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杏姫の未来の話

アン・マクレーンはこの間5歳の誕生日を迎えた。

私にはもう1人の「私」の記憶がある。


私が「私」の記憶を取り戻したのは、ある日突然に…という訳でなく。

少しずつ少しずつ、毎晩のように夢として現れる。


姉と手を繋いで散歩した夢、母が私を愛さなかった夢、母が突然自殺していなくなってしまう夢、父が私に罵倒を浴びせる夢、1人で寂しい時を過ごす夢、オスニエルと出会い恋に落ちた夢、、、、、最愛の彼と大嫌いな姉の前で殺される夢。


毎晩夢にその記憶は現れて、「私」が私にこう言ってくる。


「貴方は誰にも愛されない、誰も貴方を愛さない。」


暗闇の中で記憶に怯えて泣いている私の後ろに立ち、「私」は優しく告げてくる。


「可哀想にね、貴方は愛されたいだけなのに。誰かの手の温もりを感じたいだけなのに。」


私と「私」は同じであるはずなのに、「私」は私をまるで他人のように扱う。


(たすけて……………!)


そう心の中で叫ぶ私のことを理解しているかのように「私」は私を嘲笑うと、私の肩にそっと優しく手を置いて、迷子の子供を導く母のように優しくあの記憶の方へと指を指す。


「なにか一言最後に残すことはあるか?」

「……無いわ。」


私が「私」の最期の記憶を見終えると、「私」はそっと耳元で


「貴方もどうせこうなるわ、私と同じ最期まで1人。誰かに愛の言葉1つ残すことも出来ないの。」

「ちがう…!わたしはっ!!こんどこそ…!!!」


ゆっくりと暗闇に、たった1人で落ちていく、必死に手を伸ばすけれども掴んでくれる人はいない。




ーーーーパチッ。


目が覚めると私は、屋敷の庭の大きな木にもたれかかっていた。

小さな膝の上には大きな花の図鑑があることから、どうやら読書の途中で眠ってしまったらしい。


(今日は体調がいいから外で過ごそうと思ったのに…。)


忌わしい悪夢のせいで、私は汗でびしょびしょだった。


爽やかな風が私の額を撫でていく。

開きっぱなしの図鑑のページがパラパラと音を立ててめくれていく。

風が吹き止んでふと、図鑑を見てみると


「………臆病な杏姫(アンズひめ)


懐かしい、あの大嫌いな花の絵が目に留まる。

懐かしい私の呼び名に、また心が暗闇に沈んでいく。


図鑑を閉じて、立ち上がる。

赤みがかかった淡い黄褐色の瞳が、母と姉の幸せそうに微笑む姿を捉える。あの人の瞳に私が映る日は来ないのだろう。


2人に背を向けて歩き出す。

瞳から大粒の涙が溢れるけれど、空の雲を数えるふりをして零れないように意地を張った。


(こういう時に素直に寂しいと泣けれるような子なら、もう少し愛されたかしら?)


そんなこと考えたって答えは目に見えているのに、本を抱えて早歩きで部屋に帰る私をきっと「私」は笑うんだろう。


「ね?だから言ったでしょ?」と可笑しそうに笑うんだろう。


(今度こそ、愛を知る。私だけに注がれるたった一つの愛を手に入れる。きっとその愛は、私に居場所をくれるはずだから。)


「………だからまずは、おかあさまの未来をたすけないと。」


(ごめんなさいお母様、でも私は生きていて欲しいの…私の為に生きていて欲しいのよ。)


それから夜が来て、私は初めて自分から姉の部屋を訪れた。


「まぁ…!アン!あなたから来てくれるなんてうれしい!」

「おねえさま、私とってもこわい夢をみたの…ひとりはこわいの。」


姉の、蜂蜜を溶かしたような黄色の瞳が大きく開かれる。


「いっしょに寝ましょう。きっとこわい夢なんて見ないわ!」


姉が私の手をぎゅっと握ってくる。

それから2人でふかふかのベットに入り、目を閉じる。姉は昼間に遊び疲れたのかすやすやと寝息を立て始めた。


「ごめんね、おねえさま。」


ベットから起きると、彼女のドレッサーの棚の中から1つリボンを取り出す。父が姉に買ってあげていたプレゼントの一つである。


(私にはひとつもなかったけれど、、、)


気を取り直してリボンで長い前髪を三つ編みにして横に流す。

姉のいつものお気に入りの髪型である。姉と私の唯一の共通点は髪の色だった。

金糸を編み込んだような金色の髪、同じ髪色の姉妹でこんなにも違うのならばいっそのこと、私の髪の色なんてドブのような色の方がよかった。

暗い気持ちを三つ編みと一緒に編み込んでいく。

黒いリボンで結んで、鏡で見ると不思議と似合っていた、けれども姉にはやはり劣っていた。


部屋をそっと出て、書斎に向かう。少しだけ開いたドアの隙間から蝋燭の光が漏れている。

隙間に鼻を近づけてみると、やはり酒の匂いがする。

父は夜に書斎で本を読みながら酒を飲むのが好きな人だった、本人は気づいていないのかもしれないが、父は酒に弱いのですぐに酔ってしまう。


「おとうさま。」

「………?どうしたんだこんな時間に…」

「おとうさまに貰ったリボンを付けてみたのよ、どう?似合うかしら?」


姉のように振る舞うと、やはり酔っていた父は、私に気づいていないのか少し嬉しそうに笑っていた。


「あぁ、似合っている。お前に似合うと思ったんだ。」

「ありがとう!おとうさま。」


父とこうして話すのは、初めてではないだろうかと思った。前の記憶では母が自殺してから父とは一切顔を合わせることはなくなった。………母が亡くなる前から話すことはほとんどなかったけれども。そんな父が姉だと思っている私に微笑んでいるのは、嬉しいけれども少しだけ胸の奥が痛かった。


「ねぇ、おとうさま。どうしておとうさまはおかあさまと結婚したの?どこが好きだったの?」

「………どうしたんだ?急に」

「いいじゃないおとうさま、教えて欲しいの。」


父は手に持っていた本を閉じると、私に手招きをした。

私は近づいて見るが気づいてはいないらしい、私を抱き上げて自分の膝の上に座らせてくれた。


目頭が少し熱くなる、親とこんなに近くで話したことも抱き上げられたことも初めてだった。


「私は元は騎士だったことは知っているだろう?彼女は王女で私はただの護衛騎士。私は彼女に恋をしてしまったんだよ、、彼女を何としてでも手に入れたくて、戦争に出て沢山人を殺して、紛争をあの手この手で収めてみせた。そうして彼女を手に入れた、彼女は人殺しの私を許さないと言っていたけどね。」


いつも無口な父が、今日はよく喋る、本当に酒の力は凄い。


「おとうさまは幸せなの…?」

「幸せ…だな。」


そういった父の顔は少しだけ寂しそうな、なにか後悔しているような、そんな気持ちが伝わってきた。


「じゃあ、リリィはこれでおやすみなさい。」

「……………あぁ……。」


そう言って扉を閉めると少しだけ、父の温もりが恋しく感じる。


「お父様に嘘をついてやっと、得ることができた温もりはそんなに気持ちがよかったの?」


と部屋に帰る私の背中に「私」がそう問いかけてきているような気がした。

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