22:アシュはだれのもの(10)
「……めりっさが、あしゅーどをおそってる」
「えっ」
アシュードの体の上に馬乗りになっているメリッサ。改めて状況を再確認して、一気に焦る。あわあわしながらアシュードの上から退けようとしたら、ぐいっと腕を引っ張られて、バランスを崩した。
「きゃあ!」
「ディオ、よく気付いたな。そう、僕は今、メリッサに襲われているところなんだ」
「わあ……たいへんだあ」
「襲ってないし! ちょっと、離してよ! もう!」
バランスを崩したせいで、アシュードに覆いかぶさる体勢になってしまったメリッサは、なんとか退けようと四苦八苦する。しかし、背中に腕を回され、ぎゅっと固定されてしまい、動くに動けなくなった。
ふわり、と甘い香りに包まれる。
「仕返し、だ」
ふっとメリッサの耳にアシュードの息が吹きかけられた。メリッサは悲鳴をあげることさえできず、口をぱくぱくさせた。耳はもちろんのこと、体じゅうがどこもかしこも燃えるように熱い。
「めりっさ、だいじょうぶ? まっかっかだね?」
ディオの心配する声に答えることもままならず、メリッサはひたすら悶えた。
いつか、絶対にこの男に一泡ふかせてやる。涙目で、そう誓いながら。
*
九月ももうすぐ終わるという頃。
ちびっこ三人組が、ディオの部屋まで遊びにやって来た。
「ディオ、いえでしたんだって?」
「だいじょうぶだったの?」
クリスとロイが心配そうに聞いてくる。ディオは気まずそうに、メリッサの後ろに隠れて顔を半分だけ出している。
「ほら、ディオ。みんなに心配かけてごめんねって言わなきゃ」
「……しんぱいかけて、ごめんね」
メリッサが促してやると、ディオは素直に謝った。
「……ディオ!」
ディオとケンカをしていたガントが難しい顔をして、ディオの前に立った。メリッサはまたケンカになるのではとハラハラしたが、ガントはディオの様子を慎重に窺いながら口を開いた。
「このまえ、ごめん。オレ、ディオとなかなおりしたい」
「……なかなおり?」
ディオがメリッサを見上げ、首を傾げた。メリッサはにこりと笑って、ディオの頭を撫でる。
「ケンカをした後、また仲良くしたいなって思った時にするのが『仲直り』だよ。『ごめんね』って謝って、『いいよ』って言ってもらえたら『仲直り』できるの」
「……そうなんだあ。がんと、おれも、ごめんね」
「いいよ」
ディオとガントが目を合わせて同時に笑った。
「二人とも、上手に仲直りできたね! 偉い、偉い!」
ディオとガント、二人一緒に抱き締めると、二人とも嬉しそうな顔をする。クリスとロイもにこにこしながら混ざってきた。ぎゅうぎゅうの団子状態である。しばらくそのまま団子になって、一緒に遊ぶ。
ふかふかの絨毯の上に、子どもたちはごろんと寝そべった。ちびっこ三人組はいつも自由でのびのびとしている。それに釣られて、ディオものびのびとすることを覚えつつあるようだ。
親に捨てられて、大人の男性を恐がるディオ。三人組と一緒にいることで、随分と普通の子どもらしくなってきたと思う。メリッサもディオと同じように孤児だったのだが、こんな風に同じ年頃の子どもと仲良く遊んだことはない。なんだか少し、羨ましくなってしまった。
「あ! オレ、いいことおもいついた!」
「どうしたの、がんと」
突然ガントがぴょこんと起き上がって、にっこりと笑った。そして、きょとんとしているディオに向かって、目を輝かせながら言う。
「アシュはだれのものか、ここできめよう!」
「おおー」
クリスとロイがぱちぱちと拍手をする。ガントが赤い髪を揺らし、えっへんと胸を張る。可愛い。可愛いのだが。
「……いや、それ決める必要ある?」
メリッサは思わず突っ込んだ。しかし、子どもたちはみんな真剣な顔でメリッサを見つめてきた。特にディオはふんふんと鼻を鳴らして、やる気満々になっている。
「めりっさ。これは、たいせつなことだとおもう」
「……うん。まあ、好きにすれば良いんじゃないかな……」
アシュード本人がいないところで勝手に決めてどうする、とメリッサは遠い目になってしまう。でもまあ、子どもたちがそうしたいなら止めないようにしよう。
「でも、アシュはおみあいちゅうだよね。おみあいしてたあのエマってひとのものに、なるんじゃないの?」
クリスが賢そうな碧の瞳を細めて、小声で話す。一応、メリッサに気を遣っているらしい。まあ、普通に聞こえているが。
「ぶー! クリス、それはないよ」
「うん、それはないね」
「えー? だって、アシュはけっこんしたら、そのひとのものになるでしょ?」
子どもたちは真剣に悩んでいる。クリスは人差し指をこめかみに当てて小首を傾げているし、ガントは下唇を突き出して眉を顰めている。ロイは両手をほっぺたに添えて小さく唸っているし、ディオは目を閉じて天を仰いでいる。
可愛い。なんだこれ。
「あの、エマってひとよりも、メリッサねえねのほうがかわいかった!」
「メリッサねえねのほうが、きれいだった!」
「そっか! じゃあ、やっぱりアシュはメリッサねえねのものなんだ!」
「……いやいや、待ってみんな。どうしてそうなるの」
子どもたちの間に割って入るメリッサ。議論が訳の分からない方向へすっ飛んでいるような気がする。
「めりっさ、あしゅーどのこと、いらないの?」
ディオが青い瞳でじっとメリッサを見つめてくる。メリッサはどう返すべきかと頭を抱えてしまった。
「いや、要らない訳じゃないけど」
「じゃあ、きまり! アシュはメリッサねえねのものになりました!」
「わーい!」
子どもたち四人がぱちぱちと拍手をして喜んだ。一仕事終えたとばかりにディオが汗を拭う仕草をする。ディオはアシュードが自分のものだと主張していたはずなのに、謎だ。メリッサのものになるのは良いのか。
ガントもガントだ。ディオに向かって堂々と「アシュは、オレのだよ」とか言っていたはずだろう。良いのか、これで。
メリッサは両手で顔を覆って小さくなってしまう。ものすごく精神力を削られている気がした。




