杏姫と人魚姫
そして2日後にアンダーウッド家の商会がドレスを仕立てに来た。
ついでに他にも取り扱っている商品を持って来てくれていて見たことのない珍しい物も沢山あり、私と姉の好奇心を大いにくすぐった。
「まあ相変わらず可愛いドレスばかり!素敵ね!」
「ええお姉さま、外見もさることながら装飾も丁寧で職人の腕の良さが分かります。」
「…美しいご令嬢方に褒めて頂き大変嬉しく思います、感激でございます。」
姉はその後に冬用のコートを仕立てるために別の客室に移動したので、一人で色々と商品を眺めていた。
「アン・マクレーン公爵令嬢様、初めまして商会の会長代理を務めておりますメル・アンダーウッドでございます。」
「あら?わざわざ遠方まで準男爵夫人がいらっしゃって下さるなんて…初めまして、今回はありがとうございます。」
「マクレーン公爵家はお得意様ですので、当然の事でございます…この度は奥様が不幸なことに…アンダーウッド家一同よりご冥福をお祈りします。」
アンダーウッド準男爵夫人はそう言うと深くお辞儀をした、後ろで私と同い年くらいの女の子も一緒に礼をしている。
「お顔を上げてくださいまし、母も喜んでいることですわ。それよりそちらの方は?」
「ご紹介が遅れましたわ…私の娘のデイジー・アンダーウッドでございます。ほらご挨拶を…」
「は!初めましてアン・マックレーン公爵令嬢様!デイジー・アンダーウッドでご、ございます!」
デイジーという女の子は緊張しているのかカタカタと震えながらぎこちなくお辞儀をする。
「我が家の当主兼会長は病弱でして私が代理を、将来は一人娘のデイジーに跡を継がせようと思いまして…今回勉強の為に連れてきたのです。」
「まあそうでしたの、しっかりしていらっしゃるのね…良ければ一緒にお茶でもどうかしら?」
「それはいいですね、ついでにデイジーに商品の説明をさせましょう……デイジー失礼のないようにね。」
「は!はい、お母様!」
準男爵夫人は娘にそう言うと、我が家の執事と話し合いのために何処かに消えていった。
「デイジーさんでいいのかしら?私もアンでいいですから楽にしてくださいまし。」
「アンさん…え、えっと…何か気になる商品はありますか!?」
「そうね絵本が欲しいわ、小説とかでもいいのよ?」
そう言うとデイジーはブツブツ呟きながら、商品の入っている棚を漁る。
「それでしたらこちらはどうですか?外国で人気の本ですが…他にもまだあるのでそちらもご覧下さい。」
「まあ綺麗な絵本ね…これは……海?女の子がいるわ……でも足が変よ?」
「それは人魚と呼ばれる海の国のお姫様のお話です。」
絵本の表紙にはキラキラとした絵の具で描かれた海と、下半身が魚の尾びれのようになっている綺麗な女の子が描かれていた。
「素敵ね…これ欲しいわ、頂けるかしら?」
「ええ勿論です、ありがとうございます!」
デイジーは嬉しそうに笑っている、きっと後で母親に褒められるのを期待しているのだろう。
「他にもオススメはありませんか?」
「は、はい!!勿論ありますの!是非ご覧になってください!」
デイジーは目をキラキラと輝かせて、最初のオドオドとした態度が嘘みたいにオススメの商品や本を紹介してくれた。さすが商家の跡取り娘と言うべきか話のもっていき方がとても上手で聞いていると買いたくなってしまう。
「まあ…素敵な物ばかりね…!」
「我が家は仕入れ先ともコミュニケーションをしっかりとって商品の良さを確認するんです!最近では、流行りの物に乗っかるばかりの商会が目立ちますが…何より大事なのは商品の質です!」
商会の跡取り娘としてしっかりと勉強しているのだろう、何より彼女が私に必死に伝えようとしてくれているのが伝わって来る。
「デイジーさんのお話は聞いていてとても楽しいのね!」
「え、えっ!楽しいだなんて……!」
