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杏姫と子猫

それからのことはあまり覚えていない。

体の芯まで冷たく冷えきった私の体を、必死に温めようとするキャシーの悲しそうな顔だけはしっかりと覚えている。


「これは多分、明日には熱を出してしまいますね…お医者様をお呼びしてきます。」


キャシーは、私の頭を優しく撫でて部屋を出ていった。


頭が重く感じる、体がだるい、多分明日は大変だろうな、と自分のことなのに他人事のように考えてしまう。


私は体が弱いから少し無理をするとすぐに熱を出してしまう、人間は体が弱ると心まで弱くなる。


(おかあさまに…おとうさまに会いたい………。)


私が熱を出しても、あの人たちは1度も訪ねてくることは無かった。これで姉がもし熱を出したのなら屋敷は大変なことになるだろう。


(一瞬でいいの、1分でも10秒でも構わないから、だからお願い)


目から涙が零れ落ちる、冷えた頬に涙はとても温かくて、けれども通ったあとはとても冷たかった。


「……そばにいて…誰でもいいから……手を…」


小さく弱々しい私の声が誰もいない暗い部屋に響く。

雨はさっきよりも強くなり、風が窓をカタカタと揺らす、体も心も弱りきった私は怖くて目をつぶることしか出来なかった。



ーーーとても暗くて、とても冷たい。あぁ、きっとまた私は夢を見ているのだろう。

夢の中ならせめて父と母に愛される夢が見たかった。姉に手を引かれて楽しく笑いあい遊ぶ夢を、母に抱きしめられる夢を、父に頭を撫でられる夢を、、

なのに私の夢はいつもこう、暗くて冷たいだけで何も無い。まるで私の心の底を表しているみたいに、この夢が私に教えてくる、、、「これが本当のお前なんだ」と………。


泣いても1人、叫んでも1人、何処に行こうと逃げようと結局私は1人だった。


「…あぁ……おかあさま、おとうさま……おねえさま……私が何をしたの?………私が…………私はっ!……私も………っ…!」


うずくまって泣いてしまう。手を差し伸べてくれる人は誰もいない。

夢の中だろうと現実の世界だろうと。



……………チュンチュンチュンチュン……。

小鳥のさえずりが聞こえてくる、朝になったのだろう、、、目を開けて窓の外を見ると、外はとても眩しくてついつい目を細める。


「お嬢様…?アンお嬢様…!!良かった目が覚めたのですね…!!!」

「キャシー…?おおげさね、私はねむっていただけなのに。」

「お嬢様!何を言いますか!2日も熱にうなされていたのですよ!目を覚まさないし、医者は奥様の命令でリリィお嬢様の診察が先だとか抜かしてるし…私っ…!!!もう目を覚まされないのかと!」


