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杏姫と白百合姫

心地よい温もりにまだ眠っていたいと目を閉じる。

ふかふかの布団に身体を預けるとゆっくりと夢のような気分で幸せになるーーーこれが私のベッドであればの話だが。


話を少し戻すと、あれから父の書斎を後にして仕方なく姉の部屋にこっそりと帰ってきた私は疲れていたのかぐっすりと眠ってしまい、朝目が覚めると隣には私の手を握って、それはもうにこにこと天使のように微笑む姉がいたのである。


(…………最悪の目覚めだわ。)


「おはようアン!よく眠れていたのね!嬉しいわ!!」

「おはようございますおねえさま、ありがとうございます。」


目が覚めたばかりで感情の篭っていない事務的な返事だったけれども何故か姉は嬉しそうに笑っていた。


「一緒に朝ごはんに行きましょう!!」

「私はおきがえにいってきますので、しつれいします。」


姉の提案を断って部屋を去る。

部屋に帰るとメイドのキャシーが驚いた表情で出迎えた。


「アンお嬢様!どこに行ってたんですか!?」

「さんぽしにお外にいってたの。」

「えっ、でも寝巻きで…」

「さんぽしにお外にいってたの。」

「わかりましたから、、、。」


その後、面倒なキャシーのマシンガントークを適当に流して食卓に向かう。


私が行くと母以外の3人が全員揃っていた。


「あっ!アン!!おはよう!」

「おはようおねえさま。」

「……………。」

「……おはようございます、おとうさま。」


新聞を読んでいる父はこちらに返事を返すことも無く無反応だった。


「もうお父様ったら…」


父の態度に呆れているのか、姉は困った顔をしていた。


「…!あっお母様!!おはよう!」

「リリィ…!おはよう、よく眠れたかしら?」

「ええとても!昨日は本当に幸せだったの!」

「まぁ、素敵ね。」


母と姉の会話だけを見たのなら、なんと仲睦まじい母娘なのだと思うだろうが母の目に私も父は映らないので無視されている。


姉と母が楽しそうに会話をし、私と父は黙々とご飯を食べる。

これが我が家の普通の家族の団欒である。

他の人にこれを話せばきっと団欒という言葉の意味を0から10まで教えてくれることだろう。


「アン!アンってば!聞いてる?」

「…おねえさまどうしたの?」


食後に姉が私を追いかけて来た、私はわざとそれに気づいていないふりをして早歩きをして逃げていた。


「遊びましょう!おねえさまと一緒に!!」

「……おねえさま、習い事があるはずです。」

「今日はお休みなのよ!遊びましょー!!」


目をキラキラとさせて近づいてくる姉の黄色の瞳に、一瞬嫌な記憶を思い出しそうになる。


「……あそんでくださるの?」

「!!えぇ!遊んであげるわ!お姉様だもの!」


仕方ないとため息を隠しつつも尋ねると、嬉しそうに喜んでいる姉の姿に少し羨ましいなと思ってしまう。

嬉しいことは嬉しい、悲しいことは悲しいと感情の一つ一つを全力で表現する姉の姿は疲れないのだろうか、と思ってしまう。

けれども、こういう人が皆から愛されるのだろう…と愛想笑いのひとつもできない自分が恥ずかしくなる。


「なにして遊ぶの?」

「そうねぇ…木登り!!」


前言撤回、この姉はとんでもないじゃじゃ馬に育ってしまったようだ。


「ダメです、おけがをします。」

「じゃあ乗馬!!!」

「いやです、おうまはこわいから苦手です。」

「…じゃあ………探検しましょう!」

「おさんぽですね、いいですよ。」


散歩するくらいなら危険もないし、大丈夫だろう。

姉はそれを聞くと嬉しそうに頷いて、私の手を引いて歩き出した。


「アン!あれが我が家の庭で1番大きな木よ!」

「知っているわおねえさま。」

「アン!これが私の買っているうさぎさんよ!」

「わかっているわ、おねえさま。」

「アン!これが私の育てている花なの!それでね……!」

「ええ、おねえさま。」

延々と繰り返されるやり取りに飽きてきたので、適当に相槌をうっている。

姉が静かになったのに気づいて顔を上げると


「もう!アンの馬鹿!!アンなんて知らない!」


膨れ顔の姉が、怒ったのか私にそう言うと走ってどこかに行ってしまった。


「帰ろうかな…」


久しぶりに歩き回って疲れたので部屋に帰ることにした。



部屋に帰って本を読んでいると、遠くからゴロゴロと音がして窓から外を見るといつの間にか外は暗い雲が空を覆い、雨が降り出して雷が鳴っていた。