「良ければまたお話したいわ!今日はさっき買った人魚のお姫様の本だけにしておくわ、だからまた今度遊びに来てくれた時に1冊オススメの本を売りに来てくださいまし!」
「……ええ!はい!嬉しいです、ありがとうございます!」
何故かデイジーは目から涙を流して笑っている、嬉しそうに笑いながら泣いているのがとても不思議でたまらない。
「泣かないでくださいまし…これを使って頂戴。」
ハンカチを差し出すとデイジーは固まってしまった。
「貴方は…ずっと前から優しい人だったのですね……私は2度も……」
「デイジーさん??」
「いいえ…ありがとうアンさん、私アンさんと…そ、その…お友達になりたいのです。」
「…あら!本当に!?私もですわ!嬉しい!同性のお友達は初めてでしてよ!」
嬉しすぎてデイジーの手を握りしめたまま、腕を上下に激しく振ってしまった。
「デイジーさん…じゃなくてデイジーちゃんと呼ぶべきかしら?とっても可愛らしいお名前だと思ってたの…。」
「ひゃあ!可愛いだなんて…!じゃあ私も……でも!公爵家の令嬢様と友人になれただけでも光栄ですのに!」
「関係ないわ、アンちゃんでもいいのよ?」
ニコリと笑うとデイジーは嬉しそうに満面の笑みを見せた。
その後やってきたデイジーの母とも話をして、今度また遊びに来てくれることになった。
デイジー達も帰っていき、姉は仕立ててもらったコートを着て嬉しそうにクルクルとその場で回っている。
「可愛いわ!可愛いわ!」
「ええお姉さま、とてもお似合いよ。」
「アンは何を買ったの?………それは絵本??」
「ええデイジーちゃんがオススメしてくれたのですわ。」
絵本を姉に見せると姉は嬉しそうに笑っている。
「まあ…!?デイジー”ちゃん"!?いつの間に仲良くなったの?」
「初めて同性のお友達が出来ましたわお姉さま!」
「………素敵ね、素敵よ!良かったわ!」
「泣く程嬉しいのですか?そこまで心配させていたとは…お姉さま今日はこの絵本を寝る前に一緒に読みませんか?」
絵本を前に出して姉に見せながら提案すると、また嬉しそうに花が咲いたような笑顔で姉は頷いている。
その日の夜ご飯には何故かデザートに私の大好物のケーキが出てきた、不思議になって姉の方を見ると
「アンに初めてお友達が出来たのだもの…!お赤飯はないから貴方の好きなケーキを出してもらったの!」
「おせきはん…が何か知らないけど、初めてのお友達はノアですわお姉さま、デイジーちゃんは初めての同性のお友達です。」
「あんなクソがk……んんっ!そうね忘れていたわ!」
その後2人で人魚のお姫様の物語を読んだ。
とても悲しい恋の物語だった。
王子様に恋した人魚姫は人間になることを願い、魔女に美しいと言われていた自分の声を差し出した、恋が叶わなければ泡になって死んでしまうのに。結果恋は叶わず、王子様を殺せば助かるはずなのに彼女は王子様の幸せを願い泡になって死ぬことを選ぶ。
「悲しいけど素敵な物語だわ…」
「私はとても胸が痛くなるわ…お姉さま」
彼女は自分の幸せと王子の幸せを天秤にかけて、好きな人の幸せを選んだ…前の私には出来なかったことだ。
姉と結ばれるオスニエルの幸せと、オスニエルと結ばれる自分の幸せ……私は悩むことなく自分の幸せを1番大切にした。
自己犠牲の愛、他者の幸福の為に自分を犠牲にする事が私には出来なかった。
「ねぇお姉さま…私は人魚のお姫様のようになれるかしら?」
「なる必要なんてないわ、貴方は1番に幸せになりなさい。」
「………ええ勿論よ…。」
もし私がまた彼に恋をしたならば、私は人魚姫と違って彼や姉の胸に迷うことなくナイフを突き立てるだろう。
「恋するって大変ね、お姉さま。」
「そうね…お父様に聞いてみたいわよね恋について。」
「それは面白いわねお姉さま…」
「想像したら吐き気がしてきたわ…クロエにお茶入れてもらいましょう。」
最初は慣れておらず躊躇いながら繋いでいたはずの手を、今では当たり前のように姉と繋いでクロエを探しに部屋を出た。