表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/50

31:ディオが幸せになりますように(7)

 しばらくして、「おこさまらんち」が運ばれてきた。小さめのオムライスやハンバーグが可愛くお皿に盛られている。メリッサは初めてこういうものを見たこともあって、じっと凝視してしまう。なんだかこれを食べることができる子どもたちが(うらや)ましかった。

 メリッサとアシュードには、普通に大人用のプレートが運ばれてきた。「おこさまらんち」と比べると、随分(ずいぶん)落ち着いた感じがする。ちょっとだけ、残念な気持ちになった。


「いただきまーす!」

「いただきまーす!」

「いただきまーす!」


 三人組が元気良くぱちりと手を合わせて食べ始めた。ディオも戸惑いながら「いただきまーす?」と言って、手を合わせる。そして、オムライスを一口、口の中に入れる。


「……おいしいー」


 ほわほわとした幸せそうなディオの笑顔。それを見たメリッサは微笑んで、ディオの口のまわりについたケチャップを(ぬぐ)ってやる。


「めりっさにも! はい、おくちあけてー」


 ディオがスプーンにオムライスを乗せて差し出してくる。メリッサは少し頬を赤らめた後、ちらりとアシュードの様子を(うかが)う。アシュードはこちらを気にせず、自分の食事に集中しているようだ。これはチャンスである。


「あ、ありがとう、ディオ」


 初めて食べた「おこさまらんち」は、とても幸せな味がした。メリッサの頬が思わず緩む。


「あっ! ずるいのー!」

「オレもメリッサねえねにたべてもらうの!」

「ぼくもー!」


 三人組が我も我もとメリッサにスプーンを差し出してくる。メリッサがどうするべきか悩んでいると、すっと横からもう一つスプーンが差し出されてきた。


「……なんでアシュードまで差し出してきてるの」

「……いや、そういう流れだと思って」


 そう言うアシュードの顔は真っ赤である。恥ずかしいなら、しなければ良いのに。というか、この前から赤面する姿をよく見かけるようになった気がするのだが、気のせいだろうか。この男の心情が、いまひとつ掴みきれない。


 メリッサはちびっこ三人組が差し出してきたものを順番に食べてあげた後、ちらりとアシュードに目を()る。アシュードは自分の差し出した分をじりじりと引っ込めていく。その表情は、なぜか少し安心しているように見えた。勢いで差し出してみたのは良いが、本気でメリッサに食べさせたい訳ではなかったらしい。


 なんだか、それはそれで腹が立つ。そういえば、この男には一泡ふかせてやる予定だった。


「アシュード」


 名前を呼んで、逃げようとするその手を掴む。そして、にっこりと微笑んで見せた後、メリッサはアシュードのスプーンを口に入れた。


「メ、メリッサ」


 アシュードの戸惑う声に、してやったりと笑ってやる。口の中に広がるのは、子ども用とは違う少し大人の味。メリッサが好きな、甘酸っぱい味だった。

 こんな状況でもメリッサの好みを把握した上で動いているなんて、この男は本当に(あなど)れない。


 さて、アシュードはどんな間抜け面を(さら)しているのかと思って、改めて様子を(うかが)ってみると。


「……え」


 アシュードはとても嬉しそうに微笑んで、メリッサを見ていた。その翠の瞳は優しく細められ、まるで(いと)しいものでも見ているかのよう。


 メリッサの心臓が、今までにないくらい大きく跳ねた。


「あれ? メリッサねえね、だいじょうぶ?」

「かお、あかいね」

「まっかっかだね」


 三人組の可愛らしい心配の声が、遠くに聞こえる。


 ああ、今日も良い天気だ。


 美青年の甘い笑顔に呆気なく敗北したメリッサは涙目になりながら、その後の食事を続けたのだった。




 ごはんの後、ディオの誕生日プレゼントを買いにおもちゃ屋さんに行った。大きな通りを少し外れたところにあるそのお店は、人気があるのが頷けるほどの商品の並びっぷりだった。三人組が奇声を発して走りだそうとするのを必死で止めた。


「今日はディオのお誕生日だから! おもちゃはディオの分しか買わないよ!」

「ええー!」


 三人組が揃って項垂(うなだ)れた。小さな三つの背中が並び、丸くなる。

 そこへディオがすっと寄っていき、小首を傾げた。


「……おれね、おもちゃよくわからないから。みんなにえらんでほしいな」


 三人組はきょとんとした後、再び元気いっぱいになった。


「まかせろー!」

「ディオがよろこぶやつ、えらぼう!」

「さいこうのおもちゃを、さがすのー!」


 またまた奇声を発しながら、三人組は店の中へと駆け込んでいった。アシュードは残されたディオを抱き上げると、三人組の後をゆっくりと追う。


「ディオ、良いのか? 自分で選ばなくて」

「うん。おれ、おでかけできただけでうれしいの。くりすたちがおもちゃをえらんでくれたら、きっといいおもいでになるの」

「……ディオは大人だな」


 よしよしと頭を撫でてもらって、幸せそうにしているディオ。まるで本当の親子のように仲の良い二人の後ろ姿を見て、メリッサもなんだかほっとする。


 ずっと、こんな風に温かい時間が続けば良いのに。


 しかし、その願いとは裏腹に、少しずつ悲しいことが近付いてきていた。それに気付くのは、(わず)か三日後のこと。


 これまでの穏やかな生活が、崩れようとしていた。



 *



 ざあざあと大きな音を立てて、雨が降っている。葉が落ちて、細い枝が目立つようになった木々に、次々と雨粒がくっついては落ちていく。柔らかい地面は落ちてきた水滴を吸収し、じっとりとふやけていくように見える。空が暗いので、その様子は少し不気味に思えた。


 メリッサは窓の外を見ながら、小さく震えた。寒くなってきたからと、一枚多く厚着してみたが、あまり意味はなかったかもしれない。指先が冷たくなっている。


「ディオ……」


 小さく(つぶや)くと、目の前のガラスが一瞬だけ白く曇る。曇りが晴れたところに大きな雨粒がぽたりとくっついて、すぐ下へと滑り落ちていった。


 今日、ディオの母親だという女性が、魔術師団を訪ねてきた。ディオとそっくりの紫色の髪をしたその女性は、ディオを見るなり泣きだした。ディオの方も「おかあさん!」と言って、その女性に抱き着いた。

 それは、(まぎ)れもなく、親子の対面だった。


 ディオの誕生日のお祝いに、街へお出掛けしたあの日。偶然、ディオの母親がディオのことを見掛けたらしい。自分の息子がこんなところにいる訳がないと思いつつも、無視することもできず、魔術師団に帰るまで後をつけたのだという。


「私も、ディオを捨てたくて捨てた訳ではないんです。あの子と離れてからずっと、後悔をしていました。会いたくて会いたくてたまらなかった。あの子が許してくれるなら、もう一度、一緒に暮らしたい……」


 母の涙ながらの訴えに、魔術師団ももう一度ディオの処遇を考え直す必要が出てきた。母の元に返し、魔術師団に通うかたちにして、魔法を覚えさせるか。このまま魔術師団で預かり、ある程度魔力を扱えるようになってから引き渡すか。

 どちらにせよ、ディオはメリッサの傍からいなくなってしまうことになりそうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] >いや、そういう流れだと思って クリス・ガント・ロイ・ディオ「どうぞどうぞ」(ダチョウ倶楽部風(ォィ >美青年の甘い笑顔に呆気なく敗北したメリッサは涙目になりながら、その後の食事を続けたの…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