よく寝たなと思えば、眠っている間に私は生死の間をさまよったらしい。やはりこの体は弱いのだなと痛感する、無視をしすぎたせいでキャシーを泣かせてしまった。


「ごめんなさいキャシー、心配をかけました。」

「お嬢様…あなたは悪くないのです…、なぜお嬢様だけ…」

「キャシー、ありがとうもういいのよ。元気になったの、、」


キャシーを安心させるために精一杯笑顔を作る。


「…………お嬢様。…さぁ!ご飯を食べましょう!お腹がすいたでしょう!お粥があります!!」

「お腹すいてないわ。」


腕まくりをしながら台所に向かうキャシーを見送ると、私は部屋を見渡した。特に変わった様子はない、、机の上に置かれている花束以外は………。


「ミモザ…?なんでここにあるの?」


黄色い可愛らしいミモザの花束が机の上に置かれていた。花束を持って顔を近ずけると、ほんのりと甘い優しい匂いが私の鼻をくすぐる。


「あら、お嬢様…!花束に気づかれたのですね?」


盆にお粥を乗せたキャシーが嬉しそうに笑っている。


「キャシーがこれを…?」

「いいえ、いつの間にか机の上に置かれていたみたいでして、誰かがお嬢様のお見舞いに来てくれたのかもしれませんね。」


少し嬉しくなってミモザの花束をそっと抱きしめる、誰かに花を貰うのは初めてだった。


「キャシー、これを花びんに入れてかざっておいて。」

「はい、お任せ下さい!それよりご飯を食べましょう。」

「分かったわ。」


次の日には熱も下がったので、部屋で本を読んで過ごす。病み上がりで誰にも会いたくないのもあるけれど、少しだけ1人にして欲しかった。


読んでいた本がキリのいい所まで終わったので、栞を挟んで体を伸ばす。キャシーが入れてくれた紅茶は、少し冷めてしまっていたけれどもとても美味しい。


ーーーーカリカリと扉を引っ掻く音がする。

扉を開いてみるとそこには誰もいなかった、少し怖くなって閉めようとすると


「………にゃおぅ」


という、か細い猫の鳴き声が聞こえてくる。

下を見ると、灰色の子猫の丸くて青い瞳が私を見上げている。


「嵐のときの…あなたよかった、元気になったのね。」


屋敷に帰ってもキャシー以外の誰も私の事を無視していたけれども、私と姉が救った小さな命は今、目の前で可愛らしく私を見ている。


「居たわ!猫ちゃん!!あっ…!アン!!!!」


姉の賑やかな声が聞こえてくる。こちらに向かって手を振りながら駆けてくる、特に体調を崩していないようで安心した。


「ごめんなさい!お見舞いに行きたかったのだけど…お母様が分からないからとお部屋から出してくれなくて…!私の嫌いなお医者様もずっと部屋にいるし…いつお薬を注射されるか怖くて眠れなかったわ!!」


恐ろしいとでも言いたそうな姉の顔を見ると、ふつふつと心の底で黒い感情が沸いてくる。

必死に堪えてニコリと笑った。


「そう、何事もなくてよかったわ。」

「アンったら!そうだわ、アン!この子猫に名前をつけてあげて欲しいの!あなたが助けてくれたんだもの!!」

「すてきな提案だけどけっこうだわ、おねえさま。あなたが見つけて助けたのだもの。」


そう言うと姉は少し困ったように笑った。


「アンは私より賢いし、本も沢山呼んでいるから素敵な名前を付けてあげれるでしょう?お願いね!」


姉はそう言って子猫を抱き上げると、私の腕にそっと乗せてくれた。

子猫はとても大人しく、こちらを見るとまた小さく「にゃお」と可愛らしい声で鳴く。


「………分かったわ。」

「ありがとう!じゃあ私はそろそろお稽古の時間だから!その子をよろしくね!」


姉は笑顔で去っていった。

部屋に戻り、椅子に座って子猫は膝の上に乗せる。喉の当たりを撫でると気持ちいいのかグルグルと喉を鳴らしている。


「どんな名前がいいかしら…なまむわ…。」


どこを見たのか健全な物語でありたいので伏せておくが、男の子だった。


「あなたはどう生きたい?しあわせとはなんだと思う?」


質問してももちろん返事はない、だって猫だから。

でもそれが不思議と落ち着く、この子は私の言葉を知らない、聞こえていない。


「わたしは愛されたいの、あなたはとてもかわいいからきっと愛されるわね。」


それから色々と子猫の名前に悩んでいると、いつの間にか眠ってしまった。

目が覚めると椅子にもたれかかって眠っていたらしく、子猫は膝の上で丸まっていた。この子の母親は兄弟はどこに行ったのだろう、あの嵐で離れ離れになったのだろうか…。


「ごめんなさい、でも生きててほしかったの。」


子猫の頭を撫でると嬉しいのか私の手に頭をスリスリと寄せてくる。

可愛い子猫、私と姉が助けた子猫、私が奪ったこの子の人生。


「ねぇ、、、キティって名前はどうかしら?女の子みたいだけど可愛いでしょ?」

「……にやぁ」

「ふふふっ、私の子猫(キティ)あなたが大きくなっても、ずっとたいせつにするわ………ねぇ、約束よキティ。」


日がだんだんと暮れていくのを、私はキティと一緒にぼんやりと眺めなていた。

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