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杏姫と私の後悔

「アン・マクレーン公爵令嬢?デイジーさんったらマクレーン公爵家の令嬢と言えばリリィ様でしょ?」

「違うわよ、デイジーさんが仰ってるのは妹さんの方よ。ほら聞いたことないかしら、杏姫よ。」

「私は聞いたことあるわ、白百合姫と呼ばれるリリィ様の面汚し…高貴な血筋をお持ちのマクレーン公爵家の恥よ。容姿もリリィ様に比べればだいぶ劣っているし常に下を向いていて見ていて腹が立つわ。」

「確か私達と同じ入学生にその名前の生徒がいたはずよ…成績がとてもいいからと先生方が褒めていたらしいの。」

「どうせ媚でも売ったのでしょう?噂によると公爵様の愛人との間に産まれた子だとか…性格もかなり悪いらしいわ、彼女に睨まれた子がいるらしいのよ。」

「まあなんて下品な人…ねぇデイジーさんはどう思いまして?」


ここは学園のテラスで、さっきまでは楽しくお茶をしていたはずなのだが……少し気になる生徒がいるので話題を振ってみたらギスギスとした女性の恐ろしい雰囲気に包まれてしまった。


「こ、怖い方なのですね…。」


片手で持っていたティーカップがカタカタと震えるのを必死に抑えながら、作り笑いをして答える。

私がちゃんと意見に同調した事を確認したかのように、全員が私の顔を見るとすぐにまた向かい合って、雑談に花を咲かせだした。


私はデイジー・アンダーウッド 学園に通う15歳の一応だけど爵位のある準男爵令嬢の一人である。先祖が商家上がりで爵位を得たが歴史も浅い、一緒にテーブルを囲んでいる令嬢達に比べれば身分も低いが学園は爵位を持つ貴族達のクラスと庶民のクラスがあり、当然なのだが庶民の方が多い。

だが、そのおかげで人数合わせで私はグループに入れているので感謝しかない。中途半端な身分の私はこうして人に合わせて生きるしかないのである。


私が杏姫と呼ばれているアン・マックレーン公爵令嬢を気になったのには理由がある。彼女は学園で行われた入学式のパーティーの時、社交界のような雰囲気になれずに今にも倒れそうな私を助けてくれたからである。


「あら?貴方お身体が悪いのでは?しっかりしてくださいまし。」


そう優しい口調で尋ねてくれた彼女を周りの人間は醜い容姿だと言っていたが、実際に見るととても美しく、その姿は黙っていても気品と優雅な雰囲気が抑えきれずに溢れ出しているようだった。


その後、彼女は私を人のいない中庭まで連れ出すとベンチに座らせて看病をしてくれた。


「本来なら医務室に連れていくべきなのだけど…多分先生達もお酒を飲んでいるだろうから、今行っても酔った大人に襲われるからやめておきなさい。」

「お、襲われ………そうですね私もやめておきたいです。」


当たり前のように彼女はそう言ってのけたことに驚いた、それと同時に彼女の事を知りたくなった。


ーーーけどなんで彼女はこんなにも嫌われているんだろうか?


リリィ・マックレーン公爵令嬢は1度だけ廊下ですれ違ったことがあるが、確かに息を飲むほどに美しかった。

ふわふわとした金色の髪に宝石のように光る黄色の瞳、白く透明な肌……全てのパーツが整っており、明るい笑顔で向日葵のように微笑む彼女は確かに他の令嬢からすれば憧れ、崇拝の対象となってきてもおかしくない方だった。


だけど私は妹のアン公爵令嬢の方が美しいと思った。


別のクラスなので彼女と会うことはほとんど無いが彼女は大抵図書館でいる事が多いのか、そこでよく彼女を見かけた。

リリィ様と同じ金色の髪が太陽に照らされて美しく光る、艶やかで真っ直ぐに降ろされたロングヘア、淡いオレンジのような瞳、白い肌……俯いて本を読む姿も美しくて私はついつい目を奪われた。


気がつけば私は彼女の姿を目で追うことが多くなった。彼女はいつも一人で過ごしていた、姉のリリィ様は常に誰かが周りにいるのに。


いつも人の目を気にして、嫌われないように必死な私からすれば彼女が羨ましくてかっこよく見えていた。

誰かと群れることも無く、誰かに合わせて自分を押し殺す事もせず、強い人なのだと思った。


「ねぇデイジーさん、最近よそ見ばかりしていることが多くないかしら?そんなに私達と居ることが退屈なの??」

「えっ……そんなことないですわ……。」

「商家の成り上がりの準男爵の貴方が一人で困らないように仲良くしてあげているのに酷くないかしら?」

「はぁ…やめておきましょう、デイジーさんの話は面白くないし、そもそも数合わせで仲良くする振りをしていたのだもの。」


心にグサグサと言葉の槍が刺さる、色んな感情が込み上げてくるけどそれを口にするだけの勇気はない。


ーーー駄目よ私、逆らっては駄目…身分が上の方に逆らうなんて、きっとお父様達が困ってしまうもの。


必死に込み上げる思いを堪えていると、飽きたのか彼女達はそのまま何処かに消えていった。


目から涙が溢れる、零れてしまいそうになるのが悔しくて目を強く擦ろうとすると


「いけないわ、目を痛めてしまうからやめておきなさい。」


あの時私を救ってくれた優しい声の彼女が、私の腕を掴んでいる。


「あっ…貴方は…………。」

「これあげる使って是非ちょうだい。」


そっと差し出してくれたハンカチにまた目から涙が勢いよく溢れ出した。


「本を返しに行こうとしていた途中で泣きそうな貴方を見かけたものだから…ごめんなさい余計なお世話だったかしら?」

「そんな!……いいえありがとうございます、助かりました。」

「何があったのかよく分からないけど、悲観する必要なんてないと思うわ。死ぬことに比べたら些事よ、元気を出して。」

「ふふっ、ありがとうございます。」


年頃の女の子が些事だなんて難しい言葉を使うのが可笑しくてつい笑ってしまうと彼女は少し嬉しそうな安心しているような表情で口角が上に少し上がっていた。


「失礼な話ですが…私は貴方が羨ましいと思っていました、私には貴方のように誰かを助ける勇気も、思ったことを口に出す度胸もない…さっきも親や身分のせいにして言い訳をして逃げました。」

