20:アシュはだれのもの(8)
ディオがいなくなって、一日が過ぎた。
魔術師たちの協力は得られたものの、目撃情報もなければ何の手掛かりも掴めておらず、捜査は難航していた。メリッサは一睡もできず、ひたすらディオを探して走り回っていた。
魔術師団の建物の隅から隅まで、念のため、実際に目で見て確認していく。長らく使われていなかった倉庫や屋根の上まで、考えられるところは全て見て回った。すぐ傍の王宮にも行ってみたが、やはりディオは見つからない。近くの街に行っていた魔術師たちも、力なく首を振る。
「どこに行っちゃったの、ディオ……」
息を切らしてへたりこんだメリッサに、師匠が改めて聞いてくる。
「魔力の痕跡も魔法の痕跡も辿れなかったと言っておったな?」
「うん。綺麗に消されてて無理だった」
「……メリッサの力で辿れないほど全てを消す魔術師なぞ、そうはおらんはずじゃ。しかし、そんなことができそうな魔術師の中で、怪しい者は一人もおらんかった。……ということは」
「ということは?」
「ディオはたぶん、自分の意思でここを去り、痕跡も消して逃げたんじゃろう。あの子の魔力は高かった。それくらいできてもおかしくないくらいに」
メリッサは呆然として師匠を見上げる。ディオが自分の意思でここを出て行くなんて、考えられなかった。メリッサやアシュードに捨てられることをあんなに恐がっていたあの子が、逆にメリッサとアシュードを捨てるなんて。
しかし、メリッサははっと息を呑んだ。
「そういえば、ディオがいなくなる前の日。アシュードが……」
「アシュードがどうしたんじゃ?」
「えっと、『お見合いが上手くいった』って言ってた。ディオはそれを聞いて、『あしゅーどは、やっぱり、おれとめりっさをすてるんだ!』って泣いたの。でも、そんな、ここを出て行くほどショックを受けたようには……」
メリッサや子どもたちが乱入した、あのお見合い。散々引っ掻き回してしまったので、絶対断られると思っていた。しかし、あのエマという女性、なぜかアシュードのことを気に入ったらしく、良い返事をしてきたのだとか。
正直それを聞いたメリッサは、面白くなかった。胸の奥の痛みが復活してしまい、また泣いてしまうかと思った。まあ、メリッサが泣く前に盛大にディオが泣いたので、泣くタイミングを逃したのだが。
先輩魔術師が、ぽんとメリッサの肩に手を置いた。
「アシュードって経理の人だったよね。その人には聞いてみた?」
「ううん。まだ、ディオがいなくなったことも言ってない……」
メリッサが小さな声で答えると、先輩はため息をついた。
「仕方ない。今から私が話を聞きに行ってくるわ」
先輩が立ち上がって、扉に向かって歩き出した時。師匠がそれを制した。
「行かんでも良い。アシュードにはワシからこの話は既に伝えておる」
「えっ?」
メリッサは驚いて師匠を振り返った。師匠は長い髭をゆっくりと撫で付けながら、疲れた顔で首を振る。
「アシュードも何も知らんようじゃった。青い顔をして、ディオを捜しにどこかへ去っていったよ」
ディオは本当にどこに行ってしまったのか。師匠の言う通り、自分の意思でメリッサの元を去っていってしまったのだろうか。もう、ここには帰ってきてくれないのだろうか。
「ディオ……」
メリッサの紅い瞳から、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。
もうすぐアシュードは結婚して、メリッサから離れていく。師匠だってもう年だ、いつまでもメリッサの傍にいられる訳ではないだろう。それなのに、ディオまでいなくなってしまったら。
メリッサは「ひとりぼっち」になってしまうのではないだろうか。
