18:アシュはだれのもの(6)
優しい色合いのカーテン。ふわふわのカーペット。全体的に明るく優しい雰囲気のする部屋。
「この部屋は……」
「馴染みのある場所の方が落ち着くだろう?」
メリッサはこくりと頷き、部屋を改めて見回した。とても懐かしい感じがする。この部屋を使っていたのはかなり前のことなのに、何も変わっていなかった。
メリッサは思い出す。この屋敷の、この部屋を使っていた頃のことを。
それは三年ほど前、メリッサがまだ十二歳の頃。
ちびっこ三人組のうちの一人、王子のクリスが命を狙われるという事件が起こった。当時のクリスはまだ一歳。メリッサは彼の命を守るため、魔術師として護衛をしてほしいと頼まれた。
クリスは城の中で何度も危険な目に遭い、一時的に王子の乳母の家に避難することになった。その家というのがここ、アシュードの実家だったのだ。
「僕は子どもが嫌いだ。できるだけ近付けないでくれないか」
今のアシュードからは想像もつかないが、初対面時、確かに彼はそう言った。当時の彼は相当ひねくれていて、面倒臭い男だった。本当は子どもと触れ合いたいくせに、文句ばかり言っていた。
メリッサは、こういう大人にはなりたくない、と心底思ったものである。
この屋敷のこの部屋では、避難していた一ヶ月間を過ごした。その間、たびたびアシュードと顔を合わせたが、残念ながらあまり良い思い出はない。ひたすら、何だこの男、最悪、としか思えなかった。
まあ否応なしに子どもたちと触れ合うようになって、アシュードは変わった。随分と丸くなった。子どもたちの可愛らしさの賜物だろうか。まだどこか偉そうで傲慢な態度は残っているが、かなり付き合いやすくなった。
「アシュ、のどかわいたー」
「アシュ、おやつちょうだいー」
「アシュ、おもちゃもってきてー」
アシュードがメリッサをベッドに下ろした途端、三人組が自由な発言をした。
「僕は使用人じゃない」
そう言いながらも、アシュードは控えていた使用人に飲み物とおやつを頼む。それから、棚の上の方からおもちゃ箱を下ろして、子どもたちに渡してやった。
「わーい!」
三人の子どもたちはきゃっきゃっとおもちゃで遊び始める。アシュードは子どもたちが遊ぶ様子を見てほっと息を吐き、部屋を出て行こうとする。
「あしゅーど、どこにいくの?」
ディオがアシュードの足にぴとりとくっついて、不安そうに見上げた。
「まだお見合いは終わっていないからな。僕は戻らないと」
「いやだー!」
ディオはべそをかきながら、いやいやと首を振った。アシュードが困った顔をして、ディオと向き合う。
「すぐに戻ってくる。良い子で待っていろ」
「いやだ! あしゅーどは、おれとめりっさをすてるんだ! だから、めりっさはないたんだ!」
叫ぶようにそう言ったディオは、大声で泣き始めた。三人組がきょとんとして泣くディオを見つめる。メリッサもディオの言葉に驚いた。ディオは幼いながらも、メリッサのことをちゃんと見ていたらしい。
「何を言っているんだ、ディオ。僕は二人を捨てたりなんかしない」
「うそだ! あのおんなのひとのところにいくんだ!」
ディオはしゃくりあげながら悲痛な声で叫ぶ。
「あしゅーどは、おれのものなのにー!」
ディオの発言に、アシュードはもちろん、メリッサも三人組も固まった。いつの間にアシュードはディオのものになったのだろう。
三人組のうちの一人、赤髪のガントが難しい顔をして、ディオに近付く。
「ディオ。アシュはディオのものじゃない。……オレのものだよ!」
「ちがう! おれの!」
「そっちこそ、ちがう! オレのなの!」
どうでも良い言い争いが始まった。メリッサはどうやってこのケンカを止めたら良いのかと思いつつ、アシュードをちらりと見遣った。アシュードは目を丸くしてふるふると震えている。
「……僕を取り合っている、だと……? なんだ、これは。モテ期か」
メリッサは遠い目をしてしまう。この男、相当幸せな頭をしているらしい。
「モテ期じゃないし。とりあえず、止めないと」
一人感動に震えるアシュードは放っておいて、メリッサはケンカ中の二人の傍へと近寄った。すると、ディオがぽかぽかとガントの体を叩いた。
「がんとのばかー! いじわるー!」
「ディオのばか! わからずや!」
「はい、そこまで! ディオ、叩いたら駄目でしょう!」
メリッサがディオの手を捕まえて叱ると、ディオは青い目に涙をいっぱいに溜めて、見上げてきた。
「めりっさも、おれをすてるんだ……」
「いや、捨てないし。……どうしたの、今日のディオは、ちょっと変だよ?」
メリッサはしゃがんで、ディオと目線の高さを同じにする。じっとディオの目を見つめると、ディオは大粒の涙をひとつ零した。
「もういい。みんな、きらい」
ディオは小さく呟くと、部屋の隅に行って丸くなってしまった。そして、しくしくとすすり泣く。メリッサが思わずため息をつくと、スカートの裾をガントが引っ張ってきた。
「メリッサねえね、ごめんなさい。オレのせいだよね?」
「……ううん。今回のはディオが悪い。叩かれたところ、痛くない?」
「だいじょうぶ! オレ、きたえてるから!」
ガントが元気良く答えた。メリッサは笑って、ガントをぎゅっと抱き締める。「ありがとね」と囁くと、「いいよ」とガントも抱き締め返してきた。
「……メリッサねえね、良い匂いするね」
ガントがくんくんとメリッサの髪の匂いを嗅いできた。さすがアシュードの甥っ子。血は争えない。しかし、アシュードと違って可愛いから許す。
アシュードが「ガントに甘い!」と文句を言っていたが、それは華麗に聞き流す。ひとまずこれで一段落だ。ディオのことは、またゆっくりと慰めていこう。メリッサは部屋の隅の小さな背中を見つめて、そう決意した。
しかし、その数日後。
このことが原因で、小さな事件が起こってしまうのである。
*
「ディオ?」
朝、ディオの部屋を訪れると、ベッドの上には誰もいなかった。トイレかと思って確認してみたが、そこも空っぽ。
アシュードのお見合いの日以降、ずっと暗い顔をしていたディオ。いつも以上に気を付けて接するようにしていたのだが、心を開いてくれなかった。
そのうち何とかなるだろうと楽観視していたのだが、思っていたよりディオの心の傷は深かったらしい。ディオの姿は忽然と消えてしまっていた。
「もう、仕方のない子だなあ」
メリッサは意識を集中して、ディオの魔力を探った。魔力を辿れば居場所なんて簡単に分かるのだ。メリッサの力をもってすれば、これくらい朝飯前だ。
と、思っていたのだが。
「……あれ?」




