杏姫とキャシー
それからキティを迎えに来た姉に名前を教えると
「まぁ、キティ…!!可愛いわ!素敵…!さすが私の妹だわ!!」
とかなり喜んでいたのでほっとする。
キティがいなくなった後の膝には、まだ少し温もりが残っていて寂しい気もする。
姉に聞いたけれどもミモザの花束は姉がくれたものではないみたいで、本当に誰がくれたのか分からなくなってしまう。
「素敵な花束だったから、せめてお礼がしたかったのに。」
「お嬢様、きっとすぐに会えますよ!きっとです!!」
キャシーに慰められて、そのあとは普通に過ごした。
「ねぇキャシー、あなたは大丈夫なの?」
「えっ??何がですか?」
「だってご実家からお手紙来てるのでしょ?けっこんだとか色々と」
キャシーは商家の家の娘で、年齢的にそろそろ結婚してもおかしくない。ただでさえこの家で浮いている私のメイドをずっとしているから、と職場の仲間からは変人の目を向けられて居心地も悪いだろうに…
…キャシーには幸せになって欲しい。私のメイドなんてやめて幸せに誰かに愛される人生を送って欲しい。
「嫌ですよ、相手の男性がどんな方か知ってますか?私より40歳も年上のおじぃちゃんです!絶対に嫌です、わがまま言わないから5歳位年上の金持ちのナイスガイがいいです。」
「けっこうわがままいってる気もするけど、、キャシーは美人だから素敵なひとが見つかるわ。」
「お嬢様…!私はお嬢様のそばに居たいんです!辞める気はありませんからね!」
ニッコリと笑うキャシーは、とても眩しくて強いなと思う。私も強くなれば何か変わるだろうか。
……でも、未来の記憶を持っている私は知っている。キャシーは数日後に突然、母から辞職を命じられてしまう。そして、もう二度と会えなくなる。
キャシーがその後、実家に戻り40歳年上のおじぃちゃんと結婚させられるのか、それとも少し年上の金持ちのナイスガイと結婚するのかは知らない。
私に仕えてくれたメイドの中で1番優しくしてくれたのはキャシーだった………いや、キャシーだけだった。
数日後、キャシーが母に呼び出された。
帰ってきたキャシーの顔は青ざめており、小刻みに震えている。
「キャシー……??」
「お嬢様……私は…貴方を………」
いつも明るくて笑顔で強いキャシーのこんな姿は見たくない。
「キャシー、いいのよ…今までありがとう。」
「……お嬢様…でもっ…!貴方は……!!」
「幸せになってね、わたしキャシーのこと大好きなの…」
「…………お、お嬢様……!」
その後泣き崩れたキャシーの背中をずっとなすり続けた。いつも私を守ってくれたキャシーの背中は細くて、思ったより小さかった。
2日後、キャシーは屋敷を去った。私を強く抱きしめてくれた、泣きそうになるのを堪えて笑っていたキャシーを乗せて走り去る馬車を私はいつまでも見つめていた。遠くなるにつれて馬車が小さくなり、消えてしまってもずっとーーー。
元々殺風景で、寂しい部屋がもっと寂しくなった。涙が溢れそうになるのを堪えきれずにしゃがみこんで泣いてしまう。
幸せになって欲しいけど、1人にしないで欲しい。
ーーー大切な人の門出を、祝うことも出来ない私はやっぱりダメな人間なんだろう。
泣いている私の隣に「私」が覗き込むようにしゃがんで面白そうに笑っている。
「ふふふっ、ねぇ今の私、貴方の味方は誰もいないわ、素敵ね!一人ぼっちよ!もうすぐお母様は自殺するわ、喜びなさい、貴方の事を嫌いな人が1人消えるのよ。」
何一つおめでたくないことを、平然と言ってのける「私」に少し引いてしまう。
「じゃまよ消えなさい、幻覚のクセになまいきね。」
「……書斎にあるお父様の机の真ん中の引き出し…。」
「…えっ?」
「開けて見ればわかるわ」
そう言うと「私」はまた、消えていった。
気になって夜にこっそりと父の書斎に忍び込む。父は仕事でいなかったので見つかることは無い。
「真ん中の引き出し…真ん中の引き出し…」
書斎の父の机の真ん中の引き出しを開けると、オレンジ色の手帳が1冊あった。
そのまま部屋に帰って読んでみる。
「………………えっ?おかあさま…?」
その手帳には父が母について色々と書いていた。その手帳のおかげで母が私を愛さない理由も分かった。
母が自殺するのはあと2週間後の私の6歳の誕生日。もう私を守れるのは私しかいない、いつも助けてくれたキャシーはいない。
私の身は私が守らないといけない、秘密を知ってしまったからには私が母を助けるしかない。自分のために…。