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白百合姫の罪

ーーーごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさい、


遊び疲れてクタクタな私の貴重な睡眠は、最近聞こえだしたこの声のせいで妨げられる。

枕元にぼんやりと人の気配がする、恐る恐る目を開けると1人の女性が手で顔を覆うようにして泣いていた。


白いワンピースを着た女性の腰まである長い金色の髪が暗闇の中でうっすらと輝いている。彼女の白く細い手が震えていて、その姿は儚げで今にも消えてしまいそうな雰囲気だった。


何となく分かる………この女性は生きている人ではない、自分も少しおかしくなってきたのかもしれない。

大好きなお母様が亡くなってから、彼女は夜になると私の傍に現れて何かに謝りながら、ずっと泣いている。


ーーー許して、ごめんなさい、どうして………許して下さい……。


グスッグスッと静寂の中、か細い声で泣き続ける彼女が何者なのか………私は何となく理解してしまった。


「ねぇ貴方は「私」なのでしょう?貴方もリリィなのですよね?どうして泣いているの?何に謝っているの?」


「私」に向かって尋ねる、「私」はゆっくりと顔を覆っていた手を胸の前まで持ってくると両手を組んで祈るようにこちらを見る。


ーーー許して………アン、私は…私も、助けて……アンを……私も…。


私と同じ黄色の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる、私はつい両手を差し出して涙が床にこぼれないように「私」の涙を受け止めた。

「私」の涙は私の手のひらに落ちることなくすり抜けてゆく、彼女が自分の幻であることを思い出した。


「アンは私の妹よ…私が守るの、貴方はそこで見てて。守れなかった貴方はそこで見てなさい。」


公爵家の長女として毎日頑張っているけど、耐えきれなくてどうしようもない時にいつもあの子が助けてくれた。


お勉強も刺繍も礼儀作法もダンスも苦手なことばかりだったけど、生まれつき身体が弱いあの子は必死に頑張っている。その姿を見る度に私は勇気を貰っていた。


両親がおかしいことは何となく気づいていた…お互いに会話もしない、目も合わさない。2人ともアンの事を無視していることも全て……変なことはわかっていた。


でも私は、知らないフリをした。これでいいんだと、いつか仲良くなれると何もしないくせに期待だけして、当たり前に両親から愛を与えられているこの状況に甘えていた………アンは全く与えられなかったのに。


