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3:この人には傍にいてほしい(3)

「えっ」


 あっという間にアシュードの腕の中におさまってしまった。アシュードは笑っているのか、小刻みに揺れている。メリッサの全身が、沸騰するかのように一気にざわめいた。


「すぐ暴力をふるおうとするのは良くないぞ?」

「余計なお世話だし……」


 メリッサは(うな)りながら、アシュードの胸を押して離れようと奮闘する。が、この男、意外と力が強い。全く抜け出せない。

 鼻をくすぐる甘い香りにどきりとする。数日前に抱き留められた時にも、この香りに包まれた。温かくて、柔らかくて、安心する香り。香水か何かなのだろうか。メリッサはなんとなく抵抗する気が失せて、手を止めた。


 この部屋は本棚に経理に関する資料や本がぎゅうぎゅうに詰め込まれているため、少し古臭い匂いがしていた。その古い紙たちの匂いもメリッサは嫌いではないのだが、アシュードの香りはもっと嫌いではなかった。どちらかというと、好きな香りであった。


 急に大人しくなったメリッサを不審に思ったのか、アシュードが手を緩めた。


「……どうした? 痛かったか?」


 強く抱き締めていた自覚はあったらしい。メリッサは拘束が緩んだおかげで、やっと少し自由になる。知らず知らず詰めていた息を、ゆっくりと吐きだした。


「アシュード。言いたいことはいろいろあるけど、とりあえず一緒に連れて行ってあげる。でも、頼りにしている訳じゃないからね! あたしの仕事の邪魔をしたら、許さないんだから!」

「分かっているさ。……照れ臭くて、素直になれないだけなんだろう?」


 にやにやと勝ち誇った顔をするアシュード。メリッサはそんなアシュードの態度がやけに(しゃく)(さわ)って、膨れっ面になってしまう。小憎たらしい男の頬を思いきり引っぱたいてやりたい衝動に駆られるが、手がしっかりと捕まえられていて動かない。


「さあ、そうと決まったらさっそく行かなくてはな。町の平和を守るため、いざ出陣だ!」

「……調子に乗らないで!」


 どこまでも偉そうな男の(あご)目掛(めが)けて、メリッサは頭突きを繰り出した。アシュードは油断していたようで、その攻撃をまともに食らう。


「痛っ! 何をするんだ、メリッサ!」

「アシュードが悪いの! 馬鹿!」


 アシュードがメリッサを離し、顎をさする。(ようや)く完全に自由になったメリッサも、涙目で頭をさすった。思ったよりも強くぶつかりすぎた。痛い。


「メリッサもアシュードも。仲が良いのは分かるんじゃが、仕事はしっかりな」


 師匠ヒューミリスが呆れたように二人を見て、ため息をついた。メリッサはまだじんじんと痛む頭をさすり続けながら、潤んだ瞳で叫ぶ。


「仲良くなんてないしー!」



 *



 真っ青な空に、白い雲が浮かんでいる。木々は日の光を浴びて葉を揺らし、地面にちらちらと影を落とす。熱気を含んだ湿っぽい風がぶわりと吹いて、草がさらさらと音を立てた。

 メリッサはそんな夏の風景を、馬車の中からのんびりと見つめていた。馬車といっても普通の馬車ではなく、魔法の力で動く馬車である。かなりのスピードが出せるので、緊急時にはよく使われるものだ。


 魔法で作り出された馬が、全力で走り続けている。普通の馬と違い、休憩も必要ないので便利である。その代わり魔力を与えてやる必要があるのだが、ほんの少量で足りるので、とても経済的だ。


「この調子なら、問題の町まであと半日くらいで着きそう。着いたらすぐ犯人を捜さないとね。魔術師団の名誉にかけても、変な魔法は()めさせないと!」


 ぐっと拳を握るメリッサの向かいには、アシュードが座っている。しかし、その顔色は悪い。ずっと無言で(うつむ)いたまま、口元を押さえている。青い顔で猫背になっているその姿は、かなり情けない。