「アンお嬢様ー!?」

「どうしたの?キャシー」


メイドのキャシーが慌てた様子で部屋に入ってきた。


「リリィお嬢様を知りませんか?どこかに行ったきり帰ってこないみたいです。」

「…………知らないわ。」

「そうですよね、すみません!失礼します!!」


パタパタと走り去る音が聞こえる。


「………おねえさま。」


自分には姉が何処にいるのか何となく分かってしまった。

すぐにクローゼットをあけてタオルを取り出し、傘を手に窓から外へとゆっくりと出る。私の部屋は1階にあるのですぐに外に出ることが出来る。


傘をさしてあの場所へと向かう。

雷の音が段々と近くなってくる、雨や風が強くて小さい体には耐えきれずふらふらとバランスが取りずらい。

それでも必死に姉を探す、大嫌いな姉を、自分よりも恵まれている嫉妬の対象だった姉を。


「助けなくても、しばらくすれば屋敷の誰かが見つけてくれるわ。」


向かい風に負けないように必死に足を踏ん張って歩く私を「私」が可笑しそうに見つめている。


「私の時にも似たようなことがあったの、その時も馬鹿な私は今の私と同じく姉を探したわ、そして見つけたの、あの場所で。」


ふふふっと「私」が笑う。

豪雨のせいで雑音まみれのはずなのに「私」は、はっきりと頭の中に響いてくる。


「姉と2人で屋敷に帰ったら、屋敷の人達も両親も、まるで私がいないかのように姉の所に集まって「辛かったね」「寒かったでしょう」「お可哀想に」………私だけ輪の外だったわ。雨でぐっしょり濡れた私なんて誰も気づいてくれなかった。」


私はつい歩く足を止めてしまった。


「ねぇ、帰りましょう今の私?頑張ったって誰も貴方を見てくれないわ、褒めてくれないわ。」

「ほっといてちょうだい」


再び私は歩き出す。

体はとっくに冷たくなっていて、傘なんて必要ないんじゃないかと思えてくる。


必死に歩いていると、いつの間にか「私」はいなくなっていた。

少し遠くにうずくまる姉の綺麗な金色の髪が見える。


「…!おねえさまっ!!!」

「!!アン!アン!ここよ!」


お腹のそこから叫ぶと姉は顔をあげて手を振り叫んだ。


「おねえさま、帰りましょう。みんな、おねえさまを心配しているわ。」

「でも…この子を守らないと…」


姉のスカートの下に灰色の子猫が弱々しく震えていた。


「……わかりました、つれて帰りましょう。」

「アン!でもこの子…雨に耐えられるかしら…」


私は服の下に巻き付けていたタオルを取り出して子猫をそっと包んだ。


「おねえさまはこの子をもっていてください。」

「分かったわ!!」


姉の手を引いて歩く、姉は片手でタオルにくるまれた子猫を必死に抱きしめていた。

2人でひたすら歩いてようやく屋敷の中に帰る。


「リリィお嬢様!!!」

「お嬢様!!」

「リリィお嬢様だ!!!!」


屋敷の中では沢山の使用人やメイド達が必死にリリィを探していた。

外でも何人か探していたが、広すぎる公爵家の庭でこの嵐の中だと大変だろう。


「リリィ!!!」

「お母様!!」


泣きそうな顔の母が姉を見つけるとすぐに駆け寄り姉を抱きしめた。


「あぁ、リリィ…!無事でよかったわ!貴方に何かあったら私…!」

「お母様ごめんなさい!でもね、この子を助けてやって欲しいの!!」

「まぁ、子猫!!貴方は優しい子ね…!誰かこの猫を早く助けなさい!!」


屋敷の人達はすぐに慌ただしくなった、姉の冷えた体を温めるものを持ってこようとする人や子猫を持って走り去るもの、姉を抱きしめる母とそれを囲む使用人にメイド達……


いつまでも私は玄関で1人、雨に濡れたままだった。


「お母様!アンが!アンが私を見つけてくれたの!あの子は体が弱いから、助けてあげて!!」

「何を言うの!貴方も強くないのに…!!本当に心の優しい女神のような私の娘……キャシー!早くなんとかして!」


まるで、突然現れた虫を片付けるよう指示するみたいに母はこちらに目を向けることなくキャシーに指示を出した。


「…はい、お嬢様行きましょう。」


キャシーにタオルで包まれて抱き上げられる、そのまま部屋へと向かう私の背中にいつまでも「私」の


「ね?こうなるって言ったでしょ?未来は変わらないわ。」


いつもより少し悲しそうな声が聞こえてきた。

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