いつからかアンの私を見る目が恐ろしくなった、可愛らしいアプリコットの瞳の色はくすんで、目の下にはうっすらとくまが出来ていた。

静かな瞳の奥には憎悪に満ちた、全てに絶望を感じているような…悲しい瞳をしていた。


お父様は仕事で遠くに行くたびにお土産を3つ買ってくる、お母様には花束を私と………アンにはリボンやぬいぐるみなどを…1つずつ…。


「あの子に渡してあげなさい。」


お父様は私にアンの分も渡してくる。

自分で渡してあげればあの子はきっと喜ぶはずなのに…。


「リリィ、そのお土産は母様が渡しておきましょう。」

「でも、私、アンに用事があるから一緒に渡そうと思っているの。」

「いいのよ、私もお話したいことがあるから大丈夫。」


お母様は優しく微笑んで可愛らしくラッピングされた箱を私からそっと取り上げた。


ーーーあぁ、お父様のお土産がアンの手元に届くことはきっとないわ。


今回は私には若草色のリボンが、アンには黒色のリボンがプレゼントされた。案の定、翌朝ドレッサーの棚の中には新品の黒色のリボンが入っていた。


お母様に尋ねてもきっと誤魔化されることだろう。


お母様の瞳にアンもお父様も映ることはない…映そうとしない。無理やり私を映している。


アンと比べて私は愛されていることは知っている、けれども私に注がれている沢山の愛を少しでもいいからアンに分けてあげて欲しかった。


ーーー愛してたのに、私もあの子をちゃんも愛していなかったのよ。自分ばかり大事にして…傷つけたわ。ごめんなさい、ごめんなさい…。


「私」はうずくまって泣いている。私の未来は、こうなってしまうんだろうか。大切なものを守れずに謝り続けて、何もしなかった弱い私の成れの果て…なんて醜いんだろう。


嵐の中に小さな体で必死に私の名前を叫んで探しに来てくれた私の大切な妹……。お母様のお葬式の時にずっと手を握ってくれていた優しいあの子を、私は今度こそ。


「お父様はあてにならないもの、私がしっかりしないといけないわ。」


目から溢れる涙を袖で拭って、顔を上げる。


足元に温かくて柔らかい触感がしてキティが顔を出す。この子を助けたのも、名前をつけたのもアンだった。


「にゃぁん」


拾った時に比べると毛並みも綺麗に大きくなったキティ。

キティを撫でている時のアンは無自覚だろうけど幸せそうに笑っている。


「貴方はずるいわね、こんなにも可愛いんだもの。私だってあの子の笑った顔が見たいわ。」


キティの喉を撫でると、気持ちよさそうに目を細めてグルグルと喉を鳴らす。

しばらく遊んでいるとキティが突然顔を上げて扉の方をじっと見つめ出した。


「キティ……?どうしたの?」


キティが扉の方に近づいてガリガリと引っ掻くので開けてやると、隣の部屋の扉に向かう。


「アンの部屋…?どうしたのキティ?アンに会いたいの?」


あれからアンは離れの部屋から私の隣に移る事になった、アンが近くにいることが嬉しくて堪らなくってその日の夜は楽しみで眠れなかったことはいい思い出である。


ーートントンとノックをする。


「アン、私よリリィよ。キティがあなたに会いたがっているの、夜遅くにごめんなさいね。」

「…………………………お姉さま?」


扉を開けてアンが顔を出す、アンは泣いていたのか目を真っ赤にしていた。大人びた子だけどやっぱり幼い妹なのだと改めて思った。

アンを抱きしめる、小さい体は少し冷たくて震えている。


「どうしたの?怖い夢を見たの?私がいるわ、大丈夫よ。」


アンは何も言わずに私の背中に手を回した。しばらく2人で抱きしめ合う………母親という存在を失い、不安定な私達には何を心の拠り所にすればいいのかわからなかった時期があった。


……アンは目の前でお母様が亡くなるところを見てしまったらしい、1番辛くて悲しいはずなのに私を心配してくれている妹を見ていると、後悔や不甲斐なさに嫌になって泣きそうになる。


その日はアンと私とキティで寝た、アンが眠るまでずっと抱きしめていた。キティも私達の間に入り込んでいる。


「温かくて落ち着くね、これから落ち着くまで一緒にいましょう。私はずっとアンのそばに居るわ。」


お互いにウトウトと眠りにつこうとしていた時、アンが小さな声で


「おかあさま…………」


と亡き母親を呼ぶ声が聞こえた。

……アンがずっとお母様に愛されたかったことは知っていた。お母様を見つめる瞳はなにかを期待するような感情が篭っていた事を、私は知っていた。


私がいくらアンに、妹に沢山の愛を注いでもお母様に勝てるわけが無い、アンは1番にお母様に愛されたかったからだ。それがもう叶わないとしてもこの子はずっと願うのだろう。


「……私も会いたい、お母様に会いたい。」


涙が頬を伝う、私達はこれから少しずつお母様の事を忘れて行くのだろう、そうしていつか顔も声も覚えていない日が来る。


瞳を閉じてお母様との幸せな日々を思い出す、お母様の愛は歪んでいたけども私は幸せだった。アンが得るはずの愛まで奪って楽しく笑って過ごしていた。


「ーーーこれが私の罪なのね。」


知らないフリをして気づかないようにして過ごしたあの日々を絶対に忘れない。絶対にアンを1人にしない、私の家族をこれ以上失いたくない。


「来年、貴方のお誕生日をお祝いしましょう…絶対に、大きなケーキに可愛いドレスと沢山のプレゼント…きっと喜んでくれるでしょう。だから……幸せなら笑ってね。」


すやすやと眠る妹の頬を撫でる。


………お母様とお父様のしたことをアンが許しても私は絶対に許さない、私のした事は絶対に忘れない。


2人と1匹分の温もりは温かくて幸せで、時間が止まってしまえばいいのにと思ってしまった。


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