「アシュード、大丈夫? 無理して一緒に来なくても良いよ?」

「……置いていこうとするな。僕は……うっ」


 この魔法の馬車は、スピードは一級品なのだが、正直乗り心地は悪い。進む道があまり整備されていないこともあって、振動が絶え間なく襲ってくる。乗り慣れているメリッサは平気なのだが、アシュードにはきつかったらしい。思いきり車酔いをしている。


「大体、魔法で瞬間移動するんじゃないのか。何のための魔法なんだ……ぐっ」

「いくら魔術師といっても、魔力を無駄遣いしてしまうと、すぐに枯渇するもん。できる限り魔力を使わないようにするのは基本だよ?」

「初耳だ……うええっ」


 馬車の座席に座っているのも辛いのか、青い顔のまま、くずおれるアシュード。このまま放っておくのはなんだか可哀相(かわいそう)な気がして、メリッサは呆れ顔でため息をついた。アシュードの傍に寄って、その額に手をかざす。


「今回だけだからね」


 そう言って、車酔いの症状を(やわ)らげる魔法を使う。手のひらから生まれた白い光が、きらきらとアシュードを包み込む。すると、みるみるアシュードの顔色が良くなってきた。


「魔力は温存しておきたかったのに。アシュードのせいで無駄遣いしちゃった」


 口を(とが)らせて(なじ)るメリッサ。しかし、アシュードの体調が良くなってきたのを確認すると、安心したように大きく息を吐いた。ポケットからハンカチを取り出して、アシュードの額の汗を(ぬぐ)ってやる。


「どう? 少しは気分良くなった?」

「……ああ。すごいな、一気に楽になった」


 アシュードは何かを(さと)ったような穏やかな笑みを浮かべ、座席に座り直した。ぴしりと姿勢を正し、天を(あお)ぐ。


「僕は今、最高に幸せな気分を味わっている。このことは一生忘れられない記憶として、生涯大切にしていこうと思う」

「車酔いを治しただけだし! 大袈裟(おおげさ)すぎ!」


 思わず立ち上がって突っ込むメリッサ。ちょうどそのタイミングで、馬車が大きく揺れた。


「きゃあ!」


 バランスを崩したメリッサを、アシュードが難なく抱き留めた。


「……お前、転びすぎだろう。さては、この僕に抱き着く機会を虎視(こし)眈々(たんたん)と狙っているな?」

「そんな訳ないでしょ! もう!」


 メリッサは腹が立ったので、とりあえずアシュードに強めの平手打ちをお見舞いしておいた。その結果、アシュードの頬にはくっきりと赤い手形がつくことになるのであった。





辿り着いた小さな町は、想像していたよりも活気があった。店が並ぶ通りには、笑顔の人が(あふ)れている。操られているという話だったので、もっと暗く沈んでいる雰囲気を想像していたのだが、拍子(ひょうし)()けである。


「特に怪しい感じはしないな。本当にこの町なのか?」

「うん。なんとなく変な感じはするから、ここで間違いないと思う。誰かが町の人に妙な魔法をかけてるよ」


 首を傾げるアシュードに、メリッサは神妙に頷きながら答える。町を覆っている魔法に影響を受けないよう、小さな結界を張った。


「アシュード。あたしからあまり離れないでね。あたしを中心に結界を張ってるから」

「分かった。……これで良いか?」


 ごく自然に手を繋がれて、メリッサの心臓が跳ねた。


「な、なんで手を繋ぐのよ! そんなに近付かなくても大丈夫だし!」

「え? こうしておけば離れることもないし、お前も迷子にならなくて済むだろう?」

「子どもじゃないんだから、迷子になんてならないしー!」

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[一言] >僕は今、最高に幸せな気分を味わっている。このことは一生忘れられない記憶として、生涯大切にしていこうと思う アシュード……君って絶対、大や小をメチャクチャ我慢して、それでやっと出した時もこん…
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