もちろん、ちびっこ三人組や、意外に優しいことが分かった魔術師の先輩たちはいる。でも、きっと、寂しさは埋まらない。だって、メリッサにとってアシュードたちは、とても特別な存在だから。
床に座り込んでしゃくりあげるメリッサの頭を、師匠が撫でてくれる。魔術師たちはおろおろして、その様子を見守っていた。
「……あ」
窓の外を見ていた魔術師が、不意に声をあげた。
「あれ、ディオじゃないか?」
「ええっ?」
魔術師たちが挙って窓にはりついた。
「あ、本当だ。経理のアシュードと一緒にいる」
「良かった、元気そうだ」
メリッサも慌てて涙を拭って、窓へと向かった。
暗めの茶髪の青年が、紫色の髪の子どもと手を繋いで歩いているのが見えた。太陽の光は二人の影を短く地面に落としている。時折、青年が子どもに話し掛け、子どもがこくりと頷いていた。
「ディオ! アシュード!」
メリッサは部屋を飛び出し、廊下を走る。階段を一段飛ばしで下りて、外に出る大きな扉を勢いよく開けた。
「めりっさ」
ディオが目の前にいた。メリッサはまた、ぽろぽろと涙を零す。
「ディオ……心配、したんだから」
「ごめんなさい、めりっさ。なかないで」
ディオはへにゃりと眉を下げると、小さな指で一生懸命メリッサの涙を拭ってくれる。メリッサは泣きながら笑うと、ディオをぎゅっと抱き締めた。
「おかえり、ディオ」
「……ただいま、めりっさ」
ディオは抱き締められて緊張の糸が緩んだのか、ぐすぐすと鼻を鳴らし始めた。メリッサにしがみついて、一緒になって泣き始める。
アシュードはそんなディオの頭をくしゃりと撫でると、疲れた表情で天を仰いだ。泣く二人と、その傍に立つ青年の姿。後から来た魔術師たちは、なんとなく近付けなくて、少し遠くから彼らを見守ることになるのだった。
「ねえ、ディオ。ここを出て、一体どこに行ってたの?」
夕飯を終えて、メリッサはディオと向き合った。
「……おこらない?」
「怒らないよ。ただ、ディオが恐い思いとか寂しい思いとかしてなかったか、いっぱいいっぱい心配したから。ちゃんと教えてほしいの」
「おれね、あのまちにいったの」
「あの町?」
メリッサが首を傾げると、後ろからアシュードが補足してきた。
「ディオと僕たちが出会った町。東の方の小さな、あの町にいた」
ディオはもじもじしながら、メリッサを上目遣いで見る。
「あのまちにいったら、まためりっさとあしゅーどが、むかえにきてくれるとおもったの。そしたら、やりなおせるとおもったの」
「……やり直す?」
「おれが、よいこにしていれば、めりっさはなかなくてすむし、あしゅーどもずっと、そばにいてくれるとおもったの。おれ、はじめのころ、わるいこだったから。だから、いろいろうまくいかないんだとおもったから」
ディオは拙い言葉で、自分の思いを頑張って伝えてくる。
アシュードのお見合いが上手くいっていると聞いて、本格的にアシュードに捨てられると思ってしまったディオ。メリッサの不機嫌な気持ちも敏感に感じとっていたディオは、全ての原因が自分にあると思ってしまった。
自分が悪い子だったから、こんなことになった。きっと神さまが、悪い子のディオに罰を与えたのだ。もう一度、メリッサとアシュードに出会ったあの時からやり直せたら、今度は絶対良い子にするのに。
そう思っていたら、魔法であの町まで飛んでいたという。
「全部をなかったことにしたかったから、痕跡も消えたのね……」
メリッサは、はあ、とため息をついた。誘拐でもなかったし、ディオが恐い思いをしたわけでもなさそうで、心底安心した。
話が一段落すると、ディオはうとうとしはじめた。メリッサはディオをベッドに寝かせ、優しく頭を撫でてやる。ディオはふにゃりと笑うと、すやすや寝息を立て始めた。




