角が一本生えた奇妙な動物がデザインされた愛らしい帽子である。ディオははしゃぎながら縫いぐるみを引っ張り出してきて、帽子と並べた。
「そっくりなの!」
「ええー? どうしてこんなに似てるの……?」
メリッサが首を傾げると、三人組が揃って小さな胸を張った。
「このどうぶつは、でんせつのようせいさんなのです」
「このどうぶつといっしょにいると、つよくなれるのです」
「このどうぶつのおなまえは、ゴンザレスなのです」
ゴンザレス。知らない、そんな動物。有名なのだろうか。
「ごんざれす……」
ディオが目をきらきらさせている。嬉しそうに頬を緩め、ゴンザレス帽子を被ってくるくると回った。可愛い。
三人組はそれぞれの荷物から、自分の帽子を取り出して被る。クリスは猫さん、ガントは犬さん、ロイはうさぎさんの帽子だ。このお泊まり会、一体どこに向かっているのだろうか。みんな可愛いから、まあ良いけれど。
「メリッサねえねも、ぼうしかぶるのー!」
ロイが空色の瞳をきらめかせて見上げてきた。クリスとガントも期待の眼差しで見てくる。メリッサはなんとなく気まずくて、目線をうろうろさせた。
「いや、ここ部屋の中だし……。もう、夜だし……。帽子はいらないと思うんだけど」
「やー!」
ロイが絶望的な叫び声をあげて、ふみゅふみゅと泣き始めた。大粒の涙が、ぷくぷくのほっぺをぽろぽろと滑り落ちていく。クリスとガントが二人揃って「あーあ、泣かせた」みたいな目でメリッサを見てきた。
「……分かった。被るよ……」
棚の引き出しから、羊さん帽子を出して被る。しかし、残念ながら一度泣きだしたロイはなかなか泣き止んでくれない。クリスとガントは目を合わせてこくりと頷き合う。そして、荷物の中から例の青いうさぎの縫いぐるみを取り出した。
「ロイ! うさちゃんだよー!」
「ほら、うけとれー!」
ぽすんとうさぎがロイの元に届いた。ロイはむぎゅっとうさぎを抱き締める。
「……なきやんだ」
ディオがぽかんと口を開けた。なんか、こんな光景、前もあった気がする。というか、別にメリッサが羊さん帽子を被らなくても、うさぎの縫いぐるみさえ与えておけば、ロイは泣き止んだのではないだろうか。
思わずじとりとクリスとガントを見遣ると、てへ、みたいな笑いが返ってきた。
可愛い。許す。
「みんないっしょだね!」
「ぼうし、かわいいね!」
「うれしいね! たのしいね!」
三人組がぴょんぴょん跳ねて喜ぶ。メリッサはため息をつきながらも、なんだかおかしくて笑ってしまった。
「めりっさ!」
ディオがメリッサに抱き着いてくる。
「おれね、しあわせなの。ありがと、めりっさ」
「ふふ、しあわせかあ。よかったね」
ディオの小さな体を抱き締めると、三人組がすっ飛んできた。
「あっ! ずるいのー!」
「オレもメリッサねえねに、ぎゅってしてもらうの!」
「ぼくもー!」
メリッサは子どもたち全員をぎゅっとまとめて抱き締める。きゃあと歓声があがった。
「……あしゅーども、いたらいいのにね」
ディオが寂しそうにぽつりと零した。メリッサも三人組も、なんとなくしゅんとしてしまう。
そんな中、ガントが一足早く立ち直り、元気良く宣言した。
「オレがアシュのまねをしてあげる!」
ガントは前髪を手で撫で付けると、意味もなくかっこいいポーズを決める。それから偉そうな顔でふっと笑ってみせた。
「このぼくが、おやつをかってやろう! みなおしただろう!」
「ほわあ! あしゅーどにそっくり!」
ディオがぱちぱちと拍手をする。メリッサもあまりのそっくりさに目を見開いた。一瞬、本物のアシュードがいるような気すらして、心臓が跳ねた。
「ぼくはしようにんじゃない。ぼくのことは、おじさまとよぶんだ!」
ガントのものまねは続く。クリスが耐えきれずに盛大に噴き出した。
「まあ、ゆるしてやろう。ぼくは、かんだいなおとこだからな!」
さすが甥っ子。完璧にあの男を模倣していた。クリスが笑い転げている。ものまねされただけなのに、一国の王子をここまで笑わせるなんて。あの男、本当に油断ならない奴である。
「はい、そこまで! 今は夜だからね。あんまり、はしゃがないの!」
これ以上ものまねを見ていると、クリスが笑いすぎで気絶しそうだ。床にころころと転がりながら、お腹を押さえて笑い声をあげている。呼吸が苦しそうで、見ていられない。メリッサはぱんぱんと手を叩いて、終わりを告げる。子どもたちは素直に「はーい!」と返事をした。
メリッサはなんだか無性にアシュードの顔が見たくなった。ここにアシュードがいたら、どんな反応をしただろうか。自分のものまねをされて、喜ぶのか、恥ずかしがるのか。ガントのことを「天才だ!」とか言って、褒めちぎりそうな気もする。
でも。
メリッサは俯く。
もうアシュードはこんなところには来てくれない。アシュードはもうすぐエマと結婚してしまう。アシュードの自由な時間は終わったのだ。
今頃になって、メリッサの胸の奥がずきんと痛んだ。
あの雷の日に「ディオがいなくなる寂しさを埋めるのは、僕じゃない」と突き放された時も。
ディオを手放す日に、空っぽの経理の部屋の机を見た時も。
こんなに胸が痛くなったりなんかしなかったのに。
幸せで楽しい時ほど、アシュードのいない寂しさを感じてしまう。それはきっと、今まで幸せで楽しいと思った時には、いつもアシュードが傍にいたからなのだろう。
アシュードと一緒にいるのが、本当に幸せだった。
こんな時に気付いても、もう遅い。メリッサは胸の痛みをごまかすようにふるふると首を振って、顔を上げた。
お泊まり会はまだ始まったばかり。メリッサはぱちんと両手で頬を叩いて気合いを入れた。ディオに、そして三人組に、楽しい時間を過ごさせてあげるのだ。ずっとずっと忘れられないくらい、楽しくて幸せな時間にしてあげるのだ。
今はそれだけを考えていようと思った。




