30:ディオが幸せになりますように(6)
さて、ディオの誕生日がやって来た。ディオのために、一緒に街に行くことを要求すると、アシュードは割とあっさり承知してくれた。もっと拒否してくるかと構えていたのに、拍子抜けである。
メリッサは朝早くから、自室でバタバタしていた。お出掛け用の少し大人っぽいワンピースを着て、胸元のリボンを結ぶ。髪の毛もいつもより念入りに櫛で梳いて、きゅっと二つに結いあげた。お気に入りの赤いリボンで飾り、鏡で確認する。うん、悪くない。
別に、アシュードと町にお出掛けできるから、お洒落をしている訳ではない。今日はディオの誕生日だから、ちょっと気合いを入れているだけである。可愛い弟子のためなのだ。決してアシュードのためなどではない。
「うーん、やっぱりあっちの靴下の方が良いかなあ」
全身を鏡で確認したメリッサは、首を傾げながら新しい靴下を手に取った。スカートをたくしあげて、いざ、はき替えようとしたその時。
「めりっさ、まだー?」
ディオがノックもせずにメリッサの部屋の扉を開けた。今日のディオはお出掛け用のちょっと良い服を着ている。この服、実はアシュードが昔着ていた思い出の品なのだとか。ディオにぴったりのサイズだったようで、とてもよく似合っている。
「うん、ちょっと待ってね。もうすぐだから……」
そう言いつつ、ふとディオの後ろに目を遣ると、こちらを凝視しているアシュードと目が合った。アシュードも今日はいつもよりかしこまった格好をしているようだ。ネクタイは瞳とよく似た翠色。暗めの茶髪は軽く横に流すようにしており、さっぱりとした印象だ。そう、この男、見目は良いのだ。ちょっとどきりとしてしまう。
「アシュード、早いね。もう来てたの?」
「……脚」
アシュードはぽつりと一言呟いて、顔を赤くする。その目線はメリッサの太腿あたりに固定されており、ずれることがない。穴が開くほど熱心に見られていることに疑問を抱き、メリッサは自分の脚を見る。
靴下をはこうと思ってたくしあげたままのスカートが見えた。
「さっ、最低! 変態! アシュードの馬鹿!」
頬に熱が集まる。スカートを急いで直し、涙目でアシュードを睨む。すると、アシュードはディオを抱っこして、すごすごと後退した。ぱたん、と静かに扉が閉められる。
ぷるぷる震えるメリッサの耳に、扉の向こうの話声が聞こえてきた。
「あしゅーど、どうしてしめちゃうの?」
「……メリッサは今、着替え中なんだ。他の奴に見られたら大変だ。メリッサが着替え終わるまで、僕たちはここでしっかり見張っていなくてはならない」
「ふうん?」
「しかし、あれだな。今日は早めに来て正解だったな。うん……さっき見た光景は一生忘れず、生涯大切にしていこう」
「じゃあ、おれも、わすれない!」
純粋な可愛い弟子になんてことを吹き込んでいるんだ、あの男。メリッサは傍にあった羊さんクッションを、思いきり扉に投げつけた。
準備が終わって街に行こうとしたら、ちびっこ三人組が現れた。今日は町にお出掛けするから遊べないと伝えると、三人揃って情けない顔になる。
「ぼくたちも、いっしょにいったらだめ?」
「ちゃんと、てをつなぐから!」
「ふみゅ、ふみゅ……」
碧い瞳をうるうるさせて、小首を傾げて頼んでくるクリス。元気いっぱいに手のひらを差し出してくるガント。ぽろぽろと涙を零してしゃがみこむロイ。
メリッサはアシュードを見上げる。アシュードは頭を掻きながら、ディオを見る。ディオはにっこりと笑って、軽く頷いてみせた。
「おれ、みんなといっしょがいいな」
こうして、街には三人組も一緒に行くことになった。王子の護衛をしている騎士たちが難しい顔をしていたが、いざとなったらメリッサが守ると言って説き伏せた。まあ、この国は平和なので、そこまで深刻になる必要もないだろう。
王宮や魔術師団の建物がある場所から最も近い街にやって来た一行は、さっそく食べ物を物色する。
「アシュ、あれたべてもいいー?」
「アシュ、にくはどこー?」
「アシュ、おやつ、おやつはー?」
三人組は相変わらず自由な発言をしている。ディオは初めて来た街の大通りに目を丸くして、「ほわあ」と感嘆の声を漏らしていた。
「メリッサは何か食べたいものはあるか? 今日はこの僕がおごってやろう!」
「あたしは別に何でも良いんだけど……ディオは何が食べたい?」
「ちょこ」
とりあえず、子どもたちにチョコレートのおやつを買い与えた。あまり食べすぎるとごはんが入らなくなるので、小さめのものを選んでおく。食べ物に目がないガントは不服そうだったが、あとの子どもたちは満足そうに笑っていた。可愛い。
メリッサは、クリスとロイと手を繋いで、街を歩く。石畳の大通りは人で溢れている。もうすぐお昼ということもあって、おいしそうな匂いがあちこちから漂ってきはじめた。
アシュードはディオを片手で抱っこして、ガントと手を繋いでいた。おいしそうな食べ物が目に入るたびにすっ飛んでいこうとするガントを抑えるのは大変そうだ。その上、大人の男性が苦手なディオを守るため、周囲に気を配っている。
大変そうではあるが、意外と器用に子どもたちの面倒を見るアシュード。この男は、なぜか大抵のことは器用にこなしてしまうのだ。絵本の読み聞かせの時もそうだったし、歌うのも上手だったりする。だからなのだろうか。メリッサは知らず知らず、アシュードを頼りにしてしまう。
「あ、ここ! おこさまらんちがおいしいの!」
クリスがメリッサの手を引っ張った。小さな指が、カラフルな装飾のお店を指している。ロイもきらきらした空色の瞳で見上げてきた。
「クリス王子のおすすめの店か。みんな、ここで良いか?」
アシュードが子どもたちに尋ねると、元気いっぱいの歓声が帰ってくる。どうやら今日はここで昼食をとることに決まったようだ。
店の中に入ると、店員がクリスを見て驚き、慌てて奥に引っ込んだ。王子が突然来店したので、動揺してしまったらしい。すぐに店長が代わりにやって来て、一番奥の個室へと通された。
「うわあ、可愛い!」
個室には愛らしい動物の絵が飾られ、隅のほうには人形や縫いぐるみが置いてあった。扉近くの箱には、ボールや布製の剣などが入っている。
「ここね、パパとママとよくくるの!」
「りょうりもすごくおいしいの!」
「てんいんさんもしんせつなの!」
三人組がぴょんぴょん跳ねながら教えてくれる。ディオも興味深そうに個室をぐるりと見回している。その瞳はきらきらしていた。




