24:裏話(2)アシュードの甥っ子たち
アシュードには、甥っ子のような存在が三人いる。
一人は正真正銘、血の繋がっている甥っ子ガント。一人はこのメイフローリア王国の王子クリス。そしてもう一人は妹ユリの知り合いの子ども、ロイだ。
この三人、変わり者の妹ユリを母として慕っている仲良し兄弟である。全く血の繋がりがないくせに、なぜか言動がよく似ている。最近は城で「ちびっこ三人組」とひとまとめで呼ばれるくらいなのだそうだ。
アシュードが魔術師団の経理担当になってから、この三人組はアシュードの仕事部屋にちょくちょく顔を出すようになった。
「アシュ、あそんであげるー」
「アシュ、えほんよんでー」
「アシュ、おやつちょうだいー」
隅に置いてあるソファに、三人揃ってだらしなく座る。相変わらずアシュードの扱いがおかしい気がするが、突っ込むのも疲れるので放っておく。変わり者の妹ユリに育てられているのだ。多少の変なところは目を瞑るべきだろう。
「お前たち、今日はメリッサのところへは行かないのか?」
アシュードが書類を分類しながら尋ねると、クリスが怠そうに答えた。
「メリッサねえねのまえでは、かっこよくいたいからー」
ガントもうんうんと頷きながら言う。
「メリッサねえねのまえでは、だらだらしたくないー」
ロイは青いうさぎの縫いぐるみを抱いて、こてりと首を傾げる。
「メリッサねえねのまえでは、かわいくしていたいのー」
この三人、幼児のくせして、美少女の前では態度を変えるらしい。
「メリッサねえね、ほんとにかわいいよね」
「メリッサねえね、ほんとにきれいだよね」
「メリッサねえね、ほんとにやさしいよね」
三人顔を寄せ合って、くすくすと笑う。三人とも赤ちゃんの頃からメリッサのことが大好きだったようだが、最近はその度合いが上がっている気がする。憧れのお姉さんとして見ているようだ。アシュードとしては、なんだか少し複雑な気分である。
「あ、そういえばお前たち。メリッサのことなんだが……」
最近なんとなくメリッサの様子がおかしい気がする。三人組が何か知っているとは思えないが、一応聞いてみるかと話題を振ってみた。
すると、三人揃って小さな手で口を覆った。明らかに「まずい」という表情である。アシュードはすっと目を細めた。
「なんだ? メリッサに何か余計なことでも言ったのか?」
「ううん! 『アシュはメリッサねえねのことすきだって、いってた』なんて、いってないよ!」
「ううん! 『およめさんにほしいって、いってた』なんて、いってないよ!」
「ううん! 『ずっといっしょにいたいって、いってた』なんて、いってないよ!」
「……言ったんだな」
確かにアシュードは、三人組にそのようなことを話したことがあった。あれはいつのことだったか。「アシュは『こい』とかしたことなさそう」とか、不名誉な決めつけをされそうになった時のことだったような。
「お前たち、それ、いつ言ったんだ?」
「え? おみあいのまえくらい?」
アシュードは記憶を掘り起こしてみる。そういえば、メリッサが異様にアシュードのことを避けていた時期があった。何の前触れもなく、突然避けられるようになったので、とても不愉快な気分になったのを覚えている。
そうか。あれはこの三人組のうっかり発言が原因だったのか。
いきなりメリッサがアシュードから逃げるようになり、なんとなく腹が立った。どうにかして気を紛らわせたくなって、親が勧めてきた「お見合い」を受けることにしたのだ。残念ながら、その「お見合い」で気が紛れることはなかったが。
しかし、メリッサが「好き」という感情に反応したのだとしたら。アシュードのことを一人の男として、意識したのだとしたら。
そう思うと、なんだか気分が良くなってくる。
もしかして、「お見合い」の時、メリッサが泣いていたのは、メリッサもアシュードのことを憎からず思っていたからなのか。それに、半分冗談のつもりで「メリッサからも愛されているなんて」と言った時も、メリッサは特に否定はしていなかったように思う。
これは、もしや。アシュードはつい、口元を緩ませてしまう。
よく考えてみれば、アシュードはメリッサのことが普通に好きだし、メリッサが良いなら結婚するのも悪くない。メリッサとこの先ずっと一緒にいると想像すると、気分が高まってくる。
三人組にそう話した時は、あまり本気で言った訳ではなかったはずだが。今思うと、自分でも気づかない内に、本音を話していたのだろう。
にやにやしてしまう口元を片手で隠し、なんとか平静を装う。
「それで、メリッサはなんて答えたんだ?」
「ん?」
「ほら、『すきだ』っていうのに、メリッサはどう返したんだ?」
三人の子どもたちはきょとんとした顔をして、同時に首を傾げた。
「なにもいってなかったよ?」
「あ、でも、およめさんにはならないって、いってたような」
「ぜったい、ぜったい、ありえないって、いってたような」
「なん、だと……?」
予想外の展開に、思わずひるむ。
「うん。アシュだけはぜったいありえないっていってた!」
三人組の明るい笑顔が、地味に心を抉ってくる。アシュードは大きなため息をついて、机に突っ伏した。もう今日は、これ以上仕事をしたくない。
ソファに座っていた三人組が、あわあわしながらアシュードの傍に寄ってくる。
「どうしたの? アシュ」
「おなかいたいの? アシュ」
「ふられたのがしょっくなの? アシュ」
「振られてない。僕はメリッサから直接聞かない限りは信じない」
アシュードは地の底を這うような声で、負け惜しみを言った。三人組は可哀相なものを見る目で、アシュードをじっと見つめてくる。そして、慰めるように優しい声で言う。
「しつれんはつらいよねえ……」
「ときがかいけつしてくれるんじゃないかなあ……」
「アシュにまだこいははやかったんだよ……」
「だから、振られてない。失恋してない。そして、僕は二十七歳だ。むしろ恋は遅いくらいだ」
そう。アシュードはもう二十七歳なのだ。メリッサはまだ十五歳。どう足掻いても十二歳の年の差は埋まらないし、メリッサが「ありえない」というのも無理のない話だ。
アシュードはぼんやりと窓の外を見上げた。そこにあるのは、秋の空。遠くに見える白い雲が風に流され、ゆっくりと形を変えていく。
見合い相手のエマは、たぶん結婚相手として悪くはない人だ。常識で考えれば、メリッサではなくエマを選ぶべきなのだろう。そうすればきっと、何の問題もなく、みんな幸せになれるはずだ。
アシュードは目を閉じた。
メリッサにその気がないのに、アシュードが言い寄ったりするのはさすがに犯罪のような気がする。だから、いつかは諦めなければならないのだろう。でも、どうしても諦めなければならないような、そんな時が来るまでは。
せめて、今まで通り。メリッサの傍で変わらない態度でいることにしよう。
しかしまあ、こんな形で自分の恋心に気付くとは。本当に情けない。
「……アシュ、ねちゃった?」
「かぜひかないように、おふとんかけないと!」
「あ、ここにおふとんあるよ。かけてあげよう!」
三人組がひそひそ声で話しながら、アシュードの肩に小さな毛布を掛けてくれた。普段は失礼な発言が多い子どもたちではあるが、根は優しい良い子たちばかりである。
この子たちが大きくなった時には、自分のように望みのない恋をしないことを願う。どうか、幸せな恋をしてくれますように。
アシュードには、甥っ子のような存在が三人いる。
一人は血の繋がっている甥っ子。一人はこの国の王子。そしてもう一人は妹の知り合いの子ども。
どの子もアシュードにとっては可愛くて、大切で、自慢の甥っ子たちである。




