23:アシュはだれのもの(11)
満足そうな四人の子どもたちは、更に議論を重ねることにしたようだ。
「じゃあ、つぎね。メリッサねえねはだれのものでしょう!」
クイズか。心の中で突っ込んだ。
「ええー? アシュのものじゃないの?」
「いや、それは違うよ! あたしはアシュードのものなんかじゃないし!」
ここは譲れない。メリッサは四人の子どもを前に、それはそれは真剣に訴えた。クリスとガントの二人がものすごく残念そうな顔をしているが、ここは勘弁してほしい。
「そうだよね! メリッサねえねはロイのものだもんね!」
ふにゃっと笑って、ロイが自信満々に言う。空色の瞳がきらきらしながらメリッサを捕らえる。可愛い。
「ちがうよ! めりっさは、おれのししょーだもん! おれのだよ!」
そこに、ディオがロイの前に立ちはだかる。むむむ、と睨みあう二人。ディオの方が優勢だ。少しずつロイが後ずさっていき、空色の瞳がうるうると揺れ始めた。
「……ふみゅ……」
睨みあいに負けたロイが、泣き声を発する。赤ちゃんの頃から泣き方が全く変わっていない。ロイは綺麗な空色の瞳から、ぽろぽろと大粒の涙を零す。そして、ふみゅふみゅと本格的に泣き始めてしまった。
これに一番驚いたのはディオである。ちょっと言い争っただけで、こうも泣かれるとは思っていなかったらしい。困った顔でおろおろし始める。
この状況で冷静に動いたのは、クリスとガントだった。二人は目を合わせてこくりと頷き合うと、持ってきていた荷物の中から縫いぐるみを取り出した。青いうさぎの縫いぐるみである。
「ロイ、うさちゃんだよー!」
「ほら! うけとれー!」
クリスが呼び掛け、ガントが縫いぐるみを投げる。見事な連係プレーである。ロイは飛んできた縫いぐるみを受け取ると、むぎゅっと抱き締めた。
「……なきやんだ」
ディオが呆然としてその様子を見ていた。口が開きっぱなしである。
「ロイは、うさちゃんがいればなきやむんだよ」
「おきにいりなんだ」
クリスとガントがぺたりと床に座り込む。ロイはうさぎをむぎゅむぎゅしながら、ふにゃっと笑った。現金なものである。
ディオはしばらくぽかんとした後、少し気まずそうにロイに近付いた。ロイがきょとんとしてディオを見上げる。
「あの、ろい。……ごめんね」
もじもじと指を遊ばせながら、ディオがぺこりと頭を下げた。
「……いいよー」
ロイがふにゃりと笑って答える。二人の間にほのぼのとした空気が流れた。
メリッサはディオの素直な態度に、少し驚いた。前にガントとケンカをしてしまった時と全然違う。ディオもディオなりに、一歩ずつ成長しているということだろうか。そう思うと、なんだか胸がきゅんとした。
「ねえ、みんな」
メリッサは四人の子どもたちに優しく語りかける。子どもたちは揃ってメリッサの方を向いた。
「あたしは誰かひとりのものって訳じゃないよ。あたしは、ディオの師匠で、みんなのねえねだもん。それはずっと変わらないもん。だから、誰かのものって無理に決めたりしなくて良いんじゃないかな?」
「でも……」
三人組がしょんぼりしながら下を向いた。メリッサはそんな三人組の頭を順番に撫でてあげる。
「じゃあ、みんなのママが、パパだけのものって言われたらどうかな? 嬉しいかな?」
「だめ」
「だめ」
「だめ」
三人揃って膨れっ面になる。この三人はママが大好きなのである。
「ママはみんなのママなんだよね? 誰かひとりのものじゃないよね?」
「うん、みんなの」
「パパだけのものじゃないの」
「ママ、だいすきー」
「でしょ? 誰かひとりのものになるっていうことは、他の誰かが悲しくなるってことじゃないかな。だから、誰が誰のものかって決めるのは止めておこう? きっと、その方がみんな幸せになれると思うの」
三人の子どもたちはお互いに目配せしあった後、神妙に頷いた。分かってくれたらしい。
「じゃあ、アシュもメリッサねえねのものじゃないほうがいいのかなあ」
「……うん。みんなもアシュードのこと好きでしょ? あたしが独り占めしたら駄目だよね」
そう言った自分の言葉に、メリッサはほんの少し胸の痛みを覚える。アシュードが自分だけのものじゃないなんて当たり前のことなのに、アシュードを手放したくないと一瞬思ってしまった。
どうしてそんな風に思ってしまうのだろう。メリッサの耳に息を吹きかけるような、とんでもない奴のはずなのに。
メリッサの涙を拭ってくれた長い指とか。透き通った翠の瞳とか。やきもちをやいて、拗ねてしまった顔とか。
いろいろ思い出すと、心の中がむずむずしてくる。なんだか落ち着かなくて、メリッサはぶんぶんと首を振った。ここはひとまず、気持ちを切り換えることにしよう。
「さて! 次は何をして遊ぼうか!」
メリッサの元気な声に、子どもたち四人の顔がぱあっと明るくなる。
「あ、じゃあ、アシュのところにいこうよ!」
「アシュはメリッサねえねのものになれなかったって、おしえてあげよう!」
「わあ! いいかんがえなの!」
「あしゅーど、まってる!」
子どもたちがぴょこんと立ち上がり、全速力で部屋を飛び出していく。
「……いや、待ってはいないと思うけど。ちょっと、みんな、速い!」
廊下を走りだした四つの小さな背中を追いかけて、メリッサも走る。窓から差し込む光が、床に四角い模様を描いていた。それが少し眩しくて、メリッサは目を細めた。
「みんな、廊下は走っちゃ駄目!」
メリッサが大きな声で呼びかけると、四人の子どもたちがぴたりと止まる。恐る恐る振り返る子どもたちは、上目遣いでメリッサを窺ってくる。その様子が可愛くて、メリッサは思わず微笑んでしまった。
すると、子どもたちも釣られてにこりと笑って、きゃあきゃあ言いながら再び走りだした。
「もう、走っちゃ駄目って言ってるのに!」
その後、子どもたちは、そのままの勢いで経理の部屋に突入した。
積んである書類を盛大にひっくり返す三人組。
アシュードの鳩尾に頭突きをするディオ。
みんな揃ってアシュードの説教を食らう羽目になったのは言うまでもない。