「私は間違っても強くなんてないわ、私だって誰に何を言われても大抵その人たちは自分より爵位が下だから気にするなと内心では酷いことを思っているのだもの。」

「……それでも私は貴方に憧れています。」


ずっと胸に秘めていた思いを彼女に伝える、顔を上げて彼女を見ると何故か彼女は少しだけ悲しそうな顔をしていた。


それから父が病に倒れたので、私は学園を長期間休んで父の代わり家の業務を行っていた。


やっと家が安定して父も回復した頃に新聞を読むと、そこにはアン・マクレーン公爵令嬢が姉であるリリィ・マクレーン公爵令嬢を学園の取り巻きを使って危害を加えたと書かれていた。


衝撃が全身を巡りその場に座り込む、有り得ない…有り得るはずがない。何故なら彼女は常に一人でいたから取り巻きがいるはずがないし、そもそも彼女に姉であるリリィ様に危害を加える理由があるのだろうか…?


理由が知りたくて学園に戻り話を聞くと、留学生として在学していた隣国の王子に恋心を抱いた彼女は、自分の姉と好きな人が両思いだったことに嫉妬し、様々な嫌がらせを行ったあとに崖から突き落として怪我をさせたらしい。

現在は騎士団に捕らえられており牢屋にいるとの事で、リリィ様は隣国の王子様の婚約者になった事もあり、処刑は免れないだろうとのことだった。


彼女も誰かに恋をするのだなと思った、彼女は人だったのだ、愚かな程に人間で、嫉妬心も怒りも悲しみも感じていたのだと思った。私は彼女を人として見ていなかった、彼女があの時悲しそうな顔をした理由が分かった、自分も人並みの感情を抱くのだと伝えたかったのだ。


ーーーなんて私は愚かなんだろう、2度も私を助けてくれた恩人を私は助けなかった。人の目ばかり気にして、常に一人でいることの孤独はどれほどに辛いことなのか知っているのに、勝手に自分の中で彼女を強者に仕立てあげて、憧れだなんて線を引いて本心では自分も周りから彼女のような扱いをされるのが嫌だったのだろう。


ハンカチをくれたあの日以来、辛いこと、悲しいことがあっても彼女のハンカチを持っていると強くなれた気がしていた。

私と彼女が触れ合った時間は短いけれど、身分も釣り合わないが私は彼女と出来ることなら友人になりたいと願う。


……神よ、どうか彼女をお許しください。毎日のように私は祈る、面会も許可されずもう会うことも姿を見ることも叶わない。


けどもその日はやってくる、公開処刑と決まり元公爵家の令嬢が隣国の王子の婚約者となった姉に危害を加えた罪で処刑されるのが面白いのか当日は沢山の野次馬で溢れていた。


「死ね悪女め!」

「卑しい女め!!己の罪を地獄で後悔しろ!!」

「姿も醜いものは心まで醜いんだな!!」


叫ぶ野次馬共は彼女の事を知っているのか?会ったこともないのに何故こいつらは彼女を悪くいうのだろかと腹が立った。

私はもう避けられない現実と目を逸らさずに立ち会うことを決意した。少しだけ希望を持って、もしかしたらとあるわけがないのに彼女が救われるのでは無いかと思い込んでしまう。


遠くから見ても分かるくらい彼女はやつれていた、かつての光る金色の髪はくすんでいていた、姿もボロボロで見ているのが辛くて堪えられない。


ボロボロでも彼女は前を向いていた、背筋を伸ばして迷うことなく前に進んでいる…どれほどの恐怖が彼女を襲っているのだろうか。


それからのことは覚えていない、ただずっと泣いていた。彼女がくれたハンカチを握りしめて泣いていた。気がついたら野次馬達もいなくなっていた。


彼女のとこが臆病な杏姫なのか…臆病じゃない人間なんていない、みんな自分の弱いところを隠して必死に生きている。気づいてあげられたらよかった、彼女も弱い人間だったということに。


フラフラと離れた場所に止めてあった馬車に向かう、途中で1人の男性とぶつかった。


「ごめんなさい、ちゃんと前を見ていなかったのです。」

「いいえ、私も前を向いていなくてすみません。」


鎧を着ていたので騎士なのだろう、声は涙声で弱々しい。

彼はいつまでも処刑台の方を向いてたち続けていた。


願うことなら今度は彼女も弱さを分かち合いたい、友になりたい。

貴方に伝えたいの……優しそうなアプリコットの瞳が素敵ですね,と。






「デイジー!起きなさい!」

「………んぁっ!?お母様??」

「いつまで寝ているの?それより再来週に公爵家に商品を販売しに行くらしいからついて行きなさい。」

「公爵家?」

「ええ、しかもマクレーン公爵家だから失礼のないようにね!